SHOH's LIVE REPORTS

Sting (Sep 30,1996 at Budokan, Tokyo)


Part 2

のぼのお笑いタイムのあとには、しみじみ"FIELDS OF GOLD"が。とはいうものの、この曲、前回みたいに映画「レオン」を思い出させるような悲しい仕上がりではなくて、どちらかというとカントリーっぽい雰囲気に。今度のアルバムでは、R&Bとともにカントリーの味がする曲が目についたけど、どうやらそのあたりが今回のライブの特徴になってるみたい。違和感な く"YOU STILL TOUCH ME"が続いたあとに、今回のツアーの目玉ともいうべき、めくるめくPOLICEナンバーが続く。

"SYNCHRONICITY 2" のかっこよさったら、もう筆舌につくしがたい。あの曲の魅力を200倍くらいに増幅しているのが、ホーン2本の音。大体が金管楽器の音って、人の気持ちを思い切り揺さぶるような、ある種強迫観念じみた効果を出すじゃないですか。それがこの曲の元々の雰囲気にぴったりで、途中でどんどんハイになっていく部分なんて、心臓が飛び出しそうな快感に酔ってしまった。

そして"ROXANNE"。POLICE のときと同様に、いえ、あの頃よりももっと艶っぽい声を張り上げている彼を見ながら、2年前だったかな、声の調子が最悪の状態で来日公演をしてしまったときのことを思い出していた。この曲を歌おうとしてもまったく声が出なくて、「お願いだからもうやめて、歌わなくていいから」と、祈るような気持ちで見ていたことを思い出し、なんだか感涙にむせんでしまった。

初日、2日目に比べても、最終日のきょうはとりわけ長いヴァージョンになっていて、特に途中で客席に「ロクサーヌ!」と歌わせたあとで、トロンボーンとSTING がものすごく長い掛け合いをするのが、めちゃくちゃかっこいい! トロンボーンの人って、初日にはすごく趣味の悪い赤い縞のシャツなんて着てて、どこの田舎町でみつけてきたんだろう? なんて思ったものだけれど、きょうは黒のシャツに黒の革パンツ、頭には藍染の手拭いをバンダナのように巻いて、とってもミュージシャンっぽいスタイルになっていた。

そして、いよいよ、本日の、というか今回のツアーのハイライト、"BRING ON THE NIGHT〜WHEN THE WORLD IS RUNNING DOWN YOU MAKE THE BEST OF WHAT'S STILL AROUND" へ。このアレンジはもう、「すさまじい」の一語に尽きる。途中から始まるケニー・カークランドのキーボードソロに、STING のベースがからんで、果てしないインプロヴィゼーションへと展開していくところでは、息をするのも忘れて見つめるばかり。回りの観客もみんな、手拍子をする隙もみつけられず、固唾を飲んで見守っているという感じ。私はこのとき、「STING にウッドベースを持たせたい!」って思ってしまった。あの映画「ストーミー・マンデー」の役のように、ジャズクラブでウッドベースを弾く STING が目の前に髣髴としてしまったの。しかし、こんなふうに楽器を一生懸命弾いてるときのSTING って、ほんとうにすてきだ。スーパースターとしての自分の存在なんてすっかり忘れ、優秀な相手との掛け合いに必死になって、全身全霊を傾けている一人のミュージシャンの姿がここにある。

それにしても、ケニー・カークランドってほんとうに素晴らしいキーボード奏者だ。彼が入ると、全体の音がぐっと人間的、ジャズ的になってくると思う。デヴィッド・サンシャスもうまいんだけど、彼の場合はもっと若くて機械的というか、ロック的な感じだったものね。

クライマックスには、ホーンの2人とSTING が一緒に並んでフォーメーションを組み、足を後ろに蹴り上げてみせる。ドミニクの前にホーンのふたりが膝まづき、寄り添うようにして吹きまくる。ドミニクも膝を思い切り曲げて姿勢を低くし、一緒になってのってみせる。

これ以上はないというくらい気持ちが高揚したところに、追い打ちをかけるように激しいリズムが打ちこまれた。前回のツアーでは、ほとんどヘヴィーメタル・ヴァージョンとなっていた"DEMOLISION MAN"が、今回はソウルフルなR&Rナンバーとなって披露される。これもすごーくインパクトが強くてかっこいい!

