ハエ



 毎年この時期になると、ハエが大量発生して困っている。最初の年は、家の中に桃がたくさんあって、その匂いに誘われて入ってくるのだと思っていた。アメリカの桃は固くて酸っぱくて…、と日本人には評判がよくないのだけれど、完熟させるとそりゃあもう、すんごくおいしいのよ。日本では桃はものすごく高価で、子供が生まれてから私は種のまわりにへばりついたところしか食べられなかった。こっちに来てすぐ、ピーチ・フェスティバルでどっさり桃を買って、たらふく食べたのよ。うれしくって涙が出そうだった。だから、ハエくらい許してあげなきゃと思っていた。

 翌年から、桃の買い溜めはしなくなり、家中を覆っていた「完熟桃の匂い」はなくなったにもかかわらず、ある時期ハエがいっぱいになってしまうのだ。窓もドアも閉っているのに、ハエが家の中を飛び回る。下水から来るのか、エアコンの吹き出し口からか、衛星放送のケーブル用に開けた穴からか、おとうと首をかしげるばかりである。おとうは「家の中で大量発生してるんじゃないか?」とそれとなく主婦の怠慢を指摘する。さらに「ガキンチョが部屋に食べ物を隠して、そこからウジが…」と疑いの目を子供に向ける。家の中ねえ。どうしよう。

 ある日、ガソリンを入れに行った。車の中にハエが1匹入っていて、これがなかなか出て行かない。窓をずっと開けておいたのに、ガソリンスタンドに行くまでずっと車の中にいた。しつこいやっちゃ。そう思っていたが、その2日後、車に乗ったら、またいたのよ、そいつが。車で10分ほどのスーパーに着くまで、そいつは外に出てくれなかった。相変わらずしつこいやっちゃ。???炎天下に置いてある車の中で、いくらなんでもハエが生きているとは思えない。こりゃ、違うハエのはずだ。スーパーの駐車場でハエを追い出しながらよく見ると、フロントガラスとダッシュボードの隙間にはすでにこときれたハエがどっさり。

 だいたいこのあたりは、目立たないけれど、馬や牛を飼っている家がいっぱいなのだ。ハエがいるのは不思議ではない。我が家は築10年ほどの木造で、はっきり言ってドアにも窓にも隙間がいっぱいだ。蚊もハエもゴキブリも「いつでもいらっしゃい」と言ってるようなもんである。やはり、外から侵入してくるに違いないのであった。ハエくらいとは思いながら、ハエたたきを手放せないのがいまいましい。

 ある忙しい朝、ハエたたきを手に逆上する私におとうが言った。「ハエを好きになりゃ、気にならなくなるぞ。」朝ご飯を食べていたミーがやってきて、カーペットに転がり手足をこすりあわせている。ハエの真似をしているのだ。カオが言う。「手や足をこすってるのを見るとね、ハエってなんとなくかわいいんだよ」何をしても(しなくても)かわいい末娘、ミーのハエはやはりかわいい。「ハエがう××にとまらなくなったら、好きになってあげよう。」私はそう答えておいた。