電脳曼陀羅
                    第5回

       

「笑って、お仕事。」できますか?

「笑って、お仕事。」

 我が国パソコン界,今年最大の目玉といえる日本語 版Windows3.1(以下Win3.1J)の発売キャンペーンのキ ャッチフレーズが,これだ.このキャッチがパソコン 雑誌はいうに及ばず,テレビや一般週刊誌,新聞にも あふれた.その裏で,「なーにが,笑ってお仕事じゃ. こんなWindowsじゃ笑えないよ.何とかしてくれよ」 の声があるのも事実.今月はWin3.1Jとこれを出荷し たMicrosoft日本法人(以下MSKK)の話題を取り上げる.

呉越同舟の発表会

 5月17日に新高輪プリンスホテルで盛大に行われた 発表会の模様は,各誌が大々的に伝えている.どれも 通り一遍の報道だったが,ぼくが目を通した中では, 「ASAhIパソコン」'93年7月1日号のコラム「A子のど すこいパソコン」が独自の視点で切り込んでいて光っ ていた.とても醒めた目で,世界のVIPが集まったこ の大騒ぎを眺めている.  ぼくもこの世紀のイベントを直に見たかったのだが, 残念ながら日本にいなかったので出席できなかった. 帰国してから知合いたちに話を聞いたが,割とA子さ ん的に醒めて皮肉にながめていた人が多かった.MSKK に振り回され,さんざん苦労をさせられた人たちばか りだからだろう.彼らの話を総合して,この発表会が どういうふうに見えたか,かいつまんで紹介しよう.  まず緊張感がたまらなかったという.そりゃそうだ. 滅多にない呉越同舟だ.NECの関本社長,COMPAQのフ ァイファー社長という98対DOS/Vの対決,さらにアス キーの西社長までご参列.MSKKは,アスキーと Microsoftが喧嘩別れしたとき,アスキーを飛び出し た古川MSKK会長たちを中心に設立された会社だ.西社 長がMSKKがらみのイベントに登場するのなんて,よほ どのことだ.  そして何よりビル・ゲイツMicrosoft会長の存在. 「フォーカス」はじめ一般誌もゲイツ氏を追うほどだ った.なにせ,パソコン業界を牛耳る世界最大のソフ トウェア帝国の帝王であり,史上最年少の全米長者番 付No.1の大金持であり,アメリカのコラムニスト,ク リンジリーにその独裁ぶりを金日成ばりだと褒められ るほどの存在だ.関係者がピリピリするのも無理もな い.  ゲイツさん,古川さん(MSKK会長),成毛さん(MSKK 社長)の三人が談笑する場面がビデオで流れたという. 古川,成毛のご両人,一所懸命笑ってらしたそうだが, 知合いたちには,ひきつり,こわばった笑いに見えた という.そのため,「当人たちが笑ってお仕事できな いのに,Windows使えば,笑ってお仕事はないんじゃ ないか」の声あり.  古川会長が,パッケージのラップを破ってみせ,本 日ここに出荷されましたとやった演出も,白けた気持 で聞いていたという.というのは,すでに5月12日に, NECが他社にさきがけてWin3.1Jを発表しており,秋葉 原ではとうに店頭で買えたからだ.NEC以外の他社は, MSKKが発表するまではWin3.1Jの発表をできない契約 だった(某社の関係者談).このことからも,MSKKに対 するNECの影響力の大きさがうかがえるし,NECは別格 扱いになっていることが分かる.  VIPたちのあいさつの中で仲間内で一番評価が高か ったのが,アスキー西社長のもの.西さん,パソコン を車にたとえた話をした.Windowsがボディ,インテ ルのCPUはエンジンどうのこうの.西さん,何をぶつ ぶつ訳の分からんこと言ってるのかなと最初はそう思 ったという.で,最後に,車は注意深く選びましょう ねと締めくくった.これが仲間内では大ウケだった.  なぜって,98とDOS/Vの間で,やれ右ハンドルパソ コンだ左ハンドルパソコンだなどと比較広告合戦をや っている故事(笑)に,ひっかけてあるからだ.それを 当のNECとCOMPAQのそれも社長がいる目の前で,しか も袂を分かったMSKKの記念すべき祝典の場で言っての けたのだから,わしらの間じゃ,さすがは西和彦,腐 っても鯛どころか,こりゃ,アスキー大復活間違いな しだと,評価はうなぎ上りだ.  ゲイツ氏は西さんと長時間会談した模様.前評判で は発表会で,アスキーの開発した「どこでもドア」(パ ソコンを使ったテレビ会議システム?)を使うという ことだったがそれはなく,ゲイツ氏は夜アスキーを訪 れて,これを見ていったらしい.Microsoftとアスキ ーの蜜月再来の噂が飛び交っている.  噂といえば「噂の真相」.西さんは,'93年7月号の 「地獄耳スッチーのフライト日記」で恋愛問題を暴露 され,8月号では7月号の内容についてスッチーの会社 の重役に西さんが怒鳴り込んだことまで書かれている. いやあ西さん,元気あり余ってるみたい.その調子で がんばってほしいものです.ところであのスッチーさ んも書いているけれど,西さん,抗議は直接「噂の真 相」編集部に行うのが筋ですよ.出版社の社長なんだ からそれくらいの常識はわきまえてないと,西さんの みならずアスキーという出版社の恥になりますよ.岡 留対西.実現すれば,見ものだね.

