クルミ

國兼 治徳

(1)

 3年前程前からクルミを拾うようになった。
 動機はあまり褒められた話しではない。毎年我々だけが知っているつもりのヤマブドウの豊庫に、今年も採り頃だと大きなリュックを担いで出かけた。林道奥深くクマイザサをこいで植林地わきの穴場に出た。ところが一房もない。こんな筈はないと何本もあるブドウの蔓を見て回ったが、どの蔓にもなっていなかった。今年は不作だったのだろうかと一瞬考えたが、そうではなく見つかったのだと思った。誰かに先を越されたに違いない。ガッカリしてしまった。目的がない時は、山はいい、何も穫れなくとも景色を見るだけでもいい、綺麗な空気を吸うだけでもいい、と悟りきった様なことを云ったりもするが、目的がはずれるとすぐ化けの皮がはがれてしまう。満たされない気持ちで草深い林道を降りて来たところ、草の剥げた土の亀裂にクルミが塊まって落ちていた。まだ果皮に包まれていた。やけくそ混じりの気持ちも手伝って、リュックを降ろして拾うことにした。見上げると大きなオニグルミの木があちこちにあり、面白いように拾うことが出来た。またたく間にリュック一杯になり、重さだけはブドウ並みの中位の満足で帰宅した。

 普通クルミと称しているのは、オニグルミの核果のことである。核果は内果皮に木化しており、中に種子が入っている。この外側は粘りけのある黄緑色の外果皮におおわれている。
 拾ってきたクルミは、外果皮が腐ってむけやすくなるまで軒下に放置した。家内は早速近くの物知り老夫婦に尋ねたらしい。クルミを割る道具一式を借りて来た。直径10cm位の輪切りにした、桜の木の台と鉄槌である。どの様にして凹ましたかわからないが、載せ台にはクルミ1個の1/4程度がかくれる穴があり、鉄槌で叩く時に転がらない様に出来ている。お年寄りの知慧には感心する。
 家内は小春日和に外で外果皮をむき、乾燥させてからフライパンで口が開くまで炒った。口が開くと云うのは、核果の稜線に沿った縫合部が割れることである。そのあとは借りてきた道具で次々に割り、目打ちで種子を採り出した。
 この冬から、クルミを使った料理が頻繁に食卓にのぼった。クルミは栄養がある。食品成分表によると、エネルギーと脂肪値が異常に高い。(別表)

 昨年(平成5年)もヤマブドウの所へ行った。案の定一粒もない。しかし、昨年はお米すら冷害で穫れなかったのだから、あるいは成らなかったかも知れず、諦らめもついた。しかもオニグルミもなかった。冷害はこんな山奥にもひびいていた。この冬はリスも大変だなと変なところで同情した。
 今年もブドウのないことを確認して、クルミの場所へ行った。お米は大豊作だったから、オニグルミも同じだろうと期待したが、案に相違してあまり落ちてなかった。どうしたことだろう。リス達に先を越されたにしてはなさすぎる。場所を変えてなんとか拾ったが、一昨年ほどではなかった。クルミまで競争することになるのだろうか、とふと思った。

(2)

 オニグルミの木は祖母の家にもあった。大きな木で毎年たわわに実をつけた。私は小学校にあがる前まで祖母のもとで育てられたから、冬になると裏口のコンクリート面でクルミを割り、釘でほじってよく食べた。しかし、父母達が祖母の家に戻って来て一緒に住む様になってからは、そんな勝手なことも出来なくなった。又、祖母と父母との確執が時折表面化し、祖母と両親とに育てられた私は、複雑な気持ちで唯黙っているしかすべがなかった。
 私が大学に合格して家を離れた時、母も一緒に札幌へ出て自炊生活の準備など一斎の面倒を見てくれた。借りた部屋も母の実家の親戚の家で、大学に近く昼食を部屋に戻って食べることも可能だった。
 7月上旬大学生活で初めて帰省した時、どうしてわかったか不明だが、母が飛び出して来て丁度クルミの木の下あたりで出迎えてくれた。母は涙を流していた。私はびっくりした。初めて母の涙を見た。学齢期に入って祖母の家を去り、父母の許で厳しく躾られたこと、叱られてトイレで泣いたことなど苦い思い出が、その時以来気にならなくなった。私はあの時の母の涙を生涯忘れないだろう。
 その印象深いオニグルミの木は、祖母の死後流通団地造成の時、私道の切り替えで切られてしまった。その祟りではないだろうが、その後母との関係はぎくしゃくしている。作者に諸説のある「古文孝経序」に
  (君、君たらずと雖も、臣以て臣たらざる可からず)(註1)
 とあるごとく、子以て子たらざる可からずと自分に云いきかせている。
 クルミは離弁花植物である。雌雄同株の単性花で、穂状の雄花は垂れ下ってよく見かけるが、雌花は見たことがない。道内にはオニグルミとサワグルミが自生している。しかし、サワグルミは道南地方より南の植物で、札幌では円山公園内に植栽の大木を数本見ることができる。こちらは核果にならない。
 又、洋グルミと称してあちこちに植えられているテウチグルミは、オニグルミの核果よりも一回り大きく、割れやすい。以前によく簾舞のリンゴ園からわけてもらった。

 (別表)
(100g当り)エネルギー蛋白質脂肪糖質無機質ビタミン
CaFeAC
クルミ(いり)673Kcal14.6g68.7g10.3g8.5mg2.6mg13mg0mg
クリ(生)1722.70.335.4230.82622
トチノキ3655.34.573.7601.900
ギンナン(生)1564.71.734.551.016023
ペカン(いり)69011.072.010.0451.9240
  図説食品成分表:科学技術庁資源調査会編(一橋出版:1992)より抜粋

 平成4年8月下旬、全国高等学校PTA連合会大会が熊本市で開催され、私はPTA役員のお伴で一緒に出かけた。その帰りの福岡空港へ向かうバスの中で、役員のO夫人から見たこともない木の実をいただいた。大きさは長さ3.2-4.0cm厚さ1.9-2.5cmで、丁度ミズナラのドングリを拡大した様なものである。表面は淡褐色でつるつるして光沢がある。ペカンと云う名だった。天草地方で栽培しているそうである。家に帰ってから割ってみると、クルミの様な凹凸ではないが立て2引きの溝を背にもつ半球2つの種子があった。味はクルミそっくりである。私は木の実などをよく植えてみることにしている。同僚にもわけ、プランターに数個植えた。今だに発芽しないところをみると、駄目だったに違いない。
 朝日園芸百科によると、ペカンはアメリカを代表するクルミ科のナッツで、テキサスの州の木にもなっている。(註2)「バターの木」と呼称されるほど脂肪とカロリーが多い。それは成分表からもうなずける。

 ともあれ、我が家のクルミ拾いはしばらく続くと思う。

(註1)新釈漢文大系 孝 経 栗原圭介 著(明治書院:平5;7版)
(註2)The Encyclopedia Americana PECAN(1989)

ボタニカ11号

北海道植物友の会