「うつ病」の経過と注意事項

 合う薬が見つかったらそれを飲み、休養をとることで「うつ病」は回復に向かいます。しかし、「うつ病」は直線的に回復していく病気ではありません。多くは、良くなったり、悪くなったりと一進一退を繰り返しながら、全体として上向きに回復していきます。昨日までは気分爽快だったのに今日になったら急に気分が落ち込んだりといったことも少なくありません。この場合、悪くなるのにはたいてい特に理由はありません。そういうものだと思ってあまり気にしないことです。
 ところで、「うつ病」の治療中には注意しなければいけないことがいくつかあります。

【患者が気をつけるべきこと】
 まず、患者自身が気をつけるべきことを以下に示します。
● 必ず治ると信じる
 治療中は一進一退があるため、状態が悪いときは「このまま治らないんじゃないか」と悲観的になりがちですが、「うつ病」は治る病気です。あせらずじっくり治療するようにしましょう。
● 自分で治そうとしない
 素人判断で勝手な治療をしたり、怪しげな民間療法などはやめましょう。また専門家でない知人や友人に治療について相談するのも避けた方が良いでしょう。「気のせい」、「薬は危険」、「気の持ちようでなんとかなる」などといった医学的に誤ったアドバイスは治療の妨げになります。
● なんでも自分でやろうとしない
 「うつ病」になる人は自分のことは全て自分でやらないと気がすまないという性格傾向があります。ですが、治療中は、自分でやらなければいけないことは最小限にとどめて、あとは他人に任せる心のゆとりが必要です。まずは自分を休ませることを優先して下さい。
● 人生の重大な決定はしない
 「うつ病」のときは判断力が鈍っていたり、ものごとに対して悲観的な受け止め方になっていて(「認知のゆがみ」)正しい判断ができません。このような状態で重大な決断をしてしまうと、病気が治った後でその決断を後悔することになります。退職や転職、引越し、結婚や離婚など、人生の重大な決断は先延ばしし、病気が治ってから判断するようにします。
● 病気を悲観しない
 「うつ病」は前述の通り、「ありふれた病気」で、治療によって治ります。病気になったことを悲観的に考えないようにしましょう。
● 家族や仲間、同僚とよく相談する
 「うつ病」を治すにはいち早く治療を受けること、また治療を受け続ける環境を作ることが不可欠です。そのためには、家族、仕事上の同僚や上司に相談して環境作りに協力してもらうことが必要です。仕事では通院の便宜を図ってもらったり、仕事の負担を軽くしてもらう、病状によっては休職が必要になる場合もあります。これらのことについてよく相談する必要があります。
 また、職場同様、家庭においても家族の理解と協力が必要なのはいうまでもありません。
 必要であれば、上司や家族などに主治医から病気の現状と治療の必要性について説明してもらいましょう。
● 抗うつ薬は安心して服用する
 薬を飲み続けることに不安があるかもしれませんが、抗うつ薬は安全な薬です。もちろん副作用はありますが特に深刻なものはありませんから、安心して医師の処方を守って服用しましょう。どうしても副作用が耐えられないほど重い場合でも自己判断でやめたりせずに、医師に相談して下さい。
● 症状が良くなっても薬を中断しない
 抗うつ薬を飲んで症状が良くなってきた状態というのは、傷にたとえると、出血が止まってかさぶたができたようなものです。ほんの少しのことでかさぶたが剥がれて再び出血するように、この段階では完全に治っているわけではないのです。前述のように、通常は症状が良くなっても半年から1年以上薬を飲み続け、その後徐々に薬を減らしていく(減薬)のが普通です。医師の指示に従って薬を続けて下さい。
● 自分を責めたり、深刻に考え込んだりしない
 「うつ病」はれっきとした「病気」であり、「気のたるみ」でも「怠け」でもありません。むしろ生真面目で責任感が強かったためになったのであり、誰でもなりうる病気なのですから、恥じる必要はありません。また「うつ病」になる人は必要以上に自責的になる傾向がありますが、あまり深刻に考え込まないように気楽に行きましょう。
● 自殺は絶対にしないと約束する
 患者の心がけの中でもっとも大切なことです。「死にたい」と思うのは病気のせいであって、治ればその気持ちもなくなります。あなたが死ぬことで家族や友人、職場の同僚が受ける精神的なショックは大変大きいのです。またあとに残された人の迷惑も考えましょう。あなた以外にあなたの代わりになる人はいません。絶対に自殺はしない、と約束して下さい。


