幼稚園児もつらいのよ
みーは今のところ大喜びで幼稚園に行っている。かといって、安心はできない。ウチのがきんちょは皆、最初は平気だったのだ。しばらくして親の緊張がとけたところで「幼稚園、行かない!」となった。みーだってそうならない保証はどこにもない。
ミセス・スミスとミセス・ヒューストンはみーが英語で話しができていると言って喜んでいる。みーがグラウンドでころんでひざをすりむいた時「友達と一緒に走っていて転びました。もう一人の子はひじをひどくすりむいてしまって、ナースに行ったんですよ。みーはひどくなくてよかったわ。」とミセス・スミスは言った。みーによると一人しつこい男の子がいて、いやだというのに追いかけまわして「プッシュ」するのだそうだ。で、自分までころんで大泣きしたという。「みーは男の子のお友達ができて、英語でたくさんおしゃべりをしています。」とミセス・ヒューストンは言った。それもみーによれば「プッシュするのよ。やめてっていってもノー!って言ってやめないの。いやになっちゃう!」となる。どうもその男の子というのは同一人物らしい。みーには頭に来ても仕返しをしてはいけないとしっかりくぎを刺しておいた。もう少し様子を見て、必要だったら、先生に「特別の目」で見てもらうことにしよう。
日本の4才児はたいてい幼稚園か保育園に行っていて、集団でいることになれている。それ以前にも、公園で友達と一緒に何かをするということができる。最近は親の社会の影響もあってか公園でも派閥があって、集団で遊べるのがいいことか悪いことか一概には言えないけれど…。それにひきかえ、アメリカの子は4才で友達と遊べる子はめったにいない。年の近い兄や姉を持っている子が多少遊べるが、それでも遊んでもらうことになれていて、同年齢の子と対等に遊ぶのは難しいようだ。K-4のクラスを覗くとよくわかる。みな、それぞれの遊びをしているだけなのだ。粘土を何人かでしているかと思えば何のことはない。たまたま粘土遊びをしている子が何人かいただけで、子供の間にコミュニケーションはない。まるで自分以外の存在に気づかないかのように黙々と遊んでいる。
自分以外の子供の存在に気づいて、少しずつコミュニケーションを始め、一緒に遊ぶようになるまでを身近に見られる先生って、うらやましいなあ。ミセス・スミスにそれを言ったら、「そのとおりよ!どの年齢の子供も好きだけれど、この4才っていうのが一番好きなの!」と抱きついてきた。考えようによってはみーにつきまとう男の子はみーの存在に気づいている訳だから、案外早く遊び友達になれるかもしれない。みーにそう言ってみよう。