ここにいたいの!
私達のビザは3月で切れることになっている。そのあとどうなるのか「年末には決まるだろう」とおとうは去年言っていたが、なかなか先の見えない状態が続いていた。ガキンチョは今年の初めにはおとうが日本で住むところを探しはじめると思い込んでおり、学校でもそれを口走ったため、私はほうぼうで突っ込まれた質問を受ける結果となった。中には「逆単身赴任」をそそのかす人もいた。「家族は一緒にいなくっちゃ!」というこの辺りの考え方からすると、突拍子もない発言だけれど、「ミスター・サイトーは3ヶ月もしないうちに戻ってくるわよ、さびしくってね。」というオチがついていた。「逆単身赴任」が難しそうだと悟ると、次は「チーがこっちの大学に来ればいい。」となる。「高校の後半からこっちに来れば?」なんて、よそんちの子なのによく考えてくれる。とにかく、みんなして引き止めてくれるのはうれしい。
そんな中で、どうやらあと1年、滞在が延びそうな気配になった。おとうの会社が手続きに入ったそうで、ガキンチョにその旨を告げた。チーは早速仲良しのアマンダに電話をした。アマンダはaccelerated classの勉強が大変で、最近成績が落ちている。ストリングスのクラスに入りたかったのに、通信簿のリーディングと算数の成績が悪かったため親の許可が貰えず、ストリングスは諦めなければならなかった。以来頑張っても、頑張っても、毎日新しくて難しいことばかりが出てくる勉強に、ちょっとやる気がなくなっているらしい。「どうせチーは3月にはいなくなっちゃうんだし、クラスを変わりたいなあ。」とアマンダはブツクサ言っているのだ。で、チーは電話で「あと1年いられるって!」と話したのよ。そして「多分、私は来年もaccelerated classになると思うな。」とつけくわえたんだそうな。そうしたら、アマンダは大喜びして「じゃ、私も頑張ってみる!」と力強く答えたんだって。
ところで、去年の暮れから、読売新聞のコマーシャルでイッセー尾形氏のシリーズがTV―JAPANで流れなくなってしまった。ガキンチョも大好きだったのだけれど。その中のひとつにこういうのがあった。イッセー尾形氏が新聞紙を丸めてゴルフの素振りをしている。ところはアメリカの大都会、自宅のリビングルームという設定のようである。妻に向かって(シリーズ中、妻は声は出したが姿は出なかった)「アメリカへ来てよかったなあ。家は広いし、ゴルフも安いんだよなあ。」とつぶやく。ところが妻は日本に帰りたいといっているらしい。あわてた尾形氏新聞紙を広げて読むふりをしながら「生きがいを探そうよアメリカで…」と言う。これを見て、おとうも私もこれがアメリカへ来たばかりの夫婦の姿に違いないと思ったものである。我が家もそうだけれど、はじめのうちは夫は元気なのよ。食料品の買い出しだって、時差ボケや言葉の壁でフラフラする主婦を尻目にテキパキと頼もしいの。それがいつのまにか見事に逆転するのよ。私だって、言葉は分からないままなのに、今じゃここが居心地良くってたまらない。仕事をしているおとうは、通勤地獄がなくなっても、残業がなくなっても、どこへ行ってもやっぱり疲れてしまうのだ。
滞在が一年延びて、ガキンチョも私も「寿命が延びた」というのが実感である。ミス・ケイとミセス・クインは異口同音に「次の手を考えなくっちゃ」と言った。滞在をもっと引き伸ばすための「次の手」のことである。私は答えた。「ミスター・サイトーをその気のさせることね。」