ほっけ?

そうにゃ、始めはどこにでもよくあるねこの遊びだったのにゃ。
どこからか虫を捕まえてきてみんなの輪の中心に置く、そしてその虫が跳ねた方向にいるねこはすばやく逃げる、という、まあねこならちょっと考えれば思いつきそうな単純な遊びだったのにゃ。
ちょうどねこ会社の夏休みが始まった日で、オレは涼しい場所を探してうろついていたときその遊びをみかけたのにゃが、それがまさかあんなことになるなんて・・・。



虫というのはどこに跳ねるかわからない、けれども跳ねて跳びつかれたからといってそれがどうというわけでもない、つまりペナルティがないというか刺激が少ないというか・・・若いねこたちはじきにそれに飽きてしまったのにゃね。でも今日日のねこはバカじゃない。下手な人間よりもずっと頭のいい誰かが、もそっと刺激的なものを作り上げたのにゃ。
それが、「どこに飛ぶかわからないかんしゃくだま」だったのにゃね。当たれば痛いし、どこに飛ぶかわからないスリルもいい。というわけで、それが虫のかわりに取って代わるまで数日とかからなかったにゃ。
やがてそのかんしゃくだまのサイズも次第に大きくなって、それがもっと破壊力を増すのにさほど多くの日数は必要としなかったのにゃ。そのころになると、「誰に向かって跳ぶか」は関係なくなって「とにかく爆発から身をかわす」という行為が中心になっていたのにゃ。
それが夏休みの中ごろだったかと思うのう。オレはたまたま見つけた物置の下に涼しい場所を見つけて、近所の子供ねこと一緒に涼んでいた。もちろんオレもその「遊び」のことは知っていて、東京のあちこちで爆発物の開発に失敗したねこが爆発事故を起こしていることも耳に入ってきていたのう。


そして、とうとう一匹のねこが「それ」を作り上げたのにゃ。オレに一匹のコブンねこが「親分、とんでもないものが新宿の一角で開発されましたぜ」と連絡をいれてきたので重い腰を上げて見に行くことにしたのにゃ。


新宿のコマ劇場の裏手にそれは浮かんでおった。七色に輝く、10mはあろうかという光の玉。開発者のねこが話していた理論はよく覚えておらんが、とにかく必死で逃げなくちゃ命が危ないくらいのシロモノだそうで、オレなどは「そこまで遊びでせんでも・・・」と思ったのにゃ。しかし一度エスカレートしたものはなかなか止められない・・・これはヒトもねこも同じらしくてのう。恐らく次期の爆発物はこの理論をベースにしたものが主流になるだろうと開発者のねこが自慢気に語っておった。

しかしそのとき、オレはとんでもない相手に出会ってしまったのにゃ。

オレが勤めるねこ会社の上司だったのにゃ。

上司はたまたまオレとこの光の玉を見て、どうやらこの玉をオレが作ったものと勘違いしてオレに詰めよってきたのにゃ。いわく「会社の仕事はちゃらんぽらんのくせに遊びだけはいっちょまえか!?」というのにゃ。そして、よくわかりもしないのに光の玉の下にある機械装置に手を伸ばしたのにゃ。
「いかん、離れろ!!」
そう開発者ねこが叫んだ瞬間、光の玉が膨張を始めた。背中に悪寒が走る。オレはとにかくその場を猛ダッシュで離れた。背後で開発者ねこが「ばかな、こんなに膨張が・・・!!」と叫びながら光に飲みこまれていくのがわかったけれども、それにかまっている余裕などもちろんないのにゃ。塀の上で眠っている同輩に「逃げろ」と声をかける間もなく光があたりを覆い尽くす。その光が凄まじい高熱と衝撃波を伴っているのがひげにびりびりと感じてとれる。

「飛行機にゃ!!」

劇場の裏手にはオレが移動によく使うミニ飛行機が置いてあって、オレはそれで飛び立った。飛行機はぐんぐん高度を上げ、眼下で新宿の高層ビル群が光に飲みこまれながらゆっくりと熱をくわえられた飴玉のように崩れ落ちていく様子が、そして光とともに衝撃波が地上のもの全てをなぎ倒していくのが目に入る。

「もっと速度をあげるにゃ!!」

飛行機は東京を抜けると北に向かってぐんぐん速度を増す。雪の残っている高山を越え、一息ついて後ろを見ると、なんとまだ光の玉が膨張を続けながらこちらに迫っているのが見えたのにゃ。しかもこころなしか速度がぐんぐん上がっているように見える。光はさきほどオレが越えてきた高山をやすやすと飲みこみ、勢い衰えぬままひろがりを見せる。

「その速度では追いつかれるね」

何者かの声がした。

「もっと高速な乗り物!!」

気がつくとオレは宇宙船に乗りこんでおり、第1宇宙速度も第2宇宙速度も越えて大気圏を離脱しつつあった。しかし光の玉は上空に向けて伸びつつあり、そのエネルギーで空気が電離したプラズマが表面を生きた蛇のように這いまわっているのが見える。数千度はあるだろうあれに触れた瞬間、オレは跡形もなく蒸発してしまうだろう。背筋に冷たいものが走る。
宇宙船はどんどん速度を上げる。地球はとっくに光に飲みこまれており、他の惑星すら飲みこもうとしている。

「ままままずすぎるにゃ!!」

そのとき加速が急に止まった。それ以上の速度が出なくなったのにゃ。

「その船も限界だ」

また声がした。速度計を見ると光速の99.999%・・・そう、理論的に物質が移動できる限界速度を超えてしまったのだ。そしてそれでも光の玉は速度を増してオレの背後に迫る。

「ば、ばかにゃ!! こんな・・・こんなエネルギーがいったいどこに・・・いやそれよりもこのまま膨張を続けたら・・・!!」
「そうだ、宇宙は消滅する」
「うなあっ!?」
「その船で逃げても逃げ場など最初からなかったのだ」
平然と謎の声。
「うなあっ、何か方法は? 何か、何か、何か、何か、何か、何か、何か、何か、何か、何か、何か、何か、何か、何か、何か、何か、何か、何か、何か、何か、何か、何か、何か!!!!!!!!」

こんな質量の大きな物が膨張を続けているうちにやがて中心部は自分の質量に耐えきれず自分自身に向かって落ちこんでいくだろう。そして待つのは・・・。

「そうにゃ!! 時間の逆転にゃ!!」

思いついた最後の・・・しかし理論的にわかっていてもどうしようもないだろうアイデアをオレは口にしていたにゃ。
その瞬間!
何もかもがビデオのまき戻し再生のように逆転を始めたのにゃ。光の玉がぐんぐん小さくなり、オレもそれに引き寄せられるようにして地球に・・・新宿に・・・押し戻されていったのにゃ。

「うなっ!?」

気がつくとそこはオレが涼んでいた物置の下の地面で・・・あいかわらずセミの声がうるさく響き渡っていた。そばには近所の子供ねこも寝息を立てていた。なにもかも、昼寝をする前の状態に戻っていた。オレは小さく身震いをすると、また丸くなって眠りについたのだったにゃ。