TAQ'S WRITINGS


 


 

 

  こんな笑い話がある。

「この世に絶対ってあるの?」
「ないよ。ウォッカ以外には」
 

 「絶対の」とか「正真正銘の」という意味を持つ「アブソルート」をブランド名に付けたスウェーデン生まれのウォッカは、アメリカに上陸したときは全くの無名状態だった。その後、個性的な広告を展開し、ウォッカの代名詞だったストリチナヤに匹敵するブランドに育っていった。その戦略は、様々なアーティストを次々に起用し、アブソルートという言葉とシンプルなボトルの形を徹底的に売り込むというもの。去年、アブソルート・ウォッカの15年間にわたる広告を集めた「ABSOLUT BOOK」が発売されたが、それを見れば、そのユニークさが分かるだろう。

 彼らはゲイのアーティストも大勢起用し、ゲイ向けの広告も積極的に打ってきた。アメリカではゲイの大きなイベントに公式スポンサーとしてよくその名前を見かける。アブソルート・ウォッカはゲイ・フレンドリーな企業としても有名なのだ。アメリカのゲイで、このウォッカを知らない人はいないだろう。日本のゲイ&レズビアンの映画祭やパレードなどでもスポンサーになっていたのを気が付いた人もいたはずだ。

 企業にとって売り上げを伸ばすことは至上の命題だから、ゲイが大きなマーケットになると判断すれば笑顔を振りまいてくるのは当たり前なのだが、ノンケ体質の企業のお偉方や広告代理店は、そんなことをすれば企業イメージが傷つくと恐れ、リスクを避けてきた。そんな中で、アブソルート・ウォッカはいち早くゲイのマーケットの重要性に気づき、「あなたたちは私たちの大事なお客様です」というメッセージを打ち出してきたのだ。後発のブランドだったからこそできた戦略とも言えるのだが、その先見性は高く評価されていいだろう。

 ゲイの購買力は当然ながら非常に大きい。それは日本でも同じだ。ノンケの男に比べれば、化粧品、下着、ファッション、インテリア、旅行、フィットネス、プレゼントなどに費やすエネルギーはけた違いに大きいはずだ。

 最近では新宿のタワーレコードのゲイコーナーも定着してるし、ティップネスもゲイを意識した広告を打ち出してきている。日本でもゲイの購買力に気づき始めた企業が出てきているのだ。

 日本のゲイもそろそろ自分たちの力を自覚してもいい頃だろう。僕たちはあまりに長い間、その存在を無視され続けてきたので、自分たちにそれだけの力があることを気づこうとさえしなかった。しかし、一度その力を自覚すれば、今度はその力を行使したくなるはずだ。

 エコロジーに敏感な消費者はエコロジーに取り組む企業の製品を買おうとする。そうすれば環境問題に無関心な企業を動かすこともできる。消費行動は社会を変えることさえできるのだ。

 ゲイはゲイ・フレンドリーな企業や、ゲイを顧客として意識している企業を応援することで、その力を行使することができる。これから、日本でもゲイにアプローチする企業がもっと出てくるだろう。僕たちはけっこう面白い時代を迎えようとしているのだ。そんな時代を迎えるにあたって、企業のアプローチに応えることで自分たちの力を行使できるという意識を持っておくのは重要だと思う。

 セクシーな男二人が愛し合うカップルを演じている。そのイメージにかぶせて商品が浮かび上がる。そんなCFを想像してみて欲しい。メディアに流れるゲイのイメージがさわやかなものになれば、社会が持つゲイへのイメージも変わっていくだろう。ゲイ・フレンドリーな企業ではゲイも自分を隠さずに働けるようになる。企業を動かすことは、自分たちが生きやすい、そして自分たちにとって面白い社会を作り出す道でもあるのだ。

 ものを買うといったささやかな行為も、どこかでゲイ全体に関わる問題につながっていると意識したらおろそかにはできない。

 今度飲む機会があったら、言ってみよう。「アブソルート・ウォッカで何かカクテル作ってくれる?」って。


「バディ」1997年2月号掲載


Taq's Writings MENUに戻る