最大の問題はDOS互換ボックス

 Win3.1Jがほんとに笑ってお仕事できる代物かとい えば,残念ながらそうとは言えない面がある.むしろ 怒っている人,泣いている人が目につく.  そんな馬鹿な.パソコン雑誌はこぞってWin3.1J大 特集を組み,礼賛記事のオンパレードではないかとい うかもしれない.だがNifty-Serve,日経MIXといった ネットの世界に一歩足を踏み入れてみれば,そこには MSKKへの恨みつらみ,馬鹿野郎節がナイアガラの滝と なって振り注いでいるのが見える.  そんな批判的な話題がなぜパソコン雑誌にほとんど 出てこないのか.それはMSKKがパソコン雑誌界にとっ て重要なプレイヤーだからだ.MSKKにへそを曲られる と,雑誌の目玉がなくなってしまうのだ.  とにかく現在の不況を乗りきるのが業界の急務.今 年はWindowsを盛り上げ,ハード,ソフトともに出荷 を伸ばして儲ける,これが業界の暗黙の合意である. それに水をさすのはまずい.やるなら,抗議,広告停 止,取材制限,新製品情報やベータ版提供の制限とい った,有形無形の圧力を覚悟しなければならない.  しかしネットの世界は自由奔放だ.出るわ出るわ. とうとう成毛社長自ら釈明メッセージを書かねばの娘.  大きく分けて問題点は,インストールにまつわるも の,DOS互換ボックスにまつわるものに分れる.  あらかじめ言っておくが,Win3.1Jは3.0Jよりも多 くの点でずいぶんとよくなっている.これは大いに評 価していいし,技術陣の労をねぎらいたい.しかし期 待が大きかった分,また失望が大きかった面もある. 雑誌もヨイショ記事の連発ではなく,ちゃんと問題点 も指摘しないと,反動としてユーザの失望は大きくな る.これは,パソコンそのもの,パソコン雑誌界その ものへの不信につながるから要注意なのだ.実際,ネ ットで見る失望感の表明は,雑誌であおられた期待を 裏切られた故といって過言ではない.  インストールに関しては,98のバスマスターのハー ドディスクだとどうのとか,製造不良でフロッピーが 読めないとか,いろいろと出ているがまだ文句は少な いほうだ.大モメなのが,DOS互換ボックス.  DOS/V用Win3.1Jでは,海外の最新のビデオカードと その英語版ドライバでWindowsが使えるという触れ込 みだった.たしかにWindowsは動く.ところがDOS互換 ボックスが飛ぶ飛ぶ.不安定なのよ.  加えて本家Microsoftが出したばかりのVisual C++ が動かない(コンパイルの段階で飛ぶ./Vオプション をつければ大丈夫そう).自社のWindowsソフトさえ動 かせないWin3.1Jって一体何なのかと大騒ぎ.簡単に いえば,VDDとグラバなるものがあり,英語Windows3. 1(以下,Win3.1E)とWin3.1Jではこの辺の仕様が変わ り,Win3.1E用のものでは安定動作しないという.  MSKK版ではなく日本IBM版では大丈夫らしいという 情報が流れ,買いに走ったのはいいけれど,今度は DOS互換ボックスを起動するたびにシステムリソース が減るという現象発生.結局,Win3.1E用のものでは なく,ちゃんとWin3.1Jに対応した日本語ドライバそ の他が必要という話になっている.  StealthやViperなど日本でも人気の高いディスプレ イカードを販売しているDiamondでは,早急にWin3.1J 用ドライバを配布できるようにしたいといっているけ れど,どうなることやら.Viper用は日本IBMが書き, Stealth Pro用は東芝が書くそうだが,ほかのディス プレイカードはどうするのかな.みなさん,必死こい てお書きになるのかな.それで騒ぎがおさまるならハ ッピーだが,そんな騒ぎが起きる仕様のWin3.1Jに, 勘弁してよの声が出るのも道理ではある.  なぜこんな仕様になったかについては,一定の説得 力をもってMSKKとNECの密約説が語られている.