行きあたりばったり徒歩紀行 〜真鶴半島を歩く(1998年2月)〜


真鶴半島マップ  私は神奈川県に住んで、もう20年ぐらいになる。それなのに同じ神奈川県にある真鶴半島をまだ一度も訪れたことがない。伊豆へ向かうときなど、何度も真鶴付近は通過はしているのだが、何故か今まで縁がない。これでは似非・神奈川県人ではないか(笑)。これはいかん・・・

 そんなことに気が付いたら、ふと「今日の休みを真鶴で過ごすのも良いのではないか」という気になった。
 神奈川県の東の端に近いところに住む私にとっては、神奈川県の西の端は小さいながらも「旅」を感じる場所だ。旅をしたいと思いつつ、なかなか都合が付かずに出来なかった欲求不満を解消するにも手頃な場所だ。
 時は2月。長野オリンピックの閉会式の日だった。



運動公園を過ぎて  小田急線で、まずは小田原駅へ。小田原からは東海道線に乗り換え、真鶴駅へ向かう。
 真鶴駅前はズラリとタクシーが客待ちをしていて、なるほどここは観光地なんだと思う。でも「全然サッパリだな、今日は・・・」と運転手同士の会話が聞こえて来た。今日は客が少ないとこぼしているのだ。冬、しかもオリンピックという国家的なイベントの最中なのだ。観光客が少ないのはしょうがない。

 真鶴駅からは岬と反対側の山の方へ向かうことにした。小高いところから「鶴」の姿を見たかったのだ。これは雑誌で「山の上から真鶴半島を見下ろす写真」を見たことを思い出したからだ。真鶴は名前の通り、その形が鶴の形に似て見えることから付けられた地名だ。

 「鶴でも眺めながら昼食を」と思ったので、今回は小型ガスストーブとパーソナル用クッカーを用意した。その他にも愛用のウォーキングマップル(昭文社刊)、ウォータボトル、超軽量折り畳み傘等々、いつものグッズがデイパックに詰め込まれている。

 真鶴駅から歩いてすぐに湯河原町に入った。「鶴もいいけど、温泉もいいぞ」
 湯河原は箱根と並ぶ神奈川県を代表する温泉地なのだ。
 コロコロ気が変わるのは私の悪い癖。今日は「真鶴命」と決めたはずなのだが、湯河原の文字に気持ちが揺れている。

 とりあえず、途中の案内標識で目にした「運動公園」を目的地に、車道を適当に選んでどんどんと歩いている。やがて住宅街を抜けて人家が疎らになって来た。道は斜度を増してくる。だがここでは、まだ鶴の姿は見えない。
 ミカン畑を横目にしながら急坂を登り続ける。2月だと言うのに、汗ばんでくる。
 車道の急坂は苦手だ。車が登るには適度な斜度でも、歩く人間には辛い。これは斜面が連続して平面であるため、常に足首の辺りから前に倒れるような姿勢になってしまい、脛の辺りにストレスが掛かるためだ。だから登山道などのデコボコの多い道の方が、体を地球に対して垂直に保てるので歩きやすい。もっともそれはそれで、別の疲れ方をするのだが・・・

 景色が開けたところに来たので振り返ると、ようやく海が見えた。
 途端に元気が出てくる。もっと高くまで行けば、もっともっと奇麗な姿の鶴が見えるはずだ。

 とりあえずの目的地だった運動公園を過ぎると、辺りは高原の雰囲気。
 遠くに見える小高い丘の上で昼食を摂ることにしよう・・・



真鶴半島遠望  昼食を摂ろうと思った小高い丘は公園のようになっていた。バイクのツーリング途中で立ち寄ったらしい、先客が2名いた。
 真鶴半島が一番良く見える場所は、その先客が確保しているので、少し離れたところに座ってお湯を沸かすことにした。歩いているときは汗ばむぐらいでも、立ち止まると急に寒く感じるのが2月の気候。食事の前に熱いコーヒーでも飲もうと思ったのだ。

 薄曇りなので、少し惚けた感じに見える真鶴半島を眺めながら、熱いコーヒーを飲む。湯気と吐く息のどちらもが白い。「まだ春は遠いなぁ」そんなことを思いながら、昼食の支度(と言っても、途中のコンビニで買ったおにぎりとカップの豚汁だが)に取り掛かった。
 昼食を作っている間に先客が発ったので、すかさず彼等が座っていた場所に移動した。

 誰もいない。鳥の声と過ぎ去って行くバイクの音以外には何も聞こえない。「のんびりする」と言うことは、今この瞬間のためにあるような気がしてくる。
 だが・・・さすがに2月と言うこの時期は長時間の「のんびり」には適していないようだ。私はフリースの上にマウンテンパーカーを着込んでいるのだが、それでも風が冷たく寒い。
 結局そそくさと食事を済ませ、再び来た道を引き返すことにした。今度は半島の先端、三ツ石を目指す。



真鶴港を望む  真鶴駅前からは半島の中央部の一番高いところを走る道路と、真鶴港を経て海沿いを走る道路の2本がある。帰りに「港の辺りで旨い魚を食べよう」と思っていたので、往きは中央部の道を歩くことにした。

