憂鬱



 どうやら帰国しなければならないようである。今までおとうの転勤に伴って引越しする経験は何度もあった。新しい土地への不安と引越しに伴う物理的な苦労にもなれているはずである。しかし、今回はどうしても元気が出てこないのだ。おまけに2月から2週間ごとに風邪をひいているような有様で、おとうからの風当たりも強く、私はどん底の心境。

 4年前アメリカへ来るときには、住みなれた土地を離れる寂しさより治安や言葉の問題に対しての不安のほうが大きかった。こどもたちがきっとすぐに順応してくれるだろうということはわかっていたが、私自身の語学力の貧しさが、親として子どもたちに十分なことをしてやれないのではないかと胸が痛んだのだ。実際、挨拶すら聞き取れないほどの(強烈なアクセントもいけないのよ)情けない母であったが、想像以上に子どもたちの成長が著しく、ずいぶんと助けられたものである。

 初めておとうの運転するDodge "Grand" CaravanでI-20を走ったときの事を思い出す。サウスカロライナの6月といえば日本の夏真っ盛りの最高気温である。日差しが強く目が痛いほどだ。青空と木々の緑の延々と続く道。目も眩むほどの勾配のフリーウェイ。実際には走っていると勾配があることにも気づかないのだが、それだけ広大な土地だという事である。まぶしいほどの緑がふっと途切れると、そこには川がある。ゆったりとした川は夏の夕立の後にはもくもくと水蒸気を発し、その後は少しだけクリームを入れたコーヒーのような濁流となる。この濁流は日本で見るものとは印象が違う。川にはホワイトリバーとブラックリバーの2種類があるそうである。ブラックリバーとは川の中からヒノキなどの木がはえているため、木のエキスが染み出して水を黒く染めているのだ。それに対して、我々が思い浮かべる普通の川をホワイトリバーと呼ぶらしい。ここいらで見る川も、ちょっと増水すると多くの木が水に浸かってしまうので、コーヒーのような色合いを出すのかも知れぬ。

 このあたりは急速に人口が増えている。宅地開発に下水の整備が追いつかないというトラブルも新聞にあった。渋滞は東京のひどさには及ばないけれど、交通量が目に見えて増えているのが分かる。きっと年を追って住みにくくなっていくに違いないさと自分に言い聞かせているのだが、さびしくてたまらない。