一番 得する奴が犯人という推理の常道からいえば,たしか にNECが一番得をする.98の場合,DOS/Vと違って最初 からWin3.1J仕様のドライバを書かねばならない.DOS /V陣営に対してはハンデになる.ところが仕様を変え たことで,98と同じ土俵に海外のビデオカードを引き ずり込んで,仕切り直しができたという解説である.  では,98のDOS互換ボックスは万全か.少なくとも ぼくの身近で二例,ときどきDOS互換ボックスが飛ぶ 現象が出ている.ベータ版のときは平気だったのに, 製品版からこうなったと彼らはいう.かなり安定して いるとはいえ,万全ではないように思う.結論的には, 現在のWin3.1JでDOSソフトを動かすと,何が起きても 不思議はないのではないか.  傑作な話があって,結局,DOS/VユーザはMSKK版, 日本IBM版の両方を買う羽目になった人が多い.DOS/V ユーザはこういって皮肉る.MSKKは二度儲かる.さす がビル・ゲイツ,商売うまいなあって.我々,庶民相 手に,こんなアコギなことやって,やっぱり大金持ち になる奴はちがうなあって.くやし涙にくれてるユー ザを想えば,これ,笑えないぜ.それだけユーザにと って切実で深刻な問題なんだから.  ドライバに関する問題は,ディスプレイだけではな い.たとえばMSKK版にはNetWareのドライバが入って ない.ベータ版では入っていたが,本国で敵対関係に あるせいか,ノベルと契約がまとまらなかった.ただ し,OEM先から出るWindowsには入っている場合がある. 現にNEC版は,NECがノベルと契約を結んでいるので入 っている.NetWareとWindowsを使う人が少ないのかさ して話題にならなかったが,ぼくらは困ったよ.  ドライバに関しては,WDL(Windows Driver Library) といってNifty-Serveなどを通じて流す仕組みができ てはいるが,定着するかどうかは未知数だ.現実には まだほとんど登録されてない.MSKKは各社が登録して くれるのも待つだけではなくもう一歩踏み込んで,ア メリカのCompuServeやらプリンタメーカ,ディスプレ イカードメーカ各社のBBSにあるドライバの転載を積 極的にやってほしい.いまは,善意のユーザが高い通 信費を払って海外から転載している.それを肩代りす るだけでも多くの人に喜ばれると思うよ.  そんなこんなで7月上旬現在,普通のユーザさんに とって安心感とお買い得感があるのはNEC版の98用の CD-ROM版(なんだこの記述は)というのがぼくの結論. 普通の感覚では,DOS/V用は不安定でおっかないとい う印象.98用はMSKKよりやっぱりNECのほうが安心, アウトラインフォントも豊富,何十枚のフロッピーは 勘弁という感じなんだね.  NECはこういうチャンスは逃さないね.Video for Windows,Windows Sound System,フルカラーのディ スプレイカードと新機種をいくつもと,矢継ぎ早に発 表して,Windows時代も98の時代であることを強烈に 印象づけている.横道にそれるが,NEC版のWindows Sound Systemは注目しておきたい.というのはNECの 日本処理技術の蓄積があればこその,素早い発表だと 思うからだ.大手メーカは伊達に何十年もコンピュー タの研究をしていない.日本語処理の技術はかなりの 蓄積があるとみるべきで,今後各社は音声,手書き認 識など,自社の先端技術をWindows上で競うようにな るだろう.その端緒がNECのWindows Sound Systemで はないかと感じたのである.  皮肉だよね.Windowsが快適に走るマシンとして認 知されたことがDOS/Vマシンが伸びた要因だったが, Win3.1Jではこれが逆転してるんだもの.DOS/Vは不安 定,98のほうが安心快適,しかもNECはWindows関連の 製品を次々と出して積極的というイメージ作りに成功 している.MSKKとNECの密約説が説得力をもつのも無 理はないことだろう.

