● Mail Magazine 日々のあわわ 2001年12月23日(月) 第35号
〜○。今日のあわわ〜〜○。〜○。〜〜○。〜○。〜〜○。〜○。〜
マイセン幻影
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数年前、ある編集部で他の部員が出払っているなか、一人で作業をしていた ときのことです。編集部の電話が鳴りました。電話の相手は「〜(店の名)の もんだけどお、編集長いる?」といきなり下品な声でため口をきくオヤジでし た。編集部から地域情報の欄にお店を紹介をしたいという手紙がいったらしい のです。事情を知らない私は、今誰もいないこと、後程、担当者から電話させ るように伝えると話しました。すると、相手は「じゃあさあ、伝えといてよ」 といい、くどくどと相変わらず下品な口調で自慢話を始めました。
「おたくから手紙もらったんだけどさあ、うちは喫茶店やってんだけど、俺 はマイセンのコレクションではちょっとは知られた存在なんだよね。おたくが さあ、〜万部、発行部数があるっていうから、それくらいなら、まあ、出てや ってもいいかなあと思ってさ。ところで、おねえさん、マイセンって知ってる」
「貴様なんぞに集められるなんて、まさか、ザクセン選帝侯アウグスト強王 もベトガー(磁器製作に成功した錬金術師)も、ヘロルト(マイセン窯を有名 にした優れた陶画家)もケンドラー(同じく造形家)も思ってもいなかっただ ろうよ」と言いたいはやまやまでしたが、そこをぐぅっとおさえて「存じてお ります」と一言だけ答えました。
その下品なコレクター氏との電話が終わったあと、「美しいものを愛するか らといって、その人の人品までも美しいというわけじゃないんだなあ」としみ じみ思っていました。
で、なんでこんないやな話を思い出したていたかというと、最近、病院の待 ち合い室で読んだマンガ「美味しんぼ」のあるエピソードにむかついたからで す。
それは「美味しんぼ」66巻の「究極の紅茶」というエピソードです。その 話には板山会長という人が出てきます。私は「美味しんぼ」をずっととおして 読んでいるわけではないので、主人公以外の人のことをよく知らないのですが、 板山会長も時々でてくる人らしく、貧しい身から一代で財をなした、ときに 「成り金」といわれる性格のおじさんのようです。
板山会長は主人公の山岡さんと栗田さんをある骨董品店に案内します。板山 会長はその店のマイセンの薔薇の花のティーセットが欲しくてたまりませんが、 何度お願いしても、店の女主人の深川さんは売ってくれません。なぜなら、最 初に板山会長は「このポットならティーバッグが4つははいる」と言ったから です。ロンドンでやっと掘り出してきたマイセンの逸品を「ティーバッグで紅 茶を飲むような人は使う必要はない」と深川さんは言います。深川さんはさら に難題をもちかけます。以前、山岡さんのお父さんの海原雄山さんに飲ませて もらった「至高の紅茶」に負けない「究極の紅茶」を飲ませて欲しいというの です。
板山会長と山岡さんは会社の金で(究極のメニュー作りという大義名分があ りますから)で究極の紅茶探しの旅にでます。結局、究極の紅茶を見い出し、 ティーセットは板山会長のものになりめでたしめでたし。
私が、この話のどこにむかついたかと言うと、本題の究極の紅茶探しとか、 紅茶のうんちくではなく、導入のティーセットを売ってもらえないという部分 です。
板山会長のティーバッグの件を聞いて深川さんは「ティーバッグで紅茶を飲 むような人はこのセットを使う必要はない」と言い、山岡さんと栗田さんも 「ティーバッグ?」とあきれます。
でも、私はその下りを読んで思いました。
「たしかに、ティーバッグよりもダージリンのリーフでお茶を入れたほうが おいしいだろうが、ポットは使ってこそなんぼのもんじゃい」
しかも、板山会長がその薔薇の花のティーセットをほしがるのには理由があ ります。貧しかった若いころに妻と二人で見た映画の美男美女がお茶を飲んで いたものにそっくりだからです。いつか私達もあのような美しい器でお茶を飲 めるようになりたいと思い続けていた板山会長は、お金持ちになった今、同じ ようなセットを見つけたものですから、ぜひ愛する妻の誕生日に贈りたいとい うのです。
