Judas Priest (May 14,1998 at Shibuya Kokaido,Tokyo)
しかし、体と心がそうして熱く反応していながら、頭のどこかで「ちがう、何かちがう」という声がしつこく繰り返されていた。
ロブがいない、ということではない。言っても仕方がないことをいつまでもくどくど言ってたってしょうがないと納得していた。じゃあ、なんなんだろう、このキモチは?
まず選曲が納得いかない。ロブがいなくなり、新しいヴォーカリストを迎えて作った新譜を発表し、それをひっさげてのツアーのはずなのに、4曲以外はすべて過去の名曲。もちろん、前からのメンバーが残っているのだから、やってはいけないとは言わない。
ロブ不在で作られたアルバムが、過去のPRIESTと同じ傾向の曲ばかりだったのなら、まだ納得する。AC/DCやMOTORHEADみたいに、いつまでも変わらない音楽性をもち続けるバンドなんだと思えるから。が、まったく違うタイプのものを発表したということは、ロブがいないとかつてのPRIESTのような音は作ら(れ)ないということになる。それだったら新譜の曲中心にいくべきではないか。
リッパーのパフォーマンスも気に入らなかった。いやしくも、現役バンドとして来日したのなら、過去にロブが創り上げたヘヴィーメタルの王道ともいうべき、ああしたパフォーマンスやMCや演出を、リッパーになぞらせるというのはみっともないと思う。
リッパーがああいうパフォーマンスをしたがるのは理解できる。当然、PRIESTの大ファンだったのだろうし、憧れていたのだろう。そんな自分がそのバンドのステージに立てる。ロブの真似がしたくなるのは当然だ。しかし、それを許してはいけなかったと思う。ミュージシャンとしての自負心があるなら、ロブとはまったく別の、自分なりのパフォーマンスというものを見せようとの気概を要求するべきだったのだ。
結局、バンド自らが自分たちの現在と未来をはっきり掴めていないままにツアーに出てしまった、ということなのだろうか。私が見たアレは、JUDAS PRIESTのコピーバンドだったのだと思う。本物そっくりの。
もし、ロブがそのままPRIESTに在籍していて、彼が納得できる方向に変化していたとしたら、あれほどキモチよく陶酔できるライブにはならなかっただろう。この前のMETALLICAのように賛否両論、さまざまな意見が出る内容になっていただろうと思う。
私は上手なコピーバンドのライブは好きだし、過去に解散してしまったバンドの再結成ライブなんてのも、中身が真面目でさえあれば喜んで見てしまう。しかし、オリジナルのフリをしたコピーバンドに限りなく近いオリジナルバンド、というものには、どうにもやりきれない思いしか抱けない。
一日も早く彼らが自らの道を見出してくれることを祈っている。その道が私の好むタイプでない場合は離れてしまうかもしれないが、それは単に「合わない」だけであって、今回みたいに「納得できない」というキモチにはならないですむだろうから。
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