第14話 山麓のムクドリ

岩木山暮色 2002.10.14 月に椋鳥 2002.10.14
 津軽富士見湖で秋の渡り鳥の観察を終えた帰り道に、いつも気になる場所があった。岩木山麓の広大な水田地帯の一角には、ここ10年くらいの間に立ち並んだと思われる郊外型のスーパーや衣料品店がある。そのスーパーの裏の緑地帯が、ムクドリたちの塒になっていたのだ。(いつかじっくり観察してみよう)、そう思いつつ、いつも塒の脇を素通りしていた。

 昨年の丁度今頃、その日は絶好の観察日和だった。北の地の秋の日は短く、午後4時を回れば冷たい風が吹いて、夕闇が迫ってくる。目当てのスーパー周辺は、遅くからの買出しの車や、家路を急ぐ車で混雑していた。大変都合の良いことに、塒のある林の道路一本挟んだ向かい側に、だだっ広い空き地があった。そこに車を止めてムクドリ様御一行のお帰りを待つことにした。

 「キャリュリュ・・・」、「キュルル・・・」日が暮れると、周囲が俄かに騒がしくなってきた。昼間田んぼや河原に分散していたムクドリたちが、集結し始めたのだ。周りの電線が鳥たちでどんどん埋め尽くされて行く。電線に並ぶ際、ムクドリはお互いの距離を気にしていて、近づき過ぎた同朋には鋭い嘴を振りかざす。そうこうしているうちに互いの隙間が等間隔に揃っていくのが面白い。西から東から、ムクドリたちは続々と玉になって飛んで来た。いったい何羽いるのか見当もつかない。

 神戸で暮らしていた頃、近所にやはりムクドリたちの塒があった。といっても、せいぜい4〜500羽程度の小さな塒だ。その塒に入る前に、やはりムクドリたちは電線に並んだ。鳥たちが並ぶ電線は、民家やビルの間を縫うように張り巡らされている。「キャリュリュ・・・」、「キュルル・・・」ムクドリの騒ぎが最高潮になると、決まって民家の二階から初老の男性が顔を出して叫んだ。「ドオリャ〜!!」、「ドゥリャア〜!!」。ムクドリは一斉に散って、男性はピシャリと窓を閉めた。鳥たちは町内をグルリと一周飛び回って、再び同じ電線に並ぶのだった。

 何がきっかけか分からなかった。山麓のムクドリは一斉に飛び立った。ゴー・・・星の見え始めた空に無数の羽音が唸りを上げる。鳥は黒い竜巻のように空き地の上空を渦巻き、大量の糞を撒き散らした後、吸い込まれるように緑地帯に消えて行った。林の中からムクドリたちの甲高い声が聞こえてくる。きっと、止まる枝を巡って、押し合いへし合いしているのだろう。そんなにもめるなら集団塒なんて止めてしまえば良いのにと思うのだが、もめごとがあっても群れていたいと思うのは、鳥もヒトも同じかも知れない。

 岩木山麓のムクドリたち。津軽でも市街地はどんどん広がっている。夕暮れ時、「ドオリャ〜!!」の声が響くのも、そう遠くない将来だろうか。
(2003/10/13)