麗しい動機ではありませんか。板山会長はティーセットがマイセンであるこ とも、分かっていなかったようです。板山会長にはそのティーセットは「マイ センというブランドだから、高級で美しい。だから欲しい」のではなく、「憧 れの薔薇のティーセットに似ていて、しかも美しいものだから欲しい」のです。 ブランドに惑わされていないのも、好ましいです。ついでにいえば、ティーバ ッグで紅茶を飲んでいることを堂々と言うのも、へたに食通ぶらない正直な人 柄が伺えます。
深川さんは「私は儲けるためにこの仕事をしているのではありません。すば らしいものの価値を分かる人に引き取っていただいてこそ、私は満足できるの です」と言います。こんなにも薔薇の花のティーセットに恋いこがれている板 山会長です。板山会長は愛妻と一緒に憧れのティーセットでお茶を楽しみ、実 用的な美術品として末永く可愛がってくれそうなのに、ティーバッグでお茶を 飲むというだけで、その価値が分かっていないと言い切れるのでしょうか。冒 頭でお話した下品なコレクター氏になら、深川さんは薔薇のティーセットを売 ってくれたでしょうか? そのコレクター氏はたぶん、板山会長よりもずっと マイセンというブランドの価値を分かっているだろうし、喫茶店をやっている そうなので、ティーバッグでお茶を入れることはないでしょう。もっとも、こ の下品なコレクター氏は「コレクションをしている」と言っていたので、お茶 を飲むためにマイセンを集めているのではないようです。
憧れのティーセットと妻のために、上等の紅茶をいれてこそ、このポットが 生きると思っている深川さんの価値観にあわせる板山会長は、謙虚な一面もあ る人のようです。板山会長は究極の紅茶探しの旅で紅茶に詳しくなって、より お茶を楽しめるようになり、ティーセットのために海外までいってしまうとい う情熱に深川さんも感動してたから、終わりよければ全て良しではあるけれど、 このエピソードの導入部は純朴な人の心をふみにじっているような気がして許 せないんですよね。
「美味しんぼ」の食文化や環境保護を訴えるの姿勢は立派なものがあると思 うのですが、読むと、むかつくことが多々あります。いままでは、めったに読 まないから、作品の説教臭いトーンになれていなくて、違和感があるんだろう なあくらいに思っていました。でも、今回の「究極の紅茶」を読んで、さらに 同じ巻の他のエピソードも読んでみて、人の無知をやたらと落としめるところ が多いからかなあと思いました。
食への無知や無関心、鈍感さが、現代の食文化の危機を招いていること、そ れに警鐘をならしたいというのも「美味しんぼ」のテーマの一つではあるので しょう。しかし、人は自ら進んで無知の状態に置かれているわけではないこと があります。食については、人間の本能にも関わる大変身近なことでありなが ら、私たちには知らされていないことも多いのです。「美味しんぼ」でも、私 たちが無知の状態におかれているのはなぜかを訴えていることがあり、食への 無知が決して、一個人の責任にだけにあるのではないことは分かっているよう です。それなのに、異常なまでに無知な人をおとしめるシーンがあるのは、後 味がすごく悪いです。何かを訴えたいときに悪役、ヒーロー、道化を分かりや すくしたほうがエンタテインメントとして成立しやすいのでしょうが、あまり にも深みのない描きかたでは、せっかく立派な目標がありながら、ただの嫌味 な説教マンガです。
でも、このシリーズっていまだに続く長寿マンガなんですよね。読者は頭ご なしに「お前は無知だ」と説教されるのが好きなんでしょうか? ひょっとす ると、食のうんちく部分だけが享受されているから、ほかのストーリー部分は どうでもよくて、ただの情報マンガとして長く愛されているのかしら。
〜○。あわわ後記〜〜○。〜○。〜〜○。〜○。〜〜○。〜○。〜
この「究極の紅茶」を呼んだ知人が「紅茶にこだわるやつは嫌なやつが多い っていう話なんじゃない?」といいました。まあ、確かにそれだけの話なのか もしれず、いちいち、こんなにめくじらたてることもないと思うのですがね。
でも、むかついたんだよなあ。最近、自分がいやなおばはんになっていると つくづく思います。
次回は1月6日(日)を予定しています。
いよいよ、今年も残すところ、あとわずかです。みなさん、よいお年をお迎 えください。
これからも、どうぞ、よろしくお願いいたします。
真魚
e-mail:92104094@people.or.jp
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