DOSの二の舞?

 「日経パソコン」'93年5月24日号には,古川会長, 成毛社長のインタビューが載っている.この中で古川 さんが,「完成度を高めた」「単なるローカライズで はなく,日本の文化に合わせたジャパナイゼーション」 と発言している.たしかにWin3.1Jになってよくなっ たことは多いし,技術陣もがんばったとは思う.しか し古川さん,ジャパナイゼーションは,セールストー クとしても恥かしいですよ.そんな水準じゃないもの.  たとえば,かな漢字変換はWXII-WinのOEMである. Windows Sound Systemは,よそから技術を買ってこな いと自社ブランドで出せないでしょう.つまり,MSKK には日本語処理技術の蓄積がなく,ジャパナイズする 力がまだまだ不足している.まだ威張っちゃ,ダメで す.その点,ジャストシステムは日本語処理の蓄積は かなりある.そこがWin3.1Jをにらみつつも,ジャス トウィンドウの一太郎Ver.5に日本のユーザが惹かれ る大きな要因だろう.実際,Win3.1Jにとってジャス トウィンドウは侮れないし,目の上のたんこぶだ.  「ASAhIパソコン」'93年7月15日号のニュース欄に, Windows World Expoの席上,ロータスの菊池社長が Win3.1Jについて,「マーケティング戦略は成功した が,大部分のところが見切り発車で出ている」,ソフ トハウス側がWin3.1Jの不備を「補強する形で展開し ている」と痛烈な批判を行ったことが載っている.こ れはWindowsソフトの開発者たちの率直な感想といっ ていい.これに対し,成毛社長は一向に意に介さず, 1年で100万から120万本出荷する見通しを述べたとい う.  古川さんや成毛さんの立場じゃ,未完成作とは口が 裂けてもいえないことは分かる.でもね,Windowsで 商売をし,Windowsの普及を望んでいて,100万本は間 違いない,たった100万本ではビル・ゲイツが怒るだ ろうと思っているぼくらでさえ,いまのWin3.1Jが100 万本,日本市場に出ることが,長期的にみて日本のパ ソコン市場のためにいいのか疑問に思う部分がある.  MSKKが自社ブランドで出す意義は,これが本家本元 の日本語Windowsだというリファレンスを確立するこ とにあった.ソフトハウス各社はMSKK版でのみ動作確 認すればいい.こうなるはずだったが,現状ではリフ ァレンスとしての地位が揺らいでいる.加えて,各社 のWindowsの違いから動く動かないがあったりすると, 非互換の再現であり,ユーザ,ソフトハウスとも苦労 したDOSの二の舞になってしまう.  次に,ユーザにこんなのがWindowsか,Macintoshや OS/2 2.1のほうがいいと見切られてしまいそうで怖い. Windowsを弁護しておくと,英語版を久しぶりに使う とWin3.1Jとは全然印象が違う.ああ,連中,これだ から笑ってお仕事なんだなと素直に思えるくらい.  ぼくの評価では,Win3.1Jはジャパナイゼーション ではなく単なる日本語化である.しかもうまくない. この件に関しては,MSKKだけを責めるわけにはいかな い.Microsoft本社もちゃんとしてないんだもの.  いまや多国語対応のベースになる国際版を作って, 各国のローカライズをやるのが常識.Macintoshは何 年も前にAppleがWorld Scriptというアーキテクチャ を定義して,Mac OSの最新版System7でようやくモノ になった.