勉強もつらいのよ



夏休みももうすぐ終わるという時、英語を習うことになった。生徒はちー、かお、のんとこの母である。先生はちーとかおのESLの先生だったミス・ケイだ。ESLが受けられなくなったと知って、渡米して2年もすぎた今、個人授業をお願いすることになったのだ。だいたい、私はアメリカへ来てまもなくするはずの勉強を今まで何にもしなかったのだから、がきんちょに宿題だナンダと言う資格はないのかもしれない。でも、今からだって何もしないよりはましでしょ?

ミス・ケイいわく、今まで通りESLがあったとしてもちーとかおはある水準を超えてしまったため、ESLは受けられなかったろうという。でも、もっともっと上達して欲しいと彼女は快く先生を引き受けてくれた。

母は情けない。だって、めちゃくちゃにも程があるっていう英語なのよ、私のは。だから、宿題も「分からないところはちーに聞いて」なんていわれるし、実際母の文法上の間違いを直してくれるのはちーなのよ。スーパーやレストランでの会話は会話とは言えないくらいの英語で、だから私はあまり困らずに生活している。でも、たとえば日本の文化とアメリカの文化について誰かと話をしようとしても私の英語では無理である。でも、話がしたいのよ。だから、この際母もミス・ケイのレッスンを受けることにしたと言うわけ。

彼女は私のワケの分からない英語にちゃんと付き合ってくれる。「日本のこと私も知りたいから一所懸命教えるわね」と言ってくれた。「みーもんもべんきょうするの!」という声にこたえて、ミス・ケイは5分ほどみーにも教えてくれる。「みーはただにしてあげよう。親孝行だね。」とミス・ケイ。みーのレッスンは楽しそうでほかのがきんちょまで入って大騒ぎ。

昔、英語の授業は大嫌いだった。まさかこうして英語の国に住むとは思ってもいなかったから、ただ、単位が取れればいいという科目だった。だから文法なんて頭の片隅にも残っていない。そう言われりゃ1人称単数の時、動詞の現在形にはsがついたなあと思うけれど、実際話している間にはたまに抜けてしまったりするのよ。複数形のsも冠詞、定冠詞も抜けてしまう。そーゆーのをミス・ケイはしっかり聞き取ってノートにメモして後で注意してくれる。「耳がいいのねー!」と言ったら、「長いことやってるもの!」と言った。ミス・ケイは英語を母国語としない人に英語を教えて15年になるベテランなのだった。

おとうの英語を聞く機会はあまりない。生活するのに困っているわけではないし、仕事もしているはずだからいいのかもしれないが、一応聞いてみた。「とんちゃんもミス・ケイのレッスン受ける?」「やだ、英語は嫌いだ。」こういう人がどうしてアメリカで仕事してるんだろうね?