地上最強のハシゴ
翌朝、脚立を立ててみようという段になって、脚立の足のひとつがグニャッと曲がっていることに気がついた。「参ったなあ」おとうが足で踏んで直そうとすると、曲がっていたところにバシッと亀裂が入ってしまった。「あー!!!こりゃ返品だな。」おとうはまた昼休みを潰すことになった。(もちろん私の時間も食われてしまうのよ。)
返品は実に簡単である。ロウズの場合は特に。返品のカウンターに持っていく。係のおねえさんが理由を聞く。「ああそう。代りのを持って行っていいわよ。」レシートを見るでも無し、レジを通るでも無し。そのまま代りの8フィートの脚立を持って店を出た。おとうがつぶやいた。「こりゃネコババしようと思えば簡単にできるな。」ネコババしようと思わないでくれ。
ペンキ塗りに夢中のおとうは、すべてペンキ塗り中心に毎日が動く。木曜と金曜は午前中で仕事を切り上げてもっぱらペンキ塗り。(妻にも「ペンキ塗り中心」の生活を強いる。夕飯は朝のうちにつくっておかなくてはならない。)テレビももっぱら天気予報のチェックで、「今週末がペンキ塗りに最適だ。ハシゴを借りて、高いところを済ませよう!」とのたまう。「今度補習校のお迎えはかーちゃん一人で行ってくれ。俺はペンキ塗りをしているから。」で、木曜日の昼休み、おとうは大きなvanを伴って帰ってきた。「ハシゴを借りてきたぞ!」vanのオジサンはヒョイっとハシゴをおろし、「どこに掛けるんだ?」と聞いた。おとうがフロントポーチの階段のところを指差すと、ハシゴを伸ばし(二段スライド式なのよ)ヒョイっと掛けた。「ほうほう」おとうは納得した様子だった。
「まずは飯だな。」ハシゴを降ろそうとしておとうは叫んだ。「重い!手伝ってくれ。」結局、おとう一人ではハシゴを移動させることもかなわないのだった。二人がかりでもヨボヨボよろよろ、そりゃもう危険極まりない。ガキンチョが「咽が痛い」などとほざいたので、待ってましたとばかり土曜日の補習校も休ませてただひたすらペンキ塗り。日曜日もとにかくペンキ塗り。私はおとうが怖がっている時はハシゴを押さえる係。それでもたまにくしゃみをしたり、ミーと話をして笑ったりしておとうに叱られた。それ以外は、とにかく不測の事態に備えて、そばにいなければならない。仕方なく、巨大なお好み焼きのへらみたいなヤツで芝のエッジを切る。これをするのとしないのでは見栄えがずいぶんと違う。おとうは3本のブラシを使い分け、丁寧に塗っていく。出来栄えはプロ顔負け。
あとで、ホーム・ディポの広告で調べたところによると、ハシゴには4つのランクがある。軽い作業の家庭用(荷重200ポンドまで)、中程度の作業用(225ポンドまで、ペンキ塗りや家のメンテナンス)、重度の作業用(250ポンド)、そして超重度の作業用(プロフェッショナル向き、300ポンドまで)。おとうが借りたのは、プロフェッショナル向きのハシゴなのだった。この地上最強のハシゴは移動するのにはとんでもなく不便だが、仕事をするには最も安定がよく、高いところが苦手なおとうにはむいていたといえるかもしれない。作業が無事に終わった今だから言えるのだけれど。
ハシゴは月曜日の朝、vanのオジサンが取りに来た。彼はまたヒョイっと持ち上げて、車に積んだ。おとうより確かに背は高いが、どちらかといえば細身のオジサンである。決してマグワイアのような筋肉隆々としたヒトではないのだ。いったい、なにが違うんだろうねえ。