行きあたりばったり徒歩紀行 〜渋沢丘陵を歩く(1998年1月)〜


渋沢丘陵マップ  冬だからと言って家に閉じこもってばかりいると、段々と気分が滅入ってくる。
 せっかくの休日。日射しは弱々しいが、晴れている。こんな時には思い切って外に出てみるに限る。
 あてもなくブラブラと歩く内に、少しずつ体温が上がってほのかに汗ばんでくるのを感じる。どんどん距離を伸ばし、それに連れて歩くスピードも速くなる。
 顔に当たる風は冷たいが、体の中は暖かい。冬の散歩はそんな気温差が心地良い。

 そんな気分を感じたいと、ふと思った。
 さて、どこへ出かけようか・・・どうせ散歩をするなら、住宅街などを避け、普段とは違う場所へ行こう。
 そう思って手元の「神奈川ウォーキングマップル」を開く。神奈川県内の比較的長距離のお散歩コースが紹介されている地図の本だ。
 すぐに目的地は決まった。場所は「渋沢丘陵」。私の自宅からだと、お散歩気分で歩くのに時間的にも丁度手頃な場所だ。

 渋沢丘陵は神奈川県西部、秦野〜渋沢付近を東西に伸びる丘陵地帯。秦野の市街地を挟んで、向かい側には丹沢山塊が展望できる。運が良ければ相模湾、箱根の山なども見ることが出来るかも知れない。
 渋沢丘陵を訪れたのは、もう20年近く前になる。
 丘陵の途中には日本で一番新しい自然湖である「震生湖」がある。名前の通り、地震−関東大震災−で、生まれた湖だ。
 さっそくデイパックにウォーキングマップル、タオル、デジカメなどを詰め込む。弁当や飲み物は途中のコンビニで調達することにした。時間は午前10時。



道端の耕耘機  小田急線に揺られて渋沢駅へ向かい、到着してからはすぐにコンビニに入り、おにぎり、お茶などを仕入れた。山に登るわけではないので、余分な食糧は買う必要がない。
 渋沢丘陵へはここから歩いて向かうことになる。

 私が気が付かないだけなのかも知れないが、渋沢丘陵への案内標識は特に無い。でも目の前に見えている丘陵が「そのもの」なのだから、迷うことはない。どこでも適当に歩けば丘陵へ向かう道が発見できるはずだ・・・と思ったのだが、これがなかなかすぐに見つけることは出来ない。途中まで行っては行き止まりで引き返すことを2度ほど繰り返す羽目になった。もちろん大通りを歩いていけば、丘陵へ上がる道もちゃんと見つかるのだろうが、すでに枝道に入って10分ほど歩いている。来た道をまた戻るのも面倒だし、そもそもが「お散歩」なのだから、ちょっと迷路に入ったような感覚を楽しんでいる部分もある。
 やがて「ちゃんと地図を見るかぁ」と思った直後、斜面に開けた畑を突っ切った道を発見。すぐに迷路の出口が見つかってしまった。



 上がってみると、渋沢の町並みが眼下に見える。標高はさほどでもないのだが、ちょっと高いところに上がるだけで、違った風景がそこに展開する。そのまま車道をブラブラ歩き続けると、すぐに分岐があって左手に丘陵地帯を歩く自然歩道が伸びていた。
 当然ながら躊躇無くこの道に入り、歩き出す。

 最初の数十メートルだけは急な登りだったが、あとは至ってゆるやか。ほとんどアップダウンを感じないまま、のんびりと歩き続ける。
 左手には樹林帯。そのため先ほど見えていた町並みが、今は見えない。
 だが右手の斜面には畑が広がっていて、まるで冬の「か細い光」をすべて集めてきたかのような日射しが、ポカポカしてなんとも心地良い。

 歩き続ける内に、耕耘機が歩道の脇に無造作に停められていた。この道は本来は農道なのだろう。その道を私たちのようなハイカーが利用しているというわけだ。
 さっそくデイパックからデジカメを取り出して写真を撮ろうとすると、向かい側から年輩のご夫婦が現れた。私と同じように散歩の途中のようだ。

 「こんにちは。あら、何撮ってらっしゃるの?」と、奥さんの方から尋ねられる。
 「どうも、こんにちは。いえ、ちょっと耕耘機を撮ろうと思いまして」と言いながらカメラを見せ、「ちょっと珍しいなぁと、思いまして」と答えると、奥さんは笑いながら「そうねぇ。最近この辺じゃ、あまり見かけないわよねぇ」と言う。
 子供の頃から嫌と言うほど耕耘機は見ている(私の生まれ育ったところは札幌の郊外、タマネギ畑のまっただ中だったのだ)。だから珍しいと言うほどでも無く、ただ耕耘機が置かれている場所と雰囲気がなんとなく気に入ったに過ぎない。でもわざわざそこまで説明する必要も無いだろう。お互い世間話を楽しんでいるだけなのだから・・・



