● Mail Magazine 日々のあわわ 2001年06月11日(月) 第21号
〜○。今日のあわわ〜〜○。〜○。〜〜○。〜○。〜〜○。〜○。〜
ブルジョワジーの秘かな愉しみ
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最近、我が家の近所に「給食当番」というお店ができました。
揚げパン、ミルメーク(牛乳にまぜてコーヒー味やいちご味にする粉末)、 ソフトめん(スパゲティを少し太めにしたような柔らかめの麺で、パックに入 っている)など、昔(たぶん1970年代くらい)の給食メニューの一部を再現 し、販売するお店で、テレビ番組や雑誌でも紹介されたそうです。
私は70年代に九州の地方都市で小学校生活を送りました。なので、揚げパ ンやミルメークはよく覚えています。ただ、私の給食体験にソフトめんはあり ません。ふにゃふにゃでぶちぶちと麺がちぎれているスパゲッティミートソー スはありましたが、蒸気で熱くなったパックから麺を出して、ミートソースや カレーをかけたという思い出がないんです。上京してから、友人との会話の中 でソフトめんの存在を知ったので、同郷の知人にたしかめることもないまま来 てしまいました。そのため、たまたま、通っていた学校が出さなかったのか、 私が覚えていないだけなのかは定かではありませんが。
ところで、小学生の私にとって学校給食は、ほとんど初めての外食体験でし た。いまのように、ファミリーレストランや回転寿司、ファストフードなど家 族で比較的安価な外食を楽しめる場所が少なかったせいもありますし、私の家 が経済的な理由などから外食の習慣がなかったこともあります。その初めての 外食体験である給食は、驚きの連続でした。
アルマイトの器に先割れスプーン、アルミのお盆と金属尽くしの食器類に 「近代」を感じました。落としても割れない、丈夫であつかいやすい金属の食 器。だって、家で金属の食器というと、スプーンやフォークくらいで、皿や茶 わんは割れやすい磁器、箸は食物をつまみにくい上に塗がはげやすい塗箸とい う、「前近代」的食器だったからです。
そして一番の驚きはメニュー。ご飯といえばお米だった私には、パンを主食 にするということが新鮮でしたし、食事で牛乳をとるというのもびっくりでし た。しかし、いつでもパンと牛乳がつくのは、ときどき困りました。おでんや 筑前煮にパンと牛乳って、食べにくいですよね。それでも、育ちが貧しいせい か、不思議なくらい好き嫌いがなく、出された食べ物はありがたく残さずいた だくという性格に、洋食中心のメニュー(私の家は和食中心だった)の物珍し さもくわわって、多少、味に不審なものを感じても、たいていは不満なく食べ ていました。ただ、残さずいただくのがポリシーの私でも、小学生のころの胃 袋にはパンは全部入りきらなかったです。学校では各生徒の給食の記録をとっ ていて、残したものがあると、名簿につけられていましたから、私はパンの残 り物ではトップだったかもしれません。私の残したパンは我が家でパン粉にな るという回り道をして、最終的には私のお腹に入っていましたが。
私の給食体験はこんなものですが、総合してみると、システマティックな近 代を感じたということ以外に、特に給食には良い思い出がないんですね。近代 うんぬんはともかく、友人達と学校給食の話になると、けっこう盛り上がりま す。こんなメニューがあったとか、何が好きだったとか、センター方式(民間 業者がいくつかの学校から委託を受けて給食を作り、各校に配送する)だった か学校で調理していたか、残ったパンを持って帰るのを忘れて、机の中が悲惨 なことになったなどなど。多少の地方性や時代の違いはあれど、共通する部分 の多い体験だからでしょう。ただ、盛り上がりはするものの、「いま、振り返 ってみれば良い思い出」的な雰囲気で話がすすむのです。つまり、リアルタイ ムでは、光り輝くようなすばらしい体験ではなかったようです。アルマイトの 食器のような鈍い色合いの体験、でも、古傷を懐かしく愛おしむかのような、 どこか捨てがたい「いま、振り返ってみれば良い思い出」です。
さて、現在の給食がどうなっているか、知っていますか? 私の知人に東京 都内で学校給食を30年以上てがけてきたベテランの管理栄養士がいます。彼 女が言うには、「『給食当番』で出しているようなメニューが懐かしまれるの は複雑な気分です。30年かけて、やっと、改良してきたのに」。
話を聞いたのが知人だけなので、全国的にはどうなのか分かりませんが、少 なくとも東京の今の給食って、すごいんです(ただし、私が聞いたのは学校に 栄養士と調理師がいて給食を作っている場合のものです。センター方式ではど のようになっているのか、わかりません)。以前、知人が作った献立表を見せ てもらったのですが、メニューの豊富さに驚きました。シーフードスパゲッテ ィ、家常豆腐、クレープグラタン、豚汁、季節野菜の煮物、旬の魚の煮付けな どなど和洋中華せいぞろい。パンはデニッシュがでることもあります。ご飯メ ニューもじゃこご飯、豆ご飯、ピラフ、パエリャ、手巻寿司! デザートもパ ンプキンプリンやキャロットケーキ、沖縄産パイナップルなどなど。メニュー を見ただけで、食べに行きたくなりました。しかも、これ、パンや一部の製品 を除いて、季節の国産の食材を使い、出汁から全部手作り。卵アレルギーの子 供には、同じメニューで卵を使わないようにするなど、アレルギー対策もあり ます。食器もアルマイトやプラスチックじゃありません。家で使う茶わんに近 い触感の強化磁器だったりします。
ここまでくるのには、予算だ現場だと、並々ならぬ戦いもあったそうで、 「給食当番」が話題になるのを見て、知人が複雑な思いを抱くのも分かります。
最近の給食は所定の栄養量を満たすだけのものではなく、「食」を通じて子 供たちの心と体を育むことを目指しているようです。現代の食生活は多様化し て豊かになりましたが、一方で栄養の偏りや成人病の増加(糖尿病や脂肪肝の 小学生もいる)、かつては地方色や季節感にあふれていた食事が均一・平板化 していくという食文化の危機も取りざたされています。給食と、給食を通じて の食の教育がその豊かさを反映すると同時に、豊かさから生じた歪みをただす ように要求されているのかもしれません。
そして、栄養士の知人が嘆く昔の給食メニューが懐かしまれ、商売になると いうのも、食生活が豊かになったあかしのように思えます。揚げパンやソフト めん、ミルメークは、昔の栄養量を満たすことに重点が置かれた給食メニュー の中では、物珍しいうえにおいしく感じられたものでした。いわば、給食の中 のささやかな幸せだったんですね。お金さえ出せば世界各国の食材や料理が味 わえるようになったから、いま考えてみるとなんの変哲のない食物に幸せを見 出せたころが懐かしいのではないでしょうか?
〜○。あわわ後記〜〜○。〜○。〜〜○。〜○。〜〜○。〜○。〜
先日、ある雑誌に私がお仕事をいただいている編集部について、ちょっとス キャンダラスな記事が載っていました。内容は編集部で内紛が起こっていて、 部員たちが離反を画策しているらしい、というもの。離反とか造反のような水 面下の動きに関しては、当事者とつきあいがないかぎり確かめようもないので、 本当のことは分かりません。少なくとも私と付き合いのある編集者はその当事 者ではありませんでした。こういうスキャンダラスな記事に知っているところ がでていたりすると、どきどきしますが、とうの編集者は「こういうことが記 事になるほど、ウチがメジャーな媒体だとは知らなかった」と半ばうれしそう でした。痛しかゆしってところなんでしょうか。
次回は6月24日(日)を予定しています。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
真魚
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