原先生とシダ植物

五十嵐 博


はじめに

 原松次先生と野山を歩けたのは約6年程であった。教わりきれなかった植物の仲間として他にも数多くあるが、シダ植物の仲間が印象に残っている。先生と北海道内のシダ植物の関係を整理しながら、先生の功績を偲びたいと思う。
 原先生が発見した種類の中でも、希少性が高い種類を中心に、想像も混えながら整理を試みた。参考として原先生の各種出版物を確認した。先生の経歴の整理、出版関係のリストと共に、先生の植物調査旅行の一部推測を行ってみた。

1.北海道のシダ植物

 日本の野生植物(1991)シダ編.平凡社によれば、北海道内には約160種程度のシダ植物が分布している。たくぎん総合研究所(1985)北海道高等植物目録T.シダ植物・裸子植物では、160種内外が記載されている。
 原松次(1985)北海道植物図鑑.中・下巻では97種が掲載されている。道内でのシダ図鑑は数が少なく、先生の本は実(種子)の出ている下巻が特に評判が良い。そして、シダ植物に関しても地味であるが、優れた出版物と思われる。
 東京大学出版会が出している、日本のシダ植物図鑑(1979〜1994)1〜7巻(以降は東大図鑑と呼ぶ)には、現在までに、北海道分布種として133種が分布図に示されている。
 この内、原先生の送られた標本を拾い出してみると、88点146点が数えられた。東大図鑑は8巻で完結の予定である。

2.東大図鑑と原先生

 毎年、シダ植物には悩まされ、オリジナルの図譜を整理しようと思いながら、もう数年の歳月が流れているが、図譜としては、前記した東大図鑑がすばらしい。原先生はこの本の創刊以前から、編集者である倉田悟、中池敏之両先生に標本を送られていたようである。
 東大図鑑の北海道内に分布する133種の内で88種146点の標本は科学博物館に収蔵されており、産地は2.5万分の1地形図メッシュで点で落とされた分布図となっている。
 この中で、北海道内産地の少ないもの(10点以下)で、原先生が送られた標本を拾いあげると以下の30種であった。(7巻にはなかった)

1巻カラクサシダ
2巻イチョウシダ、チャセンシダ、イワトラノオ、ミツデウラボシ、ヒメノキシノブ、ノキシノブ、オオエゾデンダ、ビロードシダ
3巻ミヤマシダ、ゲジゲジシダ、イワハリガネワラビ、ニッコウシダ
4巻ヒメドクサ、チシマヒメドクサ、ミヤマイワデンダ
5巻ウチワゴケ、ハイホラゴケ、オニヤブソテツ
6巻ミズスギ、ヤチスギラン、クラマゴケ、エゾノヒモカズラ、イワヒバ、ヒメハナワラビ、ハマハナヤスリ、ヒロハハナヤスリ、
ヤシャゼンマイ、イヌワラビ、カラフトミヤマシダ
 その内、原先生の標本が1点だけの種類は、ノキシノブ、ビロードシダ、ゲジゲジシダ、クラマゴケ、カラフトミヤマシダの5種であった。

 ノキシノブは、厚沢部町で1978年採集(桧山支庁)
 ビロードシダは、室蘭市地球岬で1972年採集(胆振支庁)
 ゲジゲジシダは、有珠山小有珠で1976年採集(胆振支庁)
 クラマゴケは、江差町新栄で1976年採集(桧山支庁)
 カラフトミヤマシダは、早来町遠浅で1976年採集(胆振支庁)

 以前、カラフトミヤマシダを梅沢さんが撮影にいくために原先生に場所を聞いている際に立ち会ったことがある。私からすればこんな説明では現地には行けないと横から思っていたが、その後、梅沢さんは無事撮影し、原先生はあんな場所をよく捜したと感心していた。私からすれば御互い様と言った印象であった。私はいまだに捜せないでいる一人である。
 東大図鑑の標本、88種146点の産地を整理すると以下のとおりである。

