床屋で手品


どうも最近油断が出てきたせいか床屋で失敗する。空いている時に行って速攻で決めるしかないと思い、夕方の早い時刻に床屋に行った。ねらい通り空いていた。客が1人しかいない。良く喋る客だ。幸い隣りでなく反対側の列に座れたので背中合わせになるので、見てみぬ振りをすればいい。

ところがドッコイ鏡に写って、ご対面となる。なるべく視線を合わせないようにするが大きな声でペラペラ喋り、もう一人入ってきた客と理容師(女性2人)を笑わせている。カットが終わってもなかなか帰ろうとしない。やっと帰ったかと思ったら、なぜかまた戻って来た。車の所まで行ったら、5ドルがどうのこうのと言っている。手に札を持ってぶつぶつ言っている。

えーっ? 手品を始めるの? 理容師はカットどころではない。客の回転椅子を手品のおじさんの方へ勝手に向けて、手品見物の体勢になった。かくして理容師2人と客2人(私と隣りのおばさん)は、カットが中断となった。これが本当のカットである。

1ドル札を2枚握った左こぶしに理容師に息を吹きかけさせると、2ドル札が1枚になった。2ドル札を見たのは初めてである。それをまた左手で握って息をかける。手はほんの30センチの所なので良く見える。例によってペラペラ喋る。良く覚えたか? 何か目印はあったか? 特徴は? と質問してくる。よせ、英語でそんなこと聞くな、と思っても、ついに目線が合ってしまった。理容師2人と、もう一人の客も息を潜めて私の答えをじっと、待っている。手品師のペラペラ・リズムをここで崩したら申し訳ない。何か簡単な答えはないものか、頭をフル回転させた。

"Old one." とやっと答えると左手を開いた。2ドル札は5ドル札に変わっていた。手品の基本は、見ている人の目線をそらしたすきにごまかすことだが、こんなに近くで見ているのに全然タネがわからないのは素晴らしい。理容師も興奮がすぐには収まらず、そのせいか私のモミアゲは落とされてしまった。