守られた小さな自然

−雨竜沼湿原・登山道の吊橋新設工事に於ける法面緑化工法の変更−

佐々木 純一

 

 暑寒別・天売・焼尻国定公園、雨竜沼湿原への登り口である雨竜町側登山道に架かる第一吊橋の新設工事が今年(1997)8月28日から12月19日までの工期、工事発注者・空知支庁により施行された。
 これは平成5〜6年の積雪のため、従来よりあった登山路のシンボル的な2本の吊橋が共に流出、それ以後鉄パイプによる仮設橋によりペンケペタン川を渡っていたことは、湿原を訪れた方ならご存知のことでしょう。
 新設される吊橋は従来の橋より約2.5倍程大きく全長35m、歩行部分の幅員は1.5m、橋脚幅は3.5m、工事自体も相当大がかりなものです。ペンケペタン川と歩道の左岸高低差4m、右岸高低差7mを削り崩し土砂岩石で川を埋め、大型ショベルの作業道として坂道を造作した。旧橋の橋梁ワイヤーアンカー、新橋用のワイヤーアンカーコンクリートブロックの除去と新設、本体用の基礎コンクリートブロックと、特に右岸は10×15m四方の山肌を切り崩しての大工事です。基礎アンカーだけでも深さ2m位、3m四方の大きさがあります。
 現場担当者によると冬季間も歩行部の踏み板鋼板(1枚約30kg)を撤去せずとも積雪重量に耐えうる構造強度を保持する、との事です。
 ちなみに豪雪地帯であるこの地、ペンケペタン川のV字谷渓谷地形の積雪は4〜5mとなります。融雪期は周囲からの崩落雪もあり橋に係る重量は数十トンになるでしょう。

図1(右岸の切り崩し)

図2(右岸よりの工事全景)

 事の次第は10月中旬、簑島金次(自然保護監視員)より、吊橋工事で両岸が相当削られ川を理めている。終了後は法面に芝を張るように聞いている、との事でした。早速10月15日、雨竜町エコモニターでもある写真家岡本洋典が現地確認。私も翌16日に現地確認をしました。私たちはボランティアグルーブ『雨竜沼湿原を愛する会』の仲間です。
 今回、私たちが着目、工事発注者である空知支庁公園管理事務所に工法変更を申し出た事項は、本工事終了後の橋周囲の切り崩した河岸と法面緑化処理工法に付いてなどを検討していただきました。第一点は工事終了後の切り崩した河岸は現状復元し、法面緑化工事に「芝張り」をしないでそのまま土砂を転圧するだけの現場保存をしていただきたい。第二点は削り崩したペンケペタン川の右岸の土砂岩石は右岸に、左岸は同じく左岸に埋め戻ししていただきたい、との事です。このような旨と橘氏の報告論文を添えて申し出ました。失礼ながらこれらは全て口頭によることで、文書による申し出ではありません。
 結論から先に述べますと、国定公園管理事務所所長から「貴重な意見でそこまで考慮しておらず、早速検討、変更します」とのご連絡を頂きました。その迅速な対応に私たちも驚きを覚えました。その間僅か一週間の出来事です。
 本工事では法面の芝張りを変更、1cm角の網目状ナイロンシートを用い、2枚重ねの間に枯れワラ(国産品との事で品種は不明〕をサンドしたものを一面に敷きつめ、固定した工法に変更されました。吊橋コンクリブロックと歩道の高低差、約2m程ありますが、この周囲も芝張りはせず岩石土砂で土盛りだけをしています。少し心配なのはワラに付着している種子が発芽しないかという事です。

図3(ナイロンシートの覆い)

図4(吊橋全景)

 現場にとっては吊橋新設工事に際し、根元に係わる問題でもなく些細な付帯工事でしょうけど、国定公園区域内での植生に係る事は植物愛好者にとっては重要な案件でした。土砂・岩石の崩落は数年経つと周囲の既存種が入り込み、発芽・生育、完全な復元とはいかなくてもそれなりの回復力は持っています。そこに芝などを張ると平地在来種が付着・侵入して、従来の既存種は生育できず駆逐され、周囲のミニ生態系も変わります。危険が無い限り山の切り崩し、崩落箇所は「そのまま」が良いのではないかと思います。
 