1 渡島支庁− 4市町 7か所 8点( 5.5%)
2 桧山支庁− 2町 4か所 12点( 8.2%)
3 後志支庁− 9市町村 11か所 21点( 14.4%)
4 胆振支庁−10市町村 29か所 60点( 41.1%)
5 石狩支庁− 2市 2か所 2点( 1.4%)
6 日高支庁− 4町 5か所 20点( 13.7%)
7 釧路支庁− 3市町 5か所 18点( 12.3%)
8 上川支庁− 1市 1か所 1点( 0.7%)
9 網走支庁− 1町 2か所 2点( 1.4%)
10 宗谷支庁− 2町 2か所 2点( 1.4%)
  合   計−38市町村 68か所 146点( 100.0%)
 東大シダ図鑑に関しては、原先生の地元である胆振支庁が10市町村と多く、調査箇所で29か所、60点の標本が提出されていた。次いで多いのは後志支庁、日高支庁である。中でも、日高町三岡産の標本が多いのも特徴的である。この場所では15種類が確認されており、標本から見るかぎり調査は1973年(昭和48年)と1977年(昭和52年)に集中している。しかし、道路地図、5万分の1地形図を捜しても、日高町には三岡という地名は見当たらない。三岩、三島はあるのだが。今年、探して歩こうかと思っているのだが。
 他に目立つ所は、釧路支庁弟子屈町和琴半島周辺である。1979年(昭和54年)に集中しており、11種を数える。先生は新しい種類や珍しい種類の産地が増えるととても嬉しそうに笑顔になられる。きっと、弟子屈町でも満面に笑みを浮かべていたに違いない。
 標本が5点以上を拾うと島牧村泊川、室蘭市鷲別岳、登別市鷲別町〜上鷲別、大滝村北湯沢などであり、これらは先生の地元である。

3.原先生のシダ植物調査

 北海道植物図鑑.中・下巻には前記したように、97種のシダ植物が掲載されている。出版されたのは、1985年4月10日(昭和60年)であるが、撮影調査は前年まで行われている。室蘭の生活が長かった先生は、胆振支庁を中心に道南方面を丹念に歩かれていたようである。先生の出された出版物を見ても、1976年(昭和51年)室蘭の植物(測量山を中心に)、1978年(昭和53年)有珠山の植物、1979年(昭和54年)北海道いぶり地方植物目録と胆振地方を各種整理されている。この中でも、有珠山の植物には多くの珍しいシダ植物が記録されている。北海道いぶり地方植物目録には83種のシダ植物が記載されており、この中でも原先生が確認した希少性のあるシダ植物を整理すると以下のようになる。

ヒカゲノカズラ科ミズスギ伊達市有珠山
ハナヤスリ科タカネハナワラビ伊達市有珠山
ヒメシダ科ゲジゲジシダ伊達市有珠山
ウラボシ科ビロードシダ室蘭市地球岬
 ビロードシダは本会の平成7年の第1回目、室蘭地球岬の観察会でゆっくり見ることができた。ミズスギ、タカネハナワラビ、ゲジゲジシダの3種は、昭和52年8月7日の有珠山の噴火により全滅してしまったと先生は話されていた。残念なことである。

4.北海道植物図鑑では

 北海道植物図鑑の中・下巻には合計で97種のシダ植物が掲載されている。これを前記のように整理してみると若干傾向が変化する。

1渡島支庁−5市町7種( 7.2%)
2桧山支庁−3町13種( 13.4%)
3後志支庁−6町村12種( 12.4%)
4胆振支庁−7市町村30種( 30.9%)
5石狩支庁−2町5種( 5.2%)
6空知支庁−1町2種( 2.1%)
7日高支庁−2町11種( 11.3%)
8十勝支庁−1町1種( 1.0%)
9釧路支庁−2町5種( 5.2%)
10上川支庁−2市町4種( 4.1%)
11網走支庁−1町3種( 3.1%)
12宗谷支庁−2町4種( 4.1%)
 合  計−34市町村97種( 100.0%)
 特徴としては、厚沢部町−9種、伊達市−9種、日高町−7種、登別市−6種、豊浦町−5種などが多い市町村であり、支庁も12と増加している。日高町がやはり多く、厚沢部町が一番多いのも特徴的である。
 原先生は、北海道植物図鑑を出版するに当たり、昭和45年から始めた「いぶり植物友の会」を昭和54年までの10年で解散(その後、別の人が継続中)した。昭和55年から図鑑のための調査で道内各地を調査されたようである。シダ植物でみると、限られた範囲しか想像できないのが残念ではあるが。
 胆振地方の生活の長かった先生であるが、道南方面にはかなり興味を持っていたようである。札幌にお住まいになってからも幾度か厚沢部町や松前町、恵山町等を訪れる情報は入っていたのだが残念ながら同行できなかった。

