「via Internet」談義

WWWという化け物


その正体

HTML表現とハイパーリンク

文章には、内容的にリンクしているところがあります。たとえば、目次は本文とリンクしています。索引は本文中の単語とリンクしています。書籍では、これらをページ番号で表現します。

これをもっと直接的に表現するための仕組みがハイパーリンクです。windowsソフトウェアのヘルプ等で使われている仕組みで、リンク付きの文字を指定すると、関連文章を呼び出すことができます。

HTMLという文章記述言語は、文章表現の一つとしてハイパーリンクを採用しました。その仕組みの名前をアンカーといいます。これについては、別途詳しく説明します。

私は、アンカーの望ましい使いかたは次のようなものだと考えます。

HTML(の表現とそれによるナビゲート)を基礎とするhttpクライアント

HTMLのハイパーリンクを用いれば、一つの文書から別の文書を手に入れられます。これを基礎としたサービス/クライアントがあれば便利でしょう。そのクライアントは、同時にHTML文書を表示できると便利でしょう。さらに、リンク属性を操作したら、オートでそのURLのファイルをgetし、新たに表示できるならばもっと便利でしょう。

こうして、1989年CERNのエンジニア(ティム・バーナーズ・リー)によって、httpdとクライアントソフトWWW(World Wide Web:世界のクモの巣)が世に送り出されました。それ以後、WWWはこの仕組み全体の代名詞となったのです。

ちなみに、日本ではなぜか「ホームページ」と呼ばれる様になりました。これはソーイングマシーンを「ミシン」と呼ぶような間違いなのですが、すでに定着してしまった為、一種の「和製Internet用語」となっています。

実は、歴史をよく勉強していないので、WWWとhttpの成立は同時なのかズレがあるのかは知りません。(もし、これを本にする日が来たら、きちんと調べます)

マルチタイプ・ヴューア内蔵型httpクライアント

WWWクライアントはHTML表示ソフトを兼ねていました。しかし、WWWでHTML文書以外のデータもgetできたほうが便利です。画像だって音楽だって、重要なプレゼンテーションなのですから。

そこで、1993年、賢いソフトが誕生しました。かの有名なMOSAICです。MOSAICには「auファイルが来たらこのソフトを呼び出せ」「mpegファイルが来たらこのソフトを読み出せ」というふうに、HTMLファイル以外をgetした際の行動を指定できました。さらに、MOSAICそれ自体がgifグラフィックを表示できました。この機能によってHTML文書内にインライン画像を表示できるようになり、エンターテイメント性がぐっとあがりました。

しかもMOSAICはフリーウェアだったのです。MOSAICはありとあらゆるOSに移植されました。多くのMOSAIC互換ソフトも開発されました。

この時までに、時代は「標準化」を目指しており、コンピュータに依存しない画像・音楽のフォーマットが一般に公開されていました。その再現ソフトも無数に存在しました。また、Internet経由でそれをコンピュータに依存しない方法で運ぶ手段は開発されていました。数多くの土台技術が、MOSAICによってついに実を結んだといえるでしょう。

1994年にMOSAIC開発チームがネットスケープ社を設立し、新たなWWWクライアントNetscape Navigator(愛称はMozilla。モザイクのゴジラです)のβ版を世に送り出しました。Mozillaは独自拡張のHTML表現を提供し、それまで不可能だった「色指定」云々を独自に実現してしまいました(あくまで独自におこなっており、一般規格として公開しなかったとこが、後に問題になります)。

Mozillaはシェアウェアであるにもかかわらず、大きな支持を得ました。そして、決定的な進化を遂げるのです。

その進化とは、「httpクライアント自身が多くのファイル解釈をサポートする」という、至極簡単で且つ強力な機能でした。Mozilla一つあれば、gifやjpegが見られます(gifはMOSAIC時代から唯一サポートされていたが)。また、ネットスケープ社やサードパーティが開発したプラグイン・ソフトウェアを用いれば、Mozillaで見れるファイルタイプを増やすことが可能です。また、それをHTML自体に埋め込める様に再び独自拡張がなされました。

いまや、WWWはその本来の役割を120パーセント果たしています。マルチタイプ・ヴューア内蔵型httpクライアントによって、WWWは化け物と化したのです。


その可能性と革命性

WWWナビゲートの最大の利点は、全くユーザにネットワークを意識させないという点です。大変に純粋なネットワーク透過性。アンカーを手繰るうちに、意識せずに別のリソースを見ているという事実。その作業の中に、ファイルをコピーしてそれを見ているという意識は必要ありません。

これは、楽です。技術の恩恵を、技術を使いこなせなかった人にも与えるものです。一つの革命といっても過言ではありません。

いまや、httpクライアントはソフトウェア・プラットフォームの役割さえ果たそうとしています。HTMLに埋め込まれたソフト(今のところはjavaアプレット)をhttpdクライアントが実行します。そのソフトはクライアントソフトであるかもしれません。すると、ユーザはhttpd以外のサーバにアクセスしていることすら意識せずにクライアント/サーバで情報を入手することになります。こうしてみれば、その可能性は桁外れです。



しかし、こんなに便利では「何が起こっているのか分かっていない」人すら使えてしまいます。ここで、まだ十分理解できていない人が「分かっていないけどいいや」とだけ思っていればいいのですが、誤まった理解をしてしまう可能性もあります。別途述べますが、実際にWWWが一般的になってからというもの、誤解は広まる一方です。(MozillaがWWWだけではなくアノニマスftpもnewsも中途半端ですがサポートしていたことは、便利である一方誤解を呼ぶ原因にもなったと考えられます。)

先端技術は、一般大衆に恩恵を与える準備をしています。しかし、一般大衆の誤解が技術を駄目にしてしまうかもしれません。この辺の危惧は、もう少し沸き上がってきてもよいような気がします。

それはともかく、既にWWWが化け物であることは間違いありません。






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