 相変わらずの車道歩きだが、こちらは適度なアップダウンの繰り返しなので快適だ。さっきからお散歩気分で歩いている。
 やがてサボテン公園を過ぎ、町立中川一政美術館を過ぎた辺りで自然道に入った。いくら快適な道だと言っても、おあはり歩きの場合には自然道の方が良い。車が横を通り過ぎることが無いだけでも有り難い。
 この付近から半島の先端に掛けては距離こそ短いのだが、「お林遊歩道」「森林浴遊歩道」「番場浦遊歩道」 「潮騒遊歩道」と言った名前が付けられた自然道がある。

 自然道を繋いで歩いている内に、やがて真鶴半島の先端に到着した。さて三ツ石でも眺めながら、コーヒーブレイクとしよう・・・

三ツ石(1) 三ツ石(2)  景勝三ツ石。初めて見る景色なのだが、それほどの景色とは正直なところ思わない。似たような風景は他でも見たことがあるし、すぐ近くの伊豆は、さらにダイナミックな奇岩奇勝が続いている。
 だがとりあえずの到達感があるせいか、それなりの気分の良さはある。それにここでは丘の上ではあれだけ強く吹いていた風も大人しく、「そよぐ」という感じに近い。遠くには伊豆大島、伊豆半島も見えている。
 コーヒーブレイクには最高の気分。コーヒーを飲みながら、チョコレートを囓る。

 結局三ツ石では40分ほど過ごしていた。



カモメが舞い飛ぶ夕暮れ 三浦半島遠望(見えるかな?)  さて今度は海沿いの道だ。特に行きたい店のあてがあるわけではないので、歩きながら適当な店を探すことにした。
 歩く右手には、遠くに三浦半島が見えている。三浦半島、伊豆半島と1日で両方見ることが出来たので、何だか得をした気分で歩いている。

 勢いに乗ってどんどん歩いている内に真鶴港に到着した。小さな港だが雰囲気が良い。
 旅をしているときに、ふと「旅を感じる」瞬間がある。この小さな港を眺めているときがそれだった。どこと言って特徴があるわけではないのだが、生活の匂いと港という特別な環境が、そう思わせるのかも知れない。

 そんなことを思っている内に段々と陽が傾き始めた。暗くなると店も探しにくい。急に慌てた気分でキョロキョロしながら歩いている内に、とうとう真鶴駅まで来てしまった。再び真鶴港まで戻るのも億劫な気がして、真鶴駅の周辺で店を探すことにした。すでに辺りは薄暗くなっている。

 結局入ることに決めたのは、駅近くで「活魚料理」の看板を掲げている「大松」という店だった。



真鶴港(1) 真鶴港(2)  カウンターに座る。辺りを見渡すが、客は私の他には一人もいない。

 「とりあえずビール。それからサザエの壺焼きと・・・」と私が声を掛けると、「予算決めて、おまかせにしちゃいなよ。その方がお得だから」と、有無を言わさぬ雰囲気。
 「こりゃ、失敗したかな」と内心思いつつ、「あっ、それでもいいんですけど。でも、とりあえずサザエは食べたいなぁ。苦手な魚もあるし・・・」と言うと「うん、それから?好み言ってくれりゃ、それに合わせるよ。嫌いなもんとか」

 結局、この店では「おまかせ」にして正解だったようだ。一人では食べられる量に限りがあるので、品数も少なくなってしまう。だがおまかせ料理にしたせいで、料理の値段2000円という低予算で、驚くほどの料理の数が出てきたのだ。あまりに驚いたので、ここにすべてを挙げてみる。

 あら煮、刺身盛(タコ、イカ、白身魚)、ヤリイカの酢味噌、豆腐の煮物、イワシの焼き物、浜フキの煮付、サザエの壺焼き、青菜のおひたし、あら入りみそ汁、ご飯。

 ビールを3本飲んで、締めて3500円也。

 テレビではちょうどオリンピックの閉会式をやっていた。店の旦那と奥さんと私の3人で、オリンピック談義に花が咲く。
 「ジャンプの原田。泣いたわね、あれには」「うん、うん。そう、そう。良かったねぇ・・・」
 奥さんの言葉に二人の男(もちろん、旦那と私)がうなずく。

 リアルタイムでは見ることが出来ないかな?と思っていた閉会式を見ることが出来た。しかもオリンピック談義をしながら・・・これほど手っ取り早い共通の話題は無い。当然話も弾む。やっぱり国民的行事なのだな、オリンピックって・・・。

 「今日はどこ行ってたの?」と聞かれ、今日一日の行程を説明する。
 「へえ・・・運動公園まで行ったんだ。もうちょっと頑張れば、もっといいところあったのに」
 今更言われても遅いが、ちょっぴり惜しいことをした気分になる。
 「今度は夏来なさいよ、夏。夏は賑やかだし、いいよぉ〜」

 店を出るとき、「そうそう。こんなパンフレットあったっけ。もし邪魔にならないなら、持ってって」
 そう言いながら、2種類のパンフレットをくれた。どちらも真鶴の見どころが印刷されたものだった。



 気分が良い。これは酒だけのせいではないだろう。
 やっぱり真鶴半島は、小さいながらも旅だったと感じている。

 本日の歩数約31,000歩。距離にして約18.6Km。
 疲れが心地良い、そんな真鶴半島の歩き旅だった。


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1999.6.16 Ver.5.0 Presented by Yamasan (Masayuki Yamada)