別冊宝島「ゲイの学園天国」より
1993年12月発売


ゲイの親を持つ子供のための絵本



 自分の付き合っている人に、結婚はしたくないけど、どうしても子供は育てたいから結婚すると言われてしまうと、ゲイプライドだなんだと日頃威勢良くまくしたてている人でも結構たじろぎ、引き下がってしまいがちだ。ゲイとして生きて行くことに罪悪感を感じているタイプも、よく子供が欲しいということを言い訳に自分の結婚を正当化したりするけど、そんなのは論外としても、ゲイの人で子供が欲しいという人は結構居る。

 愛する人と家庭を持ち、その人と協力しあいながら子供を育てる。この二つが揃ったいわゆる平凡な幸せは、ゲイにとっては夢のまた夢。一方を取ったら、片方は諦めなければならない、悲しい二者択一なのだ。少なくとも今の日本ではそれが現実だ。

 今回ここで紹介する絵本「パパのルームメイト」はニューヨークから帰ってきた友人のお土産だ。あんまりチャーミングなので、絵は小さくなってしまうけどとにかく全部載っけて貰うことにしました。カラーページにも載っけてあるからそっちも見てくださいネ。トランクの底に隠してコッソリ持ち込んだHビデオをお土産に貰うのも嬉しいけど、こんなお土産も気が利いてておシャレでしょ。

 見て貰えば分かるように、作りはいたってシンプル。離婚して、新しい男性のパートナーと一緒に生活しているパパの暮らしぶりと、二人が愛し合っていること、二人が「僕」を愛していること、そして「僕」が二人を愛していること、だから「僕」はとても幸せだということが、極力少なくした文章と分かり易い嫌みのないイラストで構成してある。

 あまりにもシンプルなので、絵本という形式とも相まって、ここに描かれている世界が、魔女が空を飛んだり、王子様が蛙になったりするような単なる空想のおとぎ話のようにさえ思えてしまうくらいだ。人によったらゲイテイスト溢れるパロディだと勘違いしてしまうかもしれない。

 去年、ニューヨーク市の教育委員会は、離婚して片親になってしまった家庭に育つ子供や、ゲイやレズビアンの親を持つ子供を主人公にした絵本を、学校で教材として使うことを決定した。この「パパのルームメイト」はその中の一冊だ。

 実際アメリカでは、特に大都会では様々なタイプの家庭があり、古き良き時代の家庭像には納まり切らない家庭があまりにも多くなってきたために、教育界も遅蒔きながら現実的に対処し始めたと言えるだろう。

 自分がゲイだということを受け入れて、ゲイとして生きていく人達が増えてくるにつれて、当然子供を持つゲイも増えてくる。ゲイのカップルが養子を取るという形で子供を持つゲイもいるだろうが、子供を持った後で自分を認め、ゲイとしての人生を選び取るという形の方が圧倒的に多い。そんな親にとって最初の難関は、自分の子供に、親のゲイとしての生き方を肯定的に捉えるのを助ける教材というものが全く無く、またラッキーにも子供に理解して貰えたとしても、その子供が学校などで友達から傷つけられることを防ぐ(回りの子供達の偏見を取り除いていく)ための教材が皆無だったということだ。日本のゲイにとっては単なるおとぎ話のように見える絵本=ゲイのカップルと子供の家庭が幸せに満ちたものだというメッセージを持った絵本の登場は、ゲイリブが盛んになり、ゲイとしての人生を選び取る人が多くなってきたアメリカでは、70年代の終り頃から待ち望まれていたものだった。

 この「パパのルームメイト」は1990年の発行だが、このジャンルとしては画期的な絵本が1981年にデンマークで生まれている。それは「ジェニーはエリックとマーティンと一緒に暮らしている」という絵本だ。これは写真による絵本で、親が読んで聞かせる形を採っているので文章量も多い。

 ストーリーというのはこんなだ。ジェニーという5歳の女の子が、マーティンという名前のパパとそのパートナーのエリックと一緒に暮らしている。3人がそれぞれに愛し合っていて、とても幸せな家庭だということがまず伝わってくる。その3人が洗濯をしにランドリーに行くと、近所のおばさんさんから悪態をつかれて、ジェニーはパパ達が何かいけないことをしているのかと傷ついてしまう。家に帰っても悲しそうなジェニーに向かってエリックがお絵描きをしながら、ゲイということや近所のおばさんの無理解がどこから来ているかを説明してくれる。納得したジェニーはまた幸せな気持ちになる。