 今登山道はご存じのように南暑寒荘から第一吊橋まで、車道のような遊歩道となっています。これは第一吊橋下流の砂防ダム建設の為に作られた作業道に砂利を敷きつめた道路です。当時この作業道の両側法面には芝が張られました。一般登山者には15分程で吊橋まで行け随分楽になりました。旧道ですと結構きついアルバイトで30分はかかり一汗かいたものです。ヤマシャクヤク等もあり林床植物も豊富で楽しいアプローチでした。
 現在遊歩道は7年ほど経過しました。主に次の外来種、侵入種が道の両側に生育しています。ブタクサ、ヒメジョオン、ハルジョオン、アカザ、ミチヤナギ、ゲンノショウコ、セイヨウタンポポ、メマツヨイグサ、ヒメスイバ、オオバコ、シロツメクサ、ムラサキツメクサ、ハンゴンソウ、セイタカアワダチソウ等です。これらは従来、この地には生育していない種です。特にセイタカアワダチソウは猛威を振るっています。道路沿いのみならず法面を登り、林床まで届きそうな勢いです。除去したいのですが国定公園区域ゆえ、苦慮しています。
 それ故、右岸の土砂、左岸の土砂が混入すると左岸の外来種が右岸まで侵入することが予測されました。現在は登山道(右岸)まで侵入していませんが非常に心配な状況です。左岸のセイタカアワダチソウが右岸に渡ると結果は明白です。林床植物は生育阻害されるでしょう。ただでさえ環境適応性、繁殖力が強い植物がアレロパシーの武器を持っているのですから。
 

 現在、雨竜沼湿原入り口までオオバコ、スズメノカタビラなどがびっしり繁殖しています。幸い湿原内まで侵入していません。これらの生育条件にあわないのでしょう。その他にも登山者の数の割には『侵入者』は少ないように思われます。推測ですが湿原までの登山道には小沢が6〜7箇所あり、水場ではペンケペタン川と接し、その都度靴底を洗う形となります。そのことで種子の搬入はある程度防げられていると思われます。尾瀬のように、鳩待峠で靴洗い場を設けて尾瀬ヶ原への外来種の侵入を阻止しなくても、自然の恩恵がここにはあるのです。
 数千万円の工事の最後に、芝による緑化などは工事関係者にはどうでも良い事でしょう。工事計画・工程も決まっている官庁の公共工事が、私達の小さな声を聞き入れ、僅か一週間で変更を決めていただいた国定公園管理事務所の英断に敬服いたします。
 私達のフォーラムにも参加して頂いて下さり、ありがちな「現場を知らない管理者」ではなく、雨竜沼湿原はもとより国定公園全域の現状を足で熟知されておられたから、縦割行政が斜めに横断した結果ではないかと思います。
 

 来シーズンから(1998年度)から第一吊橋は使用できます。その為に河岸林床に生育していたキツリフネ、シラネアオイ、エゾノイワハタザオ、ミツバベンケイソウ、フキユキノシタ、ヤマブキショウマ、アマニュウ、ミヤマセンキュウ、イワオウギ、エゾノチャルメルソウ、タチカメバソウ、エゾアジサイ、オオバミゾホオズキ、イワアカバナなどは消滅しました。(これらは登山道の他の場所には生育していますが)この場所は自然勇水もあり、湿性・半日陰地の 植物や向陽地の植物には適した条件の場所でした。
 

 二度と管理上の事で橋の流失などという人的災害を起こしてはいけないことを削り取られた土砂を見て、生育していた植物を思い、見守っていく事です。
 型通りの法面緑化工法から現状保全に近い工法に変更されたことで、確実に「侵入者」から守られたのは事実です。

 

参考文献
橘 ヒサ子他.1991.大雪山旭岳地域における車道及び観光施設周辺の裸地に侵入した植物について,北教大大雪山研報,26:25-44.
浅井康宏.1993.緑の侵入者たち.朝日新聞社.東京.

 

 

ボタニカ14号

北海道植物友の会