漢字Talk7はその体系に従っている.Apple は国際化したアプリケーションの作り方,各国語対応 における諸々の注意点まで詳しく述べた,しっかりし たガイドラインまで出版している(この辺の詳しい話 は「スーパーアスキー」'92年11月号の拙文参照のこ と).MicrosoftのWindowsには,それがない(ただし, アラビア語版など各国語版はある.しかしそれがグロ ーバルなアーキテクチャから,自然に得られたものか といえばそうは思えない).  本社が世界的な枠組みの中でローカライズを戦略的 に考えることをしていないから,MSKK独自でやらざる を得ず,せっかくやったことが本社で認知されないと いう不毛な苦労を強いられているようにみえる.WIFE はその典型.WIFEはWin3.1Jになって位置付けが中途 半端になった.じゃあ,漢字TrueTypeで大丈夫かとい えば,大手フォントメーカーはTrueTypeはフォントデ ザインをコピーされやすいからと敬遠してWIFEを支持 している.これも今後日本のユーザを悩ませる問題に なるだろう.  話を戻すと,漢字Talk7の日本語関係の部分は, Japanese Language Kitとして別売されている.これ を英語Sysytem7に追加すれば,日本語の使用が可能に なる.Win3.1Jの日本語化もこの方向で実現すべきだ っただろう.今後,Windows for Workgroups(以下WFW) ,さらにはChicagoといったWindowsファミリーを次々 と日本市場に投入することを考えれば,Win3.1Jのア プローチは道を誤ったと思う.本社のやり方からして 抜本的に改善しないと,日本語版開発の遅れは短縮で きないのではなかろうか.  日本ではWin3.1Jが出たばかりだが,アメリカでは すでにWFWが出ており,Chicagoもベータ版がそろそろ という状況である.海外の最新の環境で日本語を使い たい,MSKKの日本語化には期待できない,待ってはお れんというので,現在あるプロジェクトが進行中だ. DDDで日本のWindows状況に大きな風穴を開けた西川さ んたちがやっている.プロジェクト名をアキツという.  これは英語のMacOSで日本語を使えるようにしたこ とで有名な,SweetJAMやGomTalkのWindows版と思って もらえばいい.英語Windowsにモジュールを追加して 日本語の利用を可能にする.似た商品としてはTwin Bridgeがあるが,まったく別物なので要注意.  アキツはすでにWFWで動いている.ぼくもWin3.1Eで 動かしてみた.WordやExcelの日本語版は動くし, DBProも動いた.誤解のないように書いておくと,英 語版のソフトが日本語化されるわけではない.英語 Windows上で日本語ソフトの日本語使用が可能になる に止まる.この辺はWorld Scriptには及ばない(World Scriptに対応したソフトは,言語環境を切り替えると 自動的にその言語のソフトになるはず.ただ,まとも にサポートしたソフトはまだ少ない).  アキツのアプローチでもうひとつ見逃せないのは, これならROM化された英語Windowsでも日本語が使える 可能性があることだ.HPの新製品にOmniBookというノ ートパソコンがある.これはDOS,Windowsのみならず, ExcelやWordまでROM化して搭載してある.英語版 ExcelやWordは日本語化されるわけではないけれど, 少なくともROM化されたWin3.1Eはアキツで日本語化で きそうである.今後海外のノートパソコンはWindows 標準搭載になるだろう.それで日本語が使える可能性 が開けている意味は大きい.アキツが完成度を高めて, 無事出荷されることを期待したい(注: アキツはWin/V として商品化された).

