オガワコマドリ


 久しぶりに買った写真図鑑をパラパラ眺めていると、「あ、この鳥見た見た」ということがたまにある。鳥の種類ではなく、写真に写っている個体そのものを、である。大阪府泉南市の男里川で撮影されたオガワコマドリもそんな鳥の一つ。この雄のオガワコマドリは何が気に入ったのか、うす汚れた小さな川の河口に、1998年の春まで連続4冬、せっせとやって来た。狭い中州に申し訳程度の芦原。こんな環境と、彼が夏を過ごした遠い北国の風景との間にどんな共通項があるのだろう。

 僕が彼に会いに行ったのは1997年2月。初めての飛来から数えて3シーズン目の冬だった。芦原に潜む彼は、潮が引くと干潟にヒョイと姿を現して、ゴカイか何かを泥の中から引っ張り出し、また芦原の中に戻っていった。初めて見るオガワコマドリはとても臆病で用心深く、それがこの鳥の特徴なのだろうと一人納得していた。
 翌シーズン、オガワコマドリは四たび男里川に姿を現した。鮮やかさを増した胸の模様、男里川に集まったカメラマンたちはその姿を何としても捉えようと、芦原から彼を引っぱり出すことを考えた。餌付けである。芦原を一歩出た彼はまるでスターかアイドルだった。倒木の上に静かに現れて虫をついばむ彼の姿を、一体何人のカメラマンがカメラに収めたことだろう。
 春が来て、彼は男里川から姿を消し、二度と戻ってくることはなかった。
 
 僕の手元に数枚のオガワコマドリの写真がある。ぐるり彼を取り囲んだカメラの列に加わって撮った写真だ。彼がいなくなった理由は誰にも分からないけれど、物静かな彼のことだから、賑やかな河原に嫌気がさしたのかも知れない。猜疑心に満ちた写真の表情に少し胸が痛む。
(2000/2/13)