ステージも客席も暴れ過ぎてぐったりしてしまったところで、またまたSTING がステージ袖に行ってスピーカーにもたれかかる。客席を眺めながら知らんぷり、という(かなりわざとらしい)ポーズをとっていると、まぎれもないあの曲のイントロが。最初は気がつかないふりをしているんだけど、そのうちに「あ、あれか」というような表情を見せて中央のマイクのほうに歩いていき、それでもまだマイクのところまで来て「ウー!」とかひと声かけただけで、行き過ぎてしまい、最後の最後になってようやくマイクのところに戻ってきて歌い始めた2日目の演出がなかなかキュートだったな。

きょうは耳に手をあて、「おや?」といった顔をしてみせ、両手を後ろに回し、アヒルのようなポーズでステージ中央のマイクスタンドまでひょこひょこ歩いていって、歌い始めた。

"ENGLISHMAN IN NEW YORK"

ああ、この曲ってやっぱりいい。彼の声といい、サックスの響きといい、ドラムとベースのリズムといい、なんかもうこの世の宝物という感じ。

曲の途中でサックスの男性がいきなりラップを始める。これが、さすが黒人だけあって、ものすごくうまい! 唐突に始まるにも関わらず、全然違和感がなくて、曲の中にすんなり溶けこんでしまっている。ステージの上をハンドマイクを掴んで歩き回る彼の後ろを、STING がおどけた仕草でついていき、最後に中央のマイクまできたところで「SING A SONG!」とうながすと、またSTING の歌が始まるという、実によくできたヴァージョン。

これが本編最後の曲となり、みんなが楽器を置いてステージを去っていく。最後にサックス奏者がひとりサックスを吹きながら、ゆっくりとステージを去っていくと、バックにはアンディ・ウォーホルの版画みたいに処理したカラフルなニューヨークの風景。いやもう、実にかっこいい演出だなあ。

新譜からの曲が増えたにせよ、過去のアルバムからの曲は毎回同じだし、昨年、一昨年と続けて来たばかりだし、ちょっとだれるかなあなんて心配していたのは杞憂に終わった。

さすがSTING 同じようなことは2度とやらないんだなあ。どの曲もみんな今まで聴いたこともないアレンジで、ほんとぶっとんでしまった。ベテランミュージシャンのライブって、昔の曲をご愛嬌でとりあげるものの、それはほんとにオマケでしかないことが多いんだけど、STING に限っては絶対に違う。元々の曲が素晴らしいってこともあるんだろうけど、いつまでも色褪せないように細心の注意を払ってケアしてる、という気がする。ほんとに音楽を愛してるからできることなのじゃないかしら。

鳴りやまない拍手に応えて、メンバーがステージに登場。アンコール1曲目は"IF I EVER LOSE MY FAITH IN YOU"。最終日ということもあって、STING は喉をいたわることもせず、思い切り声を張り上げてしまっている。さすがにこのあたりまでくると、ときどき出にくいパートも出てきているが、すっかりハイになった観客もSTING 自身も、そんなこと気にもとめずに歌いまくる。

しかし、この曲のラストってまさに次のあの曲につながるようにできているみたいよね。最後の1音が長くのびている間にもう、次のあの曲への予感で客席には静かな興奮がみなぎっていたもの。

"EVERY BREATH YOU TAKE"。 もう、この曲なしではSTING のライブを終わらせることは許されないだろうな。曲が始まったときの歓声とどよめきを聞いて実感。100万回聴いてもあきない、何度聴いても感動する、死ぬまで聴き続けたい、私にとってこの曲はそんな曲のひとつ。

そして、アンコールの最後は新譜の最後の曲"LITHIUM SUNSET"でしめくくった。オープニングの曲とこの曲には、アルバムタイトルと同じ言葉が登場する。"MERCURY FALLING" で始まり、"MERCURY FALING"で終わるアルバム、そしてライブ。STING の美学かな。

メンバーは引っ込んでしまったけど、これで満足して帰る観客などいない。まだあの曲を聴いてないもの、帰れるわけがない。拍手はどんどん大きくなり、熱狂的に高まる。その声に応えるようにSTING が先頭になってステージに現われた。

STING 専属のギターテクニシャンがエレクトリックギターを持って出てくるのを、STING がうれしそうに迎える。ギターはかなり古ぼけていて使いこまれており、傷もいっぱいついている。そんなギターをうれしそうに抱きとめるSTING の姿がとても愛おしい。

そして"FRAGILE"。 もう何も言えない。身じろぎもせずに、彼の声に、そしてギターの音色に耳を傾ける。おなじみの弦をこする音が聞こえると、「ああ、STING が弾いてるんだ」と安心してしまう。バックのパネルには燃える星雲と星々が輝く宇宙の映像。やさしく、力強く、そしてもろく傷つきやすそうな声が静まりかえった武道館の空間を満たす。悲しいわけではないのに、涙が出てしまう。最後の最後、消え入りそうにはかなげなギターの1音が響いたとき、私の心の奥のほうでも、弦が1本はじかれ、小さな音を立てた。


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