履歴
  • 1972年 三重県桑名郡長島町に生まれる。
  • 1979年 長島町立 伊曽島小学校 入学
  • 1980年 島根県松江市にちょっとだけ住む。 松江市立長江小学校に転校する。
  • 1980年 鳥取県西伯郡西伯町に 引越し、西伯町立西伯小学校に転校。
  • 1985年 西伯町立法勝寺中学校入学
  • 1988年 鳥取県立米子東高等学校入学
  • 1991年 埼玉大学入学と同時に、埼玉県与野市 で、一人暮らしをはじめる。
  • 1995年 東京工業大学大学院に進学し、東京都大田区 に引っ越す。
  • 1997年 就職し、横浜市旭区の寮にちょっとだけ住む
  • 1997年 新入社員教育が終了し、東京都練馬区の寮に住む。
  • 1999年 会社の都合で、またまた与野市と移る。
  • 2001年 与野市は、浦和と大宮と合併して「さいたま市」になる。
  • 2002年 転職のため、寮を出る。さいたま市内(しかも旧与野市内)で引越し。

 

5555の日
   因みに、鳥取県に引っ越したのは、昭和55年5月5日である。なんてことない、ただそれだけ。


楽器との出会い
1. ピアノ
   3〜4歳のころ、近所の友達の間でピアノの習いだして、なんだが、僕もやってみたくなって、「ピアノ買って!、習わせて!」親に泣いて頼んだんです。僕の両親は、ピアノなんて習わせようなんて考えてもいなかったようで、 結構迷ったんじゃないかと思います。 おもちゃ買ってとは、わけが違います。質的にも、金額的にも。まして、4歳児の言うことです。すぐ飽きて、「やめる」とか言い出すかもしれません。 でも、ピアノを買ってくれて、習いましたね。自分なりには結構がんばったと思います。でも、外で遊んでいて、よく母親が「ピアノの先生が来てるよ」って探しに来たものです。(先生が家にきてくれてました)

   でも、鳥取に引越してやめてしまいました。ピアノの習うためには米子市内まで通う必要があったことがネックでした。今となっては、このとき、遠くても通えばよかったとちょっと後悔です。実家のピアノはインテリアになってしまいました。

2. トランペット
   でも、なんか音楽がやりたくて、小学校の金管クラブに入りました。そこで手にしたのがトランペットでした。 学校や、町内のイベントで演奏してました。

3. ファゴット
   中学時代は、今で言うJ-POPにはまってました。部活は、なぜか卓球部に所属。ほんと、自分で楽器を演奏することなかったです。高校に入学して、また楽器がやりたくなって、吹奏楽部に入部しました。かなり人気の高い部で、ほんの少し入部が出遅れたため、希望の楽器にはならず、ファゴットしかない状態でした。 まぁ、でも新しい楽器にチャレンジするのも良いかなって、思ってOKしました。 その後、大学でのサークル、高校のOB楽団(勝田町一番地寄合楽団)などでファゴットを演奏することになったのです。 ただ、自己紹介などで、「ファゴット」と言っても、「何それ、知らない」という反応がほとんどなのがつらいところです。

 大学のサークルをやめてから、勝田町で、数回演奏したものの、ほとんど、楽器にふれることがなくなってしまいました。しかし、2004年になってから、会社に管弦楽部が発足したので、また楽器を再開しました。しかし、以前は、学校の楽器を借りていたので、もってないという状態。これを機に、ファゴットを購入しました。 YAMAHA YG-11 です。

 

なぜまた数学!?
   なぜなのでしょう?でも小学校時代から算数が好きで、でもソロバンは否定派でした。 「意味なく計算だけして何が楽しいの? ソロバンで、マイナス3分の1とか扱えるの? 方程式は解けるの?」とか言ってました。つまり、当時から単に計算を複雑にしただけのものや、暗算には興味が無かったのです。 ここに数学の目はあったのではとちょっと感じてます。 ちなみに、当時の母親は僕に対してソロバンを習わせたくてしょうがないが、肝心の僕がソロバンを否定していたので強くは言わなかったようです。

  中学では、有理数と無理数を習ったとき、円周率は、無理数としてなぜか興味をもち、暗記したくなってしまいました。「3.1415926535897932384626・・・」今でも復唱できます。また、平面幾何 が大好きで、図形の証明問題には、難しければ難しいほど燃えまして、ちょうどパズルを解くような感覚でした。

  高校1年のGW には、せっかくの連休にもかかわらず、朝から晩までずーっと、なぜか「 数研出版 チャート式数学I 」 という問題集と格闘していました。分からない問題は、答えを見ることなく(つーか、この問題集には答えはついてなかったような)、数時間考えてました。このおかげで、数学の実力が付き高校生活のこり3年間を数学は楽勝って感じで過ごせましたね。 この頃から、大学・大学院は数学科に進もうと決めました。
  高校3年の時に、河合塾の模試で、「XYZ空間上で、円錐を方程式で表現し、円錐と、平面の切断面の面積や、切断された図形の体積を求めたり」という問題が出て、「幾何、微分、積分といろいろ知識をフル活用すると、教科書の範囲を超えていても、考えれば分かるんだ!」と(試験中に)感動し、さらに、「円錐の体積の公式になぜ1/3という変な定数がつくのか」分かったことも感動でした。 数学を選んで正解かもと思った瞬間でした。

埼玉大学にて 水谷教授に位相幾何学を師事 その後、 東京工業大学大学院理工学研究科数学専攻に進み 増田助教授に位相幾何学を師事。
突如として、数学から身を引き、コンピュータ業界へ転身し、某大手ソフトウェア・SIベンダに就職。そして、今年(2002)の3月で退職し、某外資系大手ソフトウェア会社に転職。


パソコン
僕がパソコンを買ったのは、1997年1月で、ちょうどMMX Pentiumが発売される直前 でした。当時は、133MHz〜166MHzのCPUと1.5GB〜2GBのハードディスク、16MBのメモリという ものが主流だったのです。パソコンはいつ買ってもそうなのですが、すぐ時代遅れになってしまします。 2001年7月にようやく、買い換えました。CPUも11倍です。

 
デジカメ
1998年に、初めてデジカメを買いました。当時で 本体 35000円くらいだったような。付属品とあわせて、5万くらいでした。RICOH の DC-3Z という35万画素機です。しかし、すぐ、スマートメディアの読み込みエラーとか、発生し、撮影中にフォーマットしなおさなければならなったり、電池がすぐ無くなったり、ちょっとサイズが大きいという理由で、殆ど使いませんでしたね。カメラを持っているのに、「写るんです」や、「撮りっきりコニカ」を使ってました。

カナダ旅行予定と、おそらくアメリカ出張の見込みがあったので、2002年の10月に、Konica のDigital Revio KD-500Z という 500万画素機を購入。画素数では、14.3倍になりました。本体 69800円、付属品を合わせて、80000円ほど。当初、京セラの F5 を買うつもりだったのですが、発売予定日に買いに行ってみると、まだ発売されてないということで、近くにおいてあったKD-500Z を手にとって見ました。ところが、これが、とても、気に入って、購入してしまい。現在、これでバシバシ撮ってます。

 
スキー
お遊びのレジャースキーを年に数回楽しんでます。