大晦日のクロツラヘラサギ

 平成9年の大晦日、僕は博多の今津で日がな一日クロツラヘラサギを眺めて過ごすことにした。それというのも、彼等の飛ぶ姿や餌を採る姿をこれまで一度も見たことがなかったからだ。妻の実家が鹿児島なので、ここ数年、年末年始は帰省がてら九州で過ごしている。クロツラの姿は何回か見ているが、大抵、眠っている。テレビで見た、嘴を水の中で横に振りながら餌を探すあのしぐさを何としても見てみたい。

 朝、7時30分頃現地に到着すると、クロツラは既にねぐらにしている川の中洲にいた。あるものは眠り、あるものは羽繕いし、また別のものはアオサギにつつかれてオロオロしていた。全部で18羽。世界で数百羽しかいないクロツラのうち18羽も目の前にいると思うと、それだけで興奮してくる。潮は引いているので、そのうち餌採りを始めるに違いない。そう高をくくり、川沿いの堤防で彼等が動くのを待つことにした。

 しばらくすると、久留米市在住の先輩F氏が前日の約束通りやってきた。学生時代はよくF氏に信州の山に連れて行ってもらったものだ。F氏はもともと植物好きだったが、我々後輩に刺激され、鳥にはまってしまった。今は関西を離れ、ここ九州で暮らしている。寡黙な人なので、あまり会話を交わすこともなく、我々は中洲のクロツラをじいっと眺めていた。

 昼頃満潮になった。近くのコンビニで昼飯のおにぎりを買い、再び堤防に戻る。クロツラは相変わらず眠っている。そこへ地元で野鳥観察を続けているA氏が自転車でやって来た。昨冬もここでお会いした、とても親切な方だ。A氏によれば、運がよければ夕刻、干潮時に餌採りが見られるかもしれないとのこと。そうだ、きっとそうに違いない。我々はひたすらクロツラが動くのを待ち続けた。

 15時すぎ、一羽飛んだ!しかし、釣り人に驚いてすぐにねぐらに戻ってしまった。そして、もう動かなかった。

 16時40分、干潮。クロツラは眠り続けている。カササギが2羽、電柱でカシャカシャ笑っていた。

 そして、とうとう日が暮れた。我々は顔を見合わせ、帰り支度を始めた。こいつらは一体いつ餌を採っているのだろう。2日に1度とか、3日に1度しか食べないのだろうか?そんなことがあるのだろうか?釈然としない気持ちで車を走らせた途端、クロツラが一斉に飛び立った。ウオオ!急いで車をバックさせた。薄暗い水面の向こう、嘴を水中で振りながら餌を探す姿が見えた。おお…あの嘴はこうして役に足っているのか…おお。言葉にならなかった。群れの中にはグルーミングをしているカップルもいる。おお…おお…。

 町の灯がポツポツ点る中、我々はクロツラヘラサギを何時までも飽きること無く眺め続けていた。

                                  (BIRDER 1998.4)
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