日米の格差がもたらすもの

 「日経バイト」'93年4月号に成毛社長のインタビュ ーがある.その最後で,「マイクロソフトの寡占状態 が進行してきて,やる気をなくしている国内のパッケ ージ・ベンダはどうでしょうか.いまだにWindowsア プリケーションを開発できないところも少なくありま せん」という問に,「発想を変えればシステム・イン テグレーションという大きなビジネス・チャンスがあ ります」と答えている.すなわち日本のソフトハウス は,Windowsソフトを作らなくていいと断言している に等しい.人のいい成毛さんらしい正直な発言だが, ビル・ゲイツの唯我独尊ぶりが乗り移ったかのような この発言は,社会的責任を増している会社の社長とし ては,思慮を欠いた大変に不用意なものだ.  国内のソフトハウスがWindowsソフトを開発できな いのは,日米の圧倒的情報格差,開発環境の格差など に起因しているが,その格差をもたらしているのは, 言語・OSといったMSKKのシステム部門のだらしなさに も大きな責任があると,おれは思っている.  Microsoftは強大になりすぎ,FTC(米公正取引委員 会)の調査を受けており,システム部門とアプリ部門 を分社するように勧告されるのではないかとも噂され ている.システム部門とアプリ部門がツーカーで,同 業他社に対して不公正であると非難されているのだ.  その非難をかわすためか,Microsoftの開発者への サポートは目をみはるものがある.最新の開発ツール, 資料の提供,CompuServeでのサポート,各種新技術の 開発者向け講習会の開催,最近では,極東向けソフト を開発する技術講習会まで開催している.これだけ充 実しているから,日本市場に海外からWindowsソフト が押し寄せるわけだ.  「Windowsで稼ぎたいが,時間稼ぎもしたい.ノウ ハウ,開発力が充実するまで,98のDOSががんばって Windowsが流行らないでほしい.これが多くの日本の ソフトハウスの本音だろう」と書いたことがあるが, もはや待ったなし.みなさん,覚悟しましょうね.  一方のMSKKはかなりお寒い.デベロッパー・リレー ションズ課という開発者サポート部門があり,Nifty- Serveにフォーラムもあるが,月とスッポン.MSKKの 名誉のために書いておくと,個々の対応は一所懸命や っているし,なんとかしようと思っているのは感じら れる.しかし,総体としてみれば焼け石に水,焼き芋 に屁のつっぱり.MSKKじゃ埒があかないので,各社, CompuServeにアクセスしたり,コネを頼ったりして, アメリカから開発ツールや最新資料を入手しているの が現状である.余談だが,Windowsのソフトを商売で 本気で書こうと思ったら,CompuServeに行くか, Developer Network CDというCD-ROMを手に入れたほう がいい.  MSKKのシステム部門はこの一年で信用をずいぶん失 ったのではないか.大はDOS5.0 a/V騒動にWin3.1Jの 遅れ,小はMS C/C++7.0の日本語化やらあれこれ.つ い最近もWin3.1JのSDKの出荷が遅れた.MSKKは開発者 の足を引っ張ってばかりいて信頼できない,開発者は こう感じているだろう.成毛社長に,この自覚があれ ば,とてもあの発言はできなかったはずなのだ.  自由競争には,不公正な競争の排除が不可欠である. システムソフトメーカとして,公正な競争の場を提供 することを怠っていながら,ああいう発言をするから 反感を買う.専門家の判断はいざ知らず,おれなんか, 「お前ら,独禁法違反だぜ」と心の中で毒づいている もんね.ぼくら開発側からMSKKに言いたいのは,「頼 むからさ,ちゃんとした仕事してね」の一言.

