ペンキ塗り その3



 試し塗りした階段の手すりで、おとうは愕然としている。「かーちゃん、ペンキが!ペンキがおかしい」おかしけりゃ笑え!と突き放せないほど、おとうは真剣な顔をしている。手すりを見ると、塗ったペンキがプツプツと浮き上がっている。触るとベタベタしている。爪で引っ掻いたら、ペンキははげてしまった。「いったい、どーしたんだ?」

 手すりを洗った後はよく乾燥させてペンキを塗った。考えられることは、厚く塗りすぎたこと、かなあ。私が考えていると、「このペンキでいいのか?室内用を買ったんじゃないか?」ちょっと!買ったのはとんちゃんでしょ!8缶も買っちゃったのよ。いまさら間違えてましたじゃ、すまないよ。「しょうがない、見てくるか。」おとうは物置にいってペンキの缶の説明書を見る。「おい、これ水性って書いてあるぞ!」おとうは薄暗い物置で、缶の小さな文字を読んで叫んだ。「あれ?でも、これでいいはずだぞ。あれ?やっぱり読まなきゃだめかなあ」だめよ。読んでちょうだい!

 缶を家の中に持ってきて、おとうは読んだ。(最近おとうは近いものが見えにくくなってきたんだそうな。缶を遠く離して読んでいるのを見て、私はメジャーで計ってしまった。41センチ離して読んでるのよ。老眼っていうのよね。)分かったことは、水性だけれど、乾くとゴムのようになって水をはじく性質だということ。これは前もって調べてあった通りである。「ペンキの前にオイル・プリマーを塗れって書いてあるぞ。」おとうは早速オイル・プリマーなるものを買いに行った。(よく見たらprimerと書いてあった。だから、発音はプライマーになるんだと思うよ。)この日から、おとうの実験は始まったのだ。以前stainのペンキを塗った板に線を引く。半分にはオイル・プライマーを塗り、半分はそのまま。さらにそれぞれを4等分し、問題のアイボリーを塗らないのから始まって1度2度3度と重ね塗りをして、比較しようというのだ。「朝露に濡れるとダメージを受けるってちゃんと説明がしてある。」おとうは感心して缶を眺める。最初から読んどけば良かったものを…。「でも、乾いた後の朝露で剥がれやすくなっちゃうのなら、外回り用のペンキにとっては致命傷だよなあ。」ある朝、3度塗りが完全に乾いてから、おとうはその板をシャワーに当てた。水がもったいないなあ、と内心思ったのだが、こーゆーときは好きにさせるしかない。ゆうに15分経ったところで「昼までこのままシャワーをかけておいて…」おとうがこう言った時、はじめて私は口をはさんだ。「ちょっとー!冗談じゃないわよ。水がもったいない。もう止めなさい!」おとうはだまって水をとめて板を持って来た。3度塗りしたところはプツプツとペンキが浮き上がっている。爪で引っ掻くとアイボリーのペンキは3度塗りだけでなく2度塗りも1度塗りも、すべてに傷がついてしまった。「こりゃ、使えねえな。」おとうがつぶやいた。

 ペンキを買った時のレシートを持って、私達は返品に行った。おとうは言った。「振り出しにもどったわけだな。さて、何色にするかなあ。」え?色からまた考え直すつもりなの?ジョーダンはよしてちょうだい。いつになったら仕上がるのよー!!!