第71話 ヤブサメ


 土曜日の夜に早く寝る癖がついたからか、それとも日々の長距離通勤で鍛えられたからか、日曜の早朝、早起きして鳥を見に出かけることが多くなった。といっても、行き先は車で30分ほどのご近所ばかり。最近のお気に入りの場所は、とある雑木林で、林道を徒歩で往復すると丁度1時間くらいの手頃なコースだ。

 今朝も、その雑木林に出かけてみた。現地に到着し、車から降りると、朝早くからワイワイと家族連れが騒いでいる。何かと思えば、父親が子供にせがまれてクワガタを探しているらしい。藪こぎしながらフウフウ言っているお父さんは、大変そうだけど楽しそうだ。母親と小さな子供たちが、林道から身を乗り出すようにして見守っている。
 幼い頃、似たような雑木林で、父親がクワガタを見つけてくれたことを覚えている。虫は雌で、雄のような大顎は無かったけれど、木漏れ日の中、つやつやと輝きを放っていた。それが、僕が初めて手にしたクワガタムシだった。

 虫捕り家族を横目に見ながら、林の奥に進んでゆく。いわゆる夏枯れのこの時期、鳥はあまり期待できない。つい一ヶ月ほど前まで賑やかだった囀りは、今は時折思い出したように聞こえてくるだけだ。ウグイス、ホトトギス、珍しいところではイカル。いつまでも賑やかなのは外来種のソウシチョウ。

 「チェッ、チェッ」。舌打ちするような声で鳴く鳥が、林道沿いの藪の中をチョロチョロ動いている。距離にすれば、ほんの数メートル。枝と枝の隙間からチラッと見えた鳥影は、寸詰まりのヤブサメだった。ついひと月前までは、幼い顔をしていた鳥(上の写真)が、何だか今日は凛々しく見えた。眉斑の白がくっきりしてきたようだ。まだ家族で行動しているのか、数羽が固まって、カサコソと隠れるように藪から藪へと移動している。

 いつものように1時間かけて林道を往復し、入り口まで戻った。先刻の家族は帰ったのか姿が見当たらない。彼らがクワガタを見つけていたらいいなと思う。夏の陽射しとむせ返るような腐葉土の匂い、クワガタの暮らす雑木林と父親の奮闘。全てが子供たちの記憶のどこかに残るはずだ。30数年後、同じような林でヤブサメと出会って喜ぶ大人になるのがいいかどうかは別にして、生き物の暮らす環境を肌で覚えておいて損は無いだろう。僕は、そんなことを考えながら、今朝の雑木林を後にした。
(2005/7/31)