第62話 ヒヨドリ
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海上を飛ぶ大群 | ハヤブサに捕らえられる |
よく晴れた土曜の朝、眠い目をこすりながら徳島県の鳴門に向けて出発した。明石海峡大橋を渡り、淡路島を縦断して、大鳴門橋を過ぎればそこは四国。我が町・三田市から100キロあまり、全線高速道路を走るので、時間にすればわずか1時間30分の距離だ。 この季節、南方で冬を過ごしたサシバなどのタカたちが、本州に繁殖のため渡ってくる。鳴門は関西に渡り来るタカたちの玄関口。渦潮巻く海峡を越え、鳥たちは淡路島へと渡る。 この海峡のタカたちの存在を知ったのは、まだ青森にいる頃のことだった。毎週、毎週、竜飛崎に通い、渡り鳥の話ばかりホームページに書いていたら、徳島からメールが届いた。「そちらは飛んでますか?こちら鳴門はノスリが飛び始めました」。差出人はUさん。それ以来、時折メールのやりとりをするようになり、この春、ようやく現地に足を運ぶことになったのだ。 先週の日曜日に引き続き、これが2度目の展望台。Uさん始め、野鳥の会徳島県支部の方々が既に空を仰いでいた。霧に包まれた先週とはうって変わっていい天気。タカは、我が家が到着する随分前・早朝から飛び始めているらしい。眼下には全長1,629メートルの大鳴門橋が海峡を跨ぎ、淡路島まで伸びている。常緑樹に覆われた岬の所々には、淡く咲く桜の花。時折上空を通過していくサシバやノスリを見送って一日を過ごす。何と穏やかな鳥見日和。 一羽のハヤブサがクルクルと岬を巡る同じコースを飛んでいるのに気づいたのは10時30分頃のことだった。渡りの季節、ここを通過する鳥はタカだけではない。万一を考え、できるだけ陸地に沿って飛ぼうとする野鳥たちは、結果して同じコースを利用する。ハヤブサは、その渡りのコースに陣取って小鳥などを待ち伏せ、狩る。さっきから飛び回っている奴もそういう類に違いない。 ハヤブサの飛行ルートを見るともなしに見ていると、岬の突端から黒雲のようなものが湧き出した。それは形をウネウネと変えながら、海面に覆いかぶさり、再び岬に吸い込まれた。(あれは・・・)。再び湧き立った黒雲に双眼鏡の焦点を合わせる。雲を構成する一粒一粒が鳥の形に変わった。黒雲は海上を飛び回る無数のヒヨドリたちだった。「ハヤブサが行った!」。誰かが叫ぶ。群れは動揺し、混乱し、形を変え、岬に押し寄せる。たった一羽のハヤブサが、羊飼いの少年のようにヒヨドリの大群をコントロールしているようにも見えた。 午後2時20分。海峡は凪いで、お昼頃に巻いていた渦潮は消えていた。タカたちの動きもピタリと止まった。それまでの数時間で、まんまと何羽かのヒヨドリを捕らえ、腹を満たしたハヤブサも持ち場を離れたようだった。 ヒヨドリは、まるでタイミングを計っていたかのように飛び立った。鳥でできた黒い塊が、静かな海面を嘗めるように飛んでゆく。行く手を阻む者は誰もいない。双眼鏡の視野の中、およそ1,600メートルの海を渡り、黒い塊は、海岸線でバラバラと数千羽のヒヨドリに分かれ、淡路島にはりついた。「渡った、渡ったよ」。誰からとも無く、安堵の声が漏れるのだった。 |
(2005/4/10) |