Windows World Expo

 幕張メッセで開催されたWindos World Expoに行っ てきた.幕張遠いよぉ.電車一本乗り遅れたら,30分 遅刻だ.西川さん,担当Hさん,すみません.という 舌の根も乾かぬうちに次週の「スーパーアスキー」の 座談会1時間遅れだもの.元麻布さん,西川さん,編 集部のみなさん,すみません.などと未来を透視しつ つ駅を出たら,いきなりマハーポーシャの連中がチラ シを配っていた.こんなところまでと驚く.  会場は思ったよりも狭い.当然,メッセ全部を使っ ていると思っていたから,思わず同時開催されていた 生コン(生コンピュータにあらず.生コンクリート)の イベント会場に入りそうになった.これでも去年の倍 の広さというから,去年は悲惨だったんだね.そうい えば,ビル・ゲイツの講演ですら人が集まらずタダで 入れたもんだから,ちゃんと金を払って入った人が怒 り狂っていたっけ.  入場者は,6万人を超えて大盛況だったというけれ ど,全然そんな気がしなかった.午前中から行ったせ いなのか.盛り上がりに欠けているし,熱気がないし, 何より華がないのだ.Mac World Expoとは比べものに ならない.どうしてかなとつらつら考えるに,若い女 の子がいない.これに尽きる.  Macintoshは,主婦,OL,女子大生,女子高生,女 子中学生,女子小学生,女子幼稚園保育園児,はては 女子胎児,きんさん,ぎんさん,パールさんにと,女 性には,とっても人気がある.ただAppleはハードメ ーカとしては実にだらしなくて,まともに生産できて いないから,売りたくてもタマがない.いまの日本市 場,モノさえあれば右から左に売れるほどMacintosh の人気は高いのに,やけくそのように種類を増やした ものの,生産めちゃめちゃで納期はデタラメ.Win3. 1Jがこんな調子のいまこそ,大いにシェアを伸ばすチ ャンスなのにね.  この状況をみておれは,マックに関するマーフィー の法則を作った.  「マックの新製品は次の新製品が出るまで手に入ら ない」  話がそれたが,Mac World Expoは,この女子ナント カの大量フェロモンにつられてオスが群がるから,熱 気ムンムンだもの.一方,「笑って、お仕事。」でや ってくるのは,ネクタイ族だからフェロモン出ないも んなあ.来年もこんな調子だったら,日本のWindows, もう終わりじゃないか.なんとか,Mac World Expoに 迫ることを期待したい.  目についたものをいくつか紹介すると,DECの次世 代RISCチップ,Alphaを搭載したDECpcには人が群がっ ていた.開発者向けのこのマシン,95万円ほどとずい ぶんと安いけれど,秋にはバスにPCIを使ったマシン が出るから,買うかどうかは悩むところ.  前述のNECのWindows Sound System.実際に聞いた 感じは,読み上げはあまりなめらかではなかった.ア クセントはなんだか関西系に聞こえた.でもかなりの スピードでちゃんとテキストを読み上げていた.音声 認識のほうは試せなかった.おれ,音声認識うるさい よ.松を音声対応にしたとき,NECの府中工場でいや というほど発声練習したから.あ,うるさいの意味が ちょっと違いましたね.  なぜ試せなかったかというと,ブースで熱心に質問 している女性三人組がいたからだ.なかなかだった. 私はすべてを許してその場をあとにした.ああいう女 性だけのグループがね,もっともっとやってこないと ダメ.そうじゃなきゃ,おれ,わざわざ幕張まで行か ないもん.  ソフトウェアジャパンのブースには,前述のアキツ がこっそり展示してあった.一言,「これです」とい う小さな張紙がしてあるだけ.知らない人は何のこと か分からない.感動したぼくは,その張紙に「秋来ぬ と目にはさやかにみえねども」などと風流をきどった シャレとともにサインしてきた.  日本語Word5.0がアキツ環境で動いていたのだが, 操作していた何人もの来場者は,そのWindowsがWFWだ ったことに気づいていなかった.  売り方と導入の容易さが決め手になるだろうが,一 般ユーザがどれほど飛びつくか,非常に興味深い.す でにいくつかの雑誌が記事掲載に動いている.出荷さ れればMSKKの面目丸つぶれだ.でも,英語Windowsも 売れるようになるから,MSKKは三度儲かる.やっぱ, 商売うまいし,泣く子とMicrosoftにはかなわんね.  これ,日本より海外でのほうが人気が出ると思う. 英語Windowsにモジュールを追加するだけで日本語が 使えるようになるから,特に海外の開発者は飛びつく にちがいない.Win3.1Jを使って日本語化する必要が ない.彼らが使っている最新の環境で作業できるんだ もん.これでまた日本の開発者との差が広がるわけ(泣) .とはいえ,日本の開発者もアキツを使えばいいわけ か(喜).そのためのアキツだったんだもんね.  余談だが,先に紹介した「A子のどすこいパソコン」 のイラストレーターは,「ナカムラ アキツ」という お名前の方である.これ,単なる偶然でしょうか.  Windowsで商売している関係上,Windowsの仕事はや り続けるだろうが,一ユーザとしては最近Macintosh が面白くなっている.心を覗くと,PowerPC早く出な いかな.それまでApple倒産せずにもつかな.IBMやAT &Tと合併するのかな.日本メーカが買収するのかな. System7,早くPCに載らないかな.白夜書房のエッチ CD-ROMどんどん出ないかなといったMacintoshに関す る興味ばかりなのだ.Win3.1Jに関しては,「まあ, しゃーない,こんなもんよ」と,あきらめの境地にな っている.いやもっと踏み込もう.Win3.1Jのキャッ チフレーズは,次のように変更してキャンペーンする といいんじゃないかな.  「悟って,お仕事。」 初出 「The BASIC(ざべ) '93年9月号」(技術評論社) Copyright (c) 中村 正三郎(Shozaburo Nakamura)