別冊宝島「ゲイの学園天国」より
1993年12月発売


  

       バイパスとしての養子縁組

 

 結婚という制度がゲイにとって必要か不必要かという議論はさて置き、永続的なパートナーシップをやっていこうとする人たちにとって、どちらかが亡くなった時に、残された方が生活の基盤を失わずに生きていけるかどうかは切実な問題です。(注1)遺産相続に関して、僕たちは結婚制度という法的なガードを与えられていないからです。実例でも示したように、辛い思いをしている人は実際いるのです。自分たちの生きたいように生きていこうとするゲイが増えていけば、その数も増えていくことでしょう。

 そこで、結婚制度を持たない僕たちのバイパスとして、養子縁組という制度を利用することを考えてみようというのがこの企画です。

 養子縁組において、当事者である二人が両方とも日本国籍を持ち、結婚していない成人なら条件はいたってシンプルなものです。


民法第792条/成年に達した者は、養子をすることが出来る。

第793条/尊属又は年長者は、これを養子にすることができない。


 コミックの下の注(WEB上では文末に載せました)にも書きましたが、二人に課せられた法的な条件はこれだけです。要するに、相手が、年下の叔父に当たる人とかでなければ、両者の合意があれば誰でも養子縁組をすることができます。(片方が未成年の場合には、裁判所の許可が要るなどの条件がありますが、今回は割愛します。)

 さて実際の届出ですが、区役所などで養子縁組の届出の書類を貰ってきましょう。(全国共通ですので、どこで貰っても構いません。)そこに必要な事項を全て書き込み、印鑑を押します。書類には婚姻の届出と同様、二人の成人の証人の名前を記載する項目があります。これは、事情を良く知って貰っている友人などに頼むといいでしょう。その項目に彼らの名前を書いて貰い、印鑑を押して貰います。これで、届出の書類は出来上り。これに、それぞれの戸籍謄本を添えて、どちらかの住民票のある区役所に届け、受理されれば、その時から二人は法的に完全な父と子になり、子の苗字は父と同じになります。(届け先により少し違いがありますから、実際には電話をして確認をしてください。)


第810条/養子は、養親の氏を称する。ただし、婚姻によって氏を改めた者については、婚姻の際に定めた氏を称すべき間は、この限りでない。


 「受理されれば」と書きましたが、届け先機関は二人が第792条と第793条等の条件をクリアしていれば、基本的に受理しなければならないのです。また区役所などによっては、アンケートと称して色々質問してくる場合もあるかも知れませんが、答えたくないことには答える必要はありません。彼らには形式的な審査権しかありませんから、要件を満たしている届出は受理する義務があるのです。


第800条/縁組の届出は、その縁組が第792条乃至前条の規定その他の法令に違反しないことを認めた後でなければ、これを受理することができない。

第799条/第738条及び第739条の規定は、縁組にこれを準用する。

第739条/禁治産者が婚姻をするには、その後見人の同意を要しない。

第739条/1)婚姻は、戸籍法の定めるところによりこれを届け出ることによって、その効力を生ずる。

      2)前項の届出は、当事者双方及び成年の証人二人以上から、口頭又は署名した書面で、これをしなければならない。



 この養子縁組を無効にすることは、それぞれの親や親戚でも基本的にできません。


第802条/縁組は左の場合に限り、無効とする。
      一、人違その他の事由によって当事者間に縁組をする意志がないとき。
      二、以下省略 
第808条/1)第747条〈詐欺・強迫による婚姻の取消し〉及び第748条〈婚姻取消しの効果〉の規定は、縁組にこれを準用する。以下略


 片方が急死するなどの事が起こったときに、他の遺族が養子縁組の無効や取消しを訴える可能性も全くないとは言えないので、完全に二人の意志でやったことだという証拠に、養子縁組の届出に行く時は二人揃って出かけ、区役所の前で書類を見せながら記念写真でも撮っておくといいかもしれない。遺産相続のようにお金が絡むと、人は鬼にでも蛇にでもなれてしまうものですからね。念のため!

 これに、それぞれが遺産相続に関して遺言を残しておけば、一応法的には万全の備えとなります。(遺言に関しては、関連の本などを読んで各自研究してください。)ちなみに、養親となった人が亡くなった場合は、遺産の全額が養子に相続されますが、養子となった人が亡くなった場合は、養子の実親には遺留分(法的に確保された最低限の遺産相続分)が認められています。ですから、その分に関しては計算に入れておいてください。

 参考までに、離縁についても述べておきます。

第811条/1)縁組の当事者は、その協議で、離縁をすることができる。(中略)
      6)縁組の当事者の一方が死亡した後に生存当事者が離縁をしようとするときは、家庭裁判所の許可を得て、これをすることができる。



 要するに、結婚と同じで、二人が納得すればいつでも別れられるということです。

 さて、養子縁組のやり方と、その関連の法律についてざっと書いてきましたが、これはあくまでもバイパスとしての方策だということを忘れないでください。実際には、親などに何も相談せずに縁組をしておいて、不幸にもどちらか亡くなったとすると、法的には守られていても、相続の時には色々とトラブルが起こる可能性は非常に高いのです。精神的に耐え難いことも起こるかも知れません。結局、結婚とか養子縁組というのは、「家」という制度を支えるためのものでもありますから、それを利用しようとするとその「家」制度に絡んだ渦巻に巻き込まれてしまう結果にもなるのです。

 ひとまず非常の場合に備えて養子縁組はしておき、時間をかけながら自分たちのことを理解して貰うように努力していくことが、最終的には必要なのだと思います。
 


注1・実際の例

 AさんとBさんは15年一緒に暮らしていた。Bさんは大手会社の営業マン、Aさんは二人の共同名義の会社で持っている喫茶店を経営していた。二人はBさんの父に保証人になってもらって、Bさん名義でマンションを借りて住んでいた。

 去年突然、Bさんが蜘蛛膜下出血で倒れ、3カ月間意識不明のままで亡くなった。二人はお互いに経営者保険を掛け合っていた。その他にBさんは個人で生命保険に入っており、また二人は次の事業のために二千万円ほど貯金をしており、それはたまたまBさん名義になっていた。

 Bさんが倒れたと同時に、Bさんの親御さんがBさんの保険や貯金について調べ始め、Bさんが亡くなるとそれらのものを全部よこすように要求してきた。Aさんは二人が家計を一つにしてきたこと、貯金は二人で貯めていたことなどを説明したが、理解して貰えず、詰問されて、二人が実際は夫婦同然の関係だと話した。Bさんの親御さんはそれを聞いて逆上し、二人の関係を汚らわしいものとして一切認めずに、Aさんに対して、経営者保険の保険金の半分もよこすようにと要求するまでになった。

 結局、気の弱いAさんは自分の愛していた人の親と泥沼の争いになることを嫌い、また裁判になって自分たちの関係が公になることを避けるために、貯金やその他の財産に関しては諦め、親御さんの立てた税理士さんとの話合いで、経営者保険でおりたお金と、マンションを引き払う時に返ってきた保証金の半分を受けとって引き下がることにした。

 Bさんの親御さんは、Aさんとその後一切の関わりを断り、AさんはBさんのお墓も教えて貰えなかった。

注2・皇室典範第9条/天皇及び皇族は、養子をすることができない。
   民法第792条/成年に達した者は、養子をすることができる。
 
注3・民法第793条/尊属又は年長者は、これを養子とすることができない。


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