ふんわりふわふわケーキ



 アメリカではディナーにケーキはツキモノである。フランス料理でもフルコースには甘いデザートが欠かせない。甘いものは満腹感を感じさせるので、とどめの1撃になるというわけである。たとえ欠かせないものでも、最近は手作りをする人が少ないようだ。ホームパーティーでも買ってきたケーキがドンとおかれている。

 一方グローサリーにはいろんな種類のケーキミックスがとても安く売られている。大抵のものは水と卵とオイルをケーキミックスと混ぜてオーブンで焼くだけだ。ものすごく簡単。これを手作りと呼んでは罪な気すら覚える。が、ここではこれも手作りで通用するのだ。

 ガキンチョは何でもやりたがりで、これまでにもパンやケーキはことある毎に作っていた。失敗したくない時も手伝いたがって困るほどだった。何事にもいい加減な母は、ケーキでもパンでも「このカップに半分くらいね」てな調子でやっていたのだが、ガキンチョたちは夏休みに一緒に行ったグローサリーでケーキミックスをじーっとながめては「これ、作ってみたい!」と言いだした。「これ、簡単そうだから、一人で作りたい!」ケーキミックスの中には、ピンクや水色のスポンジてな物があって、そーゆーのは選択の対象から外してもらう。それと、香料がドバドバ入っているのは避けて欲しい。まったくこっちのケーキの中にはまるで石鹸か化粧品といった匂いが珍しくない。そういえば、私が子供の頃「良い匂いのする消しゴム」が流行った事がある。授業中にクンクン消しゴムの匂いを嗅ぎ続けて、先生にしかられたヤツがいたっけ。そんなことを思い出させてくれるのだが、食べるのはごめん蒙る。ワシントンでいった博物館で人工香料と天然の匂いを比べるというコーナーがあった。モノによっては人工のものでも遜色ないけれど、例えば人工香料のチェリーは、似て非なるものである。人工香料のチェリーは私の最も苦手な匂いの一つなのだ。で、ケーキミックスも「チェリーフレバー」は対象外。箱に表示してあるNutrition factも参考にして、ちょっとでもましなものを選ばせる。ああだ、こうだと難癖をつけても、ガキンチョはそれぞれ違う種類のケーキミックスを見つけてきた。

 以来、夏休みは日替わりでケーキを作っていた。一応「厳選」したものなので、焼き上がったのを買うよりずーっとましだが、毎日続くと身がもたない。最近は「夏やせ」ではなく、「夏太り」するケースが増えているらしいが、我が家もみんなで「夏太り」してしまう!しかも、ケーキミックスのタネって、自分で作るものに比べてものすごく固いのだ。思い切り固くてどっしりしたものが、焼きあがるとふっくら柔らかいケーキになる。こりゃ、強力な発泡剤が入ってるに違いない!そのほかにも何が入ってるかわかりゃしない!困っていると、ある日バターピーカン・ケーキを作り終えたカオが言った。「簡単すぎてつまんない!」そうそう、その調子。やっぱり手作りの方が面白いって!

 さて、その晩、デザートにバターピーカン・ケーキを食べた。ピーカンとカラメルの香りが広がる。ふっくらとして、さほど甘すぎず、後を引く旨さ。うーん、こりゃ母の面目丸つぶれじゃないのさ!こうして、夏休みが終わった今、母は一人で「ふっくらふわふわ、きめも細やか、それでいてあんまり甘くないケーキ」開発に執念を燃やしている。ケーキミックスに負けてたまるか。ケーキの成功が先か、夏太り対策の先送りが悔やまれるのが先か、見当もつかない。近所のガキンチョだけが大喜びで毎日食べに来ている。