TAQ'S WRITINGS


 


 

 

 マックス 欲しくなかったんだ。
 ホルスト 何が?
 マックス ピンクの三角。           「ベント」より



 ナチスドイツの強制収容所では、ユダヤ人が黄色い三角形を二枚張り合わせたユダヤの星を囚人服に縫い付けられ、ユダヤ人問題の最終的解決策として大量に殺されていったことはよく知られている。しかし強制収容所に送り込まれたのはユダヤ人だけではなかった。政治犯、犯罪者、宗教家、ジプシーなどと並んで、数多くの同性愛者も送り込まれ、抹殺されていった。

 収容所内では、囚人たちは収容された理由が一目で分かるように服に様々な色の三角形をつけさせられていた。ピンクの三角形は同性愛者の印であり、それは収容所内での最低の身分を表していた。

 この収容所内で同性愛者がどのように扱われていたかを描いた有名な芝居に「ベント」があるが、最近「ピントライアングルの男たち」という本も上梓された。
 これは収容所から生還した、ある同性愛者の証言を綴ったもので、ピンクの三角形を付けられた生活がどんものだったかを息苦しいほど克明に描き出している。読み続けるのが辛くなるほど悲惨な状況が語られているが、ぜひ読んでいただきたい。この歴史的事実は全てのゲイが知っておくべき事柄だからだ。

 この事実がナチスドイツの解体後二十年近くもたって、おぼろげながら世に知られるようになると、70年代に入って台頭し始めたゲイリブは、この事実を語り継いでいくために、そして社会が再び同性愛者にピンクの三角形を付けさせないようにとの意志を表すために、運動のシンボルとしてピンクの三角形を使うようになっていった。

 当時はゲイはピンクの三角形を、レズビアンはダブルアックスと呼ばれる両刃の斧をシンボルにして運動を展開していた。その後、ゲイ、レズビアン、そしてそれ以外の性的マイノリティとの連帯の必要性が強まるに連れ、シンボルはレインボウ・フラッグが取って代わっていった。前号でも書いたように、虹に込められた「多様性こそが重要だ」という考え方が広い層に受け入れられたからだ。 

 ピンクの三角形はこれで役目を終えたかに見えたが、ゲイの抱える状況はその後大きく変化した。エイズ禍がやってきたのだ。

 エイズは多くの人の命を奪ったが、ゲイの被った被害は特に大きかった。ホモフォビックな社会は、誰にとっても危険な病気だという事実に目を覆い、あたかもゲイに下された天罰だとでもいうように、その対応を怠ったのだ。ゲイは自分たちに降りかかった問題に対応することを迫られた。その中でも、自分たちを見殺しにしている社会に対して戦闘を挑んだアクトアップなどのグループは再びピンクの三角形をシンボルとして生き返らせた。 

 ゲイの抱えている状況はナチスの時代となんら変わっていない。そう気づいた人々は、収容所内で使われていた下向きのピンクの三角形には、ただ殺されていく状況を受け入れてきてしまった自分たちの態度を自己批判して「沈黙=死」の意味を、そして反対に上向きにした三角形には、行動を起こす以外に生きる道はないという意志表示のために「行動=生きる」という意味を与え、この二つを気の遠くなるような戦いのシンボルとしたのだった。そして大きな成果を上げていった。

 社会そのものがエイズへの理解を深め、これは社会全体の問題なのだと対応をするようになってきた現在では、ピンクの三角形はまたも人々の意識から消えつつあるように見える。性的マイノリティの連帯による解放運動が大きく効果を発揮し、レインボウ・フラッグの持つ意味合いがますます大きくなってきているからだ。

 しかし、人々が性的マイノリティという大きなくくりで物事が語るようになったからといって、個別の問題がなくなったわけではない。ゲイにはゲイが抱える問題があり、自分たちの生み出してきた文化や歴史が不要になったわけでもない。ゲイというアイデンティティは具体的で個別的な問題解決にはまだまだ有効なのだ。

 最近では、そういった思いを考慮してか、虹色の三角形もデザインされ、レインボウグッズの仲間入りを果たしている。ニューヨークからのお土産にもらった虹色の三角形のマグネティック・シールを見ながら、僕は肝に銘じている。社会がピンクの三角形をゲイに押しつけた歴史を忘れないようにしようと。
 


「バディ」1997年4月号掲載


Taq's Writings MENUに戻る