【周囲の人が気をつけるべきこと】
 次に、患者の周囲の人が気をつけるべきことです。周囲の人の接し方しだいで患者の症状は良くも悪くもなります。以下の点に気をつけて下さい。
● ゆっくり休養できる環境を
 休養が大切なことは前述の通りです。家族はできるだけ患者がゆっくり休養できる環境を作ってあげて下さい。特に睡眠が十分にとれるような工夫が大切です。睡眠を十分にとることによって焦燥感や意欲の低下が改善してくることもあります。
● 家族もあせらない
 「うつ病」の回復には時間がかかるケースもあります。そのような場合、家族や周囲の人もあせってはいけません。「うつ病」は治るということを信じることが大事なのは家族や周囲の人も患者も同様です。
● 病気であることを理解する
 一見、健康に見えるのに何もしないでゴロゴロしているのを見ていると、頭では病気と理解していても、つい「怠けている」とか「だらしない」と思ってしまうかもしれません。しかし、患者も好んでそうしているわけではないのです。あくまでも病気のせいだということを理解してあげて下さい。
● 励ましたり叱ったりしない
 落ち込んでいる人や病気の人にはつい「がんばれ」と励ましてしまいがちですが、「うつ病」の患者に対してはこの言葉はタブーです。患者はがんばりたくてもがんばれない状態でいます。がんばりたいのは誰よりも患者本人なのです。そのようなときに「がんばれ」という言葉は逆に患者を追い詰めることになります。最悪の場合、自殺の引き金にもなりかねません。また患者を叱咤激励することも避けなければなりません。「うつ病」の患者を叱咤激励するのは、たとえてみれば脚を骨折している人に走れ、と言っているようなものです。「がんばれ」以外にも、以下のような言葉も避けて下さい。
・しっかりしてね
・くよくよしないで
・なんでこんな病気になってしまったの
・この先どうなるか心配だ
・いったいいつになったら治るのだろう
・怠けているんじゃないの
・気の持ちようでなんとかならないか
 「うつ病」は治療が必要な病気であって、「怠け」や「甘え」ではありませんし、「気の持ちよう」でなんとかなるものでもありません。骨折が気の持ちようで治らないのと同じです。また「怠けているのではないか」と不安な気持ちになっているのは誰でもない、患者本人です。励ますのではなく、「時間がかかっても必ず治る」ことを説明して、患者をあせらせないことが大切です。
● 気晴らしを強要しない
 気晴らしに、と外出や旅行、スポーツに誘ったりするのも避けましょう。「うつ病」のときはちょっとした環境の変化が心身ともに意外な負担になり、休養の妨げになります。また、「うつ病」になる人には相手の気持ちに気配りをし過ぎる傾向がありますから、「せっかく誘ってくれたのに断るのは申し訳ない」とか、「断ったらもう誘ってもらえないんじゃないか」と不安になったりして精神的な負担が増すことにもなります。患者本人が言い出さない限り、外出や旅行などに誘うのは避けましょう。また患者本人から言い出したとしても、あまり疲れない程度に配慮することも必要です。
● 話を聴いてあげる
 患者は、自分の辛さを解ってもらえるはずがない、と思っている反面で話を聞いてもらいたいという気持ちを持っていることもあります。そのようなときは、ゆっくりと患者の話を聴いてあげるようにして下さい。患者は話すことで心が軽くなることもあります。このとき、何か良いアドバイスをしようと肩肘を張る必要はありません。共感して聴いてあげるだけで良いのです。間違っても患者の話を批判したり、「俺はこうして乗りきった」式の説教をすることがないようにして下さい。
● 薬のチェックをする
 「うつ病」の治療に薬が重要なことは前述しました。患者がきちんと薬を飲んでいるか、飲み忘れていないか、家族や周りの人もチェックするのが良いでしょう。また、自殺目的でOD(Overdose:オーバードーズ=薬の過服用。最近の薬は安全性が高いので大量に飲んでも死ねません。肝臓を傷めたり周りに迷惑をかけるだけの愚行です。ODしたくなる気持ちは分かりますが絶対にやめましょう)を繰り返す場合は、薬を家族が管理し、一回分ずつ渡すようにするなどの工夫をしましょう。
● 自殺に常に気をつける
 「うつ病」の患者は程度の差こそあれ、死んでしまいたいという思い(希死念慮)を持つ場合が多いものです。「自殺未遂を繰り返す人は実際には死なない」とか「『死ぬ』と言う人に限って死なないものだ」というのは「うつ病」の患者についてはあてはまりません。普段から自殺の兆しがないか気をつける必要があります。「死にたい」、「自殺する」という直接的な表現でなくても、「自分は生きている価値がない」、「長い間お世話になりました」、「自分には将来がない」といった死を暗示させるような言葉を口にした場合には要注意です。家族とも口をきかなくなった、部屋に引きこもる、食事をとらなくなった、なども危険なサインです。また、普段から刃物やヒモのような自殺に使われるようなものは患者の手の届かないところに片付けておくことも必要です。
 実は自殺に注意が必要なのは、「うつ病」の最悪期よりも、初期や症状が軽くなってきた回復期だといわれています。最悪期には死にたくても自殺を実行する気力すらないのですが、症状が軽い時には実行に移すことができてしまうのです。また症状が軽くなってきたときは、家族など、周りの人も気が抜けてしまうこともあります。十分に注意が必要な時期だということを覚えておいて下さい。
● 周囲のアドバイスにまどわされない
 「薬は気休めだ」、「薬の飲ませすぎは良くない」、「甘やかし過ぎじゃないの」、「寝てばかりじゃだめだよ」などと周囲の人からアドバイスされてもそれに振り回されないようにして下さい。たとえ好意からであっても、このように医学的に間違ったアドバイスは患者の治療の妨げになります。特に薬の効果を最も実感しているのは患者自身です。家族がこのような言葉に惑わされて間違った接し方をすると患者の症状を長引かせることにもなりかねませんから十分に気をつけましょう。
【私の場合】
 私の場合、独り暮らしのため、休職するまで家族には病気のことは伏せていました。余計な心配はさせたくなかったからなのですが、さすがに半年(当初は休職期間は半年間の予定でした)も休むとなるとごまかしがきかなくなるので、打ち明けることにしました。幸い、両親は病気のことを受け入れてくれて、主治医に会って病気の説明を聞いたりと私の治療に前向きに協力してくれました。もちろん私も両親に「治る病気である」ことを理解してもらうように努めました。