 たくさんの写真と肌理の細かい文章で、子供の気持ちがとても良く描かれていて、現時点においても、このジャンルの絵本としては最も優れたものだと言えるだろう。

 この絵本は1983年に英語版がロンドンで発行されるのだが、素晴らしい出来だったが故に、とんでもない副産物を産んでしまうことになる。当時イギリスはゲイを抑圧する法律を少しずつ改正して、比較的寛容な態度を取り始めている頃だったのだが、この絵本が学校の図書館などに置かれるようになったとたん、ゲイのライフスタイルが広まっていくことに恐怖感を感じていた人びとが一大キャンペーンを張り始めたのだ。「我々の子供を守れ」というお決りのやつだ。このキャンペーンは、従来の家庭像が脅かされることに不安を抱いていた層を取込み、とうとう1988年にセクション28という、それまでの方向とは正反対の時代錯誤的な条例を通過させてしまった。時は正にサッチャーの時代だったのだ。

 このセクション28という条例は、地方自治体に対し、同性愛を促進すること、およびその目的のために資料を出版すること、公立学校での同性愛の家庭(結婚)について教育を促進することを禁じている。

 この条例は今でも生きていて、そのせいでこの「ジェニー…」も「パパの…」も学校や公立の図書館には置くことが出来なくなってしまっている。この悪法に対してはデレク・ジャーマンが撤回させるためにキャンペーンを張って頑張っているが、なかなか思うようには行っていないようだ。

 ゲイを肯定的に捉えた幼児向けの本というのは、それほどまでに社会に対して影響を及ぼしてしまう力を持っているものなのだろう。アメリカでも、小学校の教材にこれらの絵本が使用されているのを苦々しく思っている層がたくさんいるだろうことは充分に考えられる。彼らもこのような教材を学校から追放する機会を虎視眈眈と窺っていることだろう。その際に使われるメッセージは必ず「我々の子供を守れ」なのだ。

 このメッセージはとにかく効果があるものだから、アンチゲイのキャンペーンが叫ばれるときには必ず出てくるものだ。あの有名なアンチゲイの女王アニタ・ブライアントの昔から、モラル・マジョリティが頑張っていた頃まで幾度となく使われてきた。幾つかの州で教職からゲイを追い出す条例が通ったのも、このメッセージが効を奏したからだ。日頃リベラルな考え方をする人でも、このメッセージを聞かされると催眠術にでも掛かったように保守的になってしまうのだからどうしようもない。あのおとなしい白鳥も子供を育てているときは、近寄ってくる人間に体当たりを食らわすというのだから、「子供を守れ」という言葉には理性を素通りして、もっと本能的な部分に作用してしまうパワーがあるのだろう。こんな強力な武器を相手に戦って行かなければならないのだから、ゲイは大変だ。「子供を守れ」と言われて、そんな必要はないなんて言える人なんかいないものネ。

 しかし、そういうキャンペーンを張る人達は、ゲイの親を持つ子供はいくら傷ついても構わないと思っているのだから、「我々の子供を守れ」と言いながら、彼らの関心は「子供」にあるのではなく「我々」にしかないというのは一目瞭然だ。

 さてさて、こんなかわいい絵本の裏側には実はこんな経緯が隠れているのだから、仇疎かにはできない。こういう話を聞いた後では、こんな絵本ももう少し大事にしてあげなければいけないなって思うでしょ。

 この「パパのルームメイト」を出版しているアリソン・パブリケーションという出版社はこの他にもアリソン・ワンダーランドというシリーズで、ゲイやレズビアンの親を持つ子供のための絵本をいろいろ出しています。興味のある人は住所を最後に載せておきますから、ブックリストを請求して、その後で注文するっていうのもいいでしょう。

 


"DADDY'S ROOMMATE"

Alyson Publications, Dept.H-18,40 Plympton St.,Boston,Mass. 02118 USA


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