丹沢の展望  さらに歩き続けると、展望が開けた。
 ここが渋沢丘陵の最高点、浅間台だ。とは言っても200mほどの標高に過ぎない。正確なことは解らないが眼下に広がる秦野の町もそれなりの標高だから、標高差は100mもないだろう。でもここからの丹沢山塊、特に大山の眺めは素晴らしい。
 展望台では小学生高学年くらいの女の子が3人、その丹沢を写生していた。

 「こんにちは」
 3人とも私に向かって挨拶の言葉を掛けてくれた。躾が良いのか、それとも山での挨拶の習慣(山でのこうした挨拶の慣習については、一言あるのだが、これについては別の機会に・・・)を知っているからなのか、とても元気の良い挨拶だった。思わず答える私の方が口ごもってしまう。
 「どうも、こんにちは。写生してるの?」
 尋ねるまでも無い。「見てわからないの?」と言われてもしょうがないのだが、やはり育ちが良いのか、ニコニコしながら「はい」と答えてくれる。う〜ん、今日のポカポカ陽気と同じに気持ちが良いじゃないか・・・

 浅間台を過ぎ、さらに鉄塔を越え、緩やかに下ると再び車道に出た。車道からは湖面は見えないが、一段下がった窪みのような場所に震生湖がある。
 「丁度昼食を取るのにいいかも」
 そう思って、階段を降りることにした。



震生湖へ下る階段の鳥居 震生湖  震生湖は思っていた以上に人が多かった。湖畔にはたくさんの釣り人が釣り糸を垂れている。

 この震生湖を前回訪れたのは高校生の頃。ビバーク用の簡易テント(登山で使うツェルトにグランドシートを付けたようなもの)を持って来た。幕営しても良い場所なのかは知らないが、友人たちと「釣りでもしようか」などと言って訪れたのだ。夏休みには信州方面へバックパッキングの予定だったので、その「予習」みたいなつもりもあった。

 結局その時は釣りなどに見向きもせずに、「気になる女の子」の話や「気に入らない先生」の話題などを話している内に、朝を迎えたのだった。
 当時の震生湖の湖面は今よりずっと澄んでいたと思うのだが、想い出と言うものは時間が経つに連れ、大体が美化されてしまうものなので自信がない。
 いくら目を凝らしても水はかなり濁っていて、泳ぐ魚の姿は全く見ることが出来なかった。

 さて昼飯だ。どこで食べようかと思って湖畔を一周することにする。湖と言っても、その大きさはほとんど池と変わらない。ゆっくり歩いても、ものの15分もあれば一周できてしまうのだ。
 歩いていうる内に壊れ掛けたベンチを発見したので、そのベンチに腰掛けながらコンビニで買った握り飯を食べることにする。

 さてこれからどうしようか・・・目的の特に決まっていない「お散歩」だから、このまま駅に戻っても良いのだが、ちょっとばかり物足りない。まだ2時間ほどしか歩いていないのだ。ウォーキングマップルを広げると、震生湖からミカン畑を抜けて、再び小田急秦野駅方面へ向かうルートが紹介されている。
 うん、なかなか良いかも知れないぞ。何より日射しが気持ちよさそうだ・・・。



梅の木 緩やかなミカン畑の斜面を歩く  震生湖を離れ、農道に出る。
 すぐにミカン畑が目に入った。収穫の時期はもう過ぎているせいか、葉だけのミカンの木だ。木の下にはミカンがほとんど腐った状態で転がっている。だからさすがに拾い食いも出来ない(笑)。
 どんどん農道を歩く。この道は初めて。予想通り日射しが気持ちよい。冬の日射しだから暑いなんてこともない。でも何だか太陽から栄養を貰っているような気分になってくる。光合成で栄養を吸収する植物の気持ちがわかったりして・・・(笑)

 ミカン畑の所々には、梅の木が白い花を付けていた。
 「何だかいいぞ。すごくイイ・・・」

 緩やかな道を歩き続けると、東名高速道路が見えた。この後、この高速道路の下をくぐり、車のほとんど走らない車道をのんびり歩き続けた。
 いつの間にか出来ていた丘陵の中の立派な団地を抜けながら、辺りの風景の様変わりに時の流れを感じる。
 さすがに歩き疲れた。そろそろ秦野駅に向かうことにしよう・・・



 時間にして4時間。距離にして約13Km。
 柔らかな陽射しを集めた、そんな冬のお散歩。
 気持ちも柔らかくなれる、そんな休日の一日。


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1999.6.16 Ver.5.0 Presented by Yamasan (Masayuki Yamada)