【職場復帰に際して気をつけるべきこと】
 患者が休職生活から仕事に復帰する際の注意点です。
● 復帰をあせっているときはブレーキを
 「うつ病」の患者は、症状が軽くなってくると、とかく復帰を急ぎがちです。職場に迷惑をかけているという自責感からこうした「あせり」が出るのですが、この「あせり」があるうちは復帰させない方が無難です。回復が不十分であるほどこの「あせり」は強い傾向があるからです。本当に回復してくるとむしろ「もう少しゆっくりしていよう」と思えるようになってくるものです。
● 復帰後しばらくは「慣らし運転」を
 復帰後しばらくは「慣らし運転」ができれば理想的です。患者は休んでいたことの遅れを取り戻そうと休職前と同じようにいきなりがんばろうとしますので、しばらくは周囲がブレーキをかけることが大切です。復帰後、2週間くらいは患者は会社に出社するだけでも(その認識がなくても)疲れますので、まずは軽い作業から入っていくのが良いようです。ノルマや締め切りに追われるような仕事からはしばらく遠ざけ、マイペースで進められる仕事から入れれば理想的です。その後、様子をみながらリハビリを兼ねて段階的に仕事を増やしていくようにします。また、患者が通院しやすいように配慮することも必要でしょう。
【私の場合】
 休職が1年になろうとする頃から「そろそろ復帰できるかな?」と思い、会社にその旨打診しました。これまた幸いなことに、しばらく休職扱いのままで「慣らし運転」をしてはどうか、という提案があり、受諾しました。仕事の内容も納期が長めでマイペースで進められる仕事を与えられました。とてもありがたい配慮をしてもらったと思います。休職13ヶ月目から半年間「慣らし運転」期間となったわけですが、その間の出勤成績は悲惨でした。最初の1週間こそ普通に出勤できましたが、その後はほとんどまともに出勤できず(今でもそうですが)、「やっぱり復帰は早すぎたか」、と思いガッカリしました。


質問:「忙しいんだよ、俺(私)は!」と思っている。→はい/いいえ