宋書の倭の五王と日本書紀の天皇系譜 比較
2021.10.29
宋書倭国伝には「讃」「珍」「斉」「興」「武」の5人の王が宋に遣使朝貢し、皇帝から冊封されたことなどが書かれている。この5人の王に対応する日本の天皇は誰か、ということは、研究者の間で古くから議論されてきた。下の図は、どの天皇がどの倭王に対応しているか、現在一般的な説とされているものを、即位順に①~⑤で示したものである。
これをどのように判断するかは、人それぞれであるが、倭(わ)と「日本(やまと)」の問題解決のための一資料となればと思う。
※図の中の縦線は親子関係、横線は兄弟(右が兄、左が弟)を示す。
※宋書の王の下にある数字は、遣使した年あるいは冊封を受けた年、日本書紀の天皇の下にある数字は在位年を表す。
※倭王珍の「438」は、宋書本紀第五の元嘉15年(438)に冊封された、とあるのによる。
※倭王武の「479」は、南斉書列伝東南夷の建元元年(479)に、「502」は、梁書本紀第二の天監元年(502)に冊封された、とあるのによる。
宋書 | 日本書紀 | ||||||||||
☆ | |||||||||||
② 珍 438 |
― |
① 讃 421 425 |
☆ | ① 仁 徳 404 -432 |
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珍→斉の関係不明 | ☆ | | | |||||||||
③ 斉 443 451 |
☆ | ③ 允 恭 440 -450 |
― |
② 反 正 439 -440 |
― |
履 中 433 -438 |
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| | ☆ | | | |||||||||
⑤ 武 478 479 502 |
― |
④ 興 462 |
☆ | ⑤ 雄 略 457 -479 |
― |
④ 安 康 454 -456 |
※雄略天皇は倭王武なのか、という問題については、雑考ノートの「稲荷山古墳出土鉄剣について」をご参照ください。