5.札幌市では

 昭和60年に札幌市民になられた原先生は、「札幌の植物」の調査のため札幌市及びその周辺を歩かれた。札幌の植物には胆振の84種より多い、90種のシダ植物が掲載されたが、産地数が3か所以下の特徴(珍しい)的な種を以下に列記した。

1 ミモチスギナ *小樽市
2 ヤチスギラン *中沼
3 エゾノヒモカズラ 定山渓天狗岳、八剣山
4 ヒメハナワラビ 八剣山、羊ヶ丘
5 ハマハナヤスリ *小樽市
6 ヒロハハナヤスリ *西岡公園、南の沢、藻岩山
7 イワイヌワラビ 定山渓
8 ナヨシダ 硬石山、八剣山
9 キヨタキシダ *滝野公園、西岡公園
10 イワイタチシダ 簾舞、藻岩山
11 アオキガハラウサギシダ *硬石山
12 イワウサギシダ 無意根山
13 ツルデンダ 定山渓天狗岳、豊平峡、簾舞
14 カラクサイノデ 真栄、手稲山
15 フクロシダ 手稲山
16 ヒメデンダ 手稲山、八剣山
17 ナミバシシガシラ *下野幌公園
18 クモノスシダ 定山渓、簾舞、宮城の沢
19 イワオモダカ 朝日岳、野幌森林公園
 札幌に先生が出てきてから、新しく出会えた種類や珍しい種類としては、*印をつけた、ミモチスギナ、ヤチスギラン、ハマハナヤスリ、ヒロハハナヤスリ、キヨタキシダ、アオキガハラウサギシダ、ナミバシシガシラ等であろうか。他に、珍しい種類との出会いは余り記憶にないが、幾つかの種類に原先生の思い出が重なる。
 ミモチスギナには、私は札幌では会えなかったが先生の案内で白老町のヨコスト湿原で出会えた。簾舞ではイワイタチシダ、ツルデンダ、クモノスシダ等のいろいろなシダに出会えた。クモノスシダと言えば、先生は白老町ポロト湖畔でも見つけている。仕事の調査でポロト湖を先生と歩いている時に、発見場所を伺って調査したが残念ながら見つけられなかった。切り株にあったと先生はおっしゃっていたのだが。ポロトではこれ以外にも数種発見できなかった種類がある。
 札幌の植物を終えて、二年間、厚田・浜益方面の植物調査に幾度か同行できた。ここではハイホラゴケを浜益の千代志別で見つけたのが印象に残っている。ほとんど、コケの様な植物を先生は岩陰で見つけられたように記憶している。この植物も道内では10か所以下の産地報告しか出されていないはずである。

6.まとめ

 先生の出版物などからシダ植物に限って先生の足跡を訪ねてみた。聞いていなかった事の多かった点や先生の探求心の深かったことが思い出される。先生の標本を全て見れればもっとおもしろいことだろう。北海道植物図鑑を出すに当たって、多くの本州の先生方に標本を送った話(中でも印象に残っているのはヤナギの大家である仙台においでの木村有香先生の話)や出版後の話は一部だけ伺っていたが残念ながらシダに関して伺った記憶は余り残っていない。
 可能であれば、北海道植物図鑑の再版を希望する一人として、原先生のシダ植物の再整理に期待する。原先生のご冥福を祈って、シダ植物の旅を終えたい。

ボタニカ12号

北海道植物友の会