鮭を焼く



 おとうがある晩叫んだ。「鮭が喰いたい。明日の朝は炊きたてあったかご飯に鮭だ!」おとうは「俺が焼く。解凍しとけよな。6時に起こしてくれ。」とのたまう。がきんちょにも「明日は鮭を焼くから早く寝よう!」と言った。

 翌朝、6時きっかりに声をかけた。起きる素振りがあればバックヤードのグリルに火をつけておいてもいいと思った。でもやはりおとうは起きる気配すらない。ここいらでは外で何かを焼くのは亭主の役目である。妻はゆっくりワインでも飲んで待ってるの。まあ、ウィークデイの朝からグリルを使うのは滅多にあることじゃないだろうけれど。そして、実際問題としてグリルで魚を焼くのはおとうの方が上手い!という事になっているのだ。とにかく私は魚なしでご飯が食べられるように急いで支度をした。起きてきたがきんちょは「やっぱりないか」と言った。

 その日の夕飯に鮭を焼いてもらうべく、グリルに火をつけておこうと外に出た。まずい、風がものすごく強い。こういう日はグリルが使えない。でも、他におかずのあてはない。オーブンでは、匂いがしばらく残ってしまうので焼きたくない。こう言う時せめて強力な換気扇があるといいのに。コンロの上にファンがついてはいるけれど、吸い上げた空気が紙のフィルターを通って戻ってくるだけなのだ。魚焼きには頼りない。でも、日本から持ってきた焼き網で決行することにした。

網を温める。この段階で匂いと煙が充満する。窓を開けると時折風が吹き抜ける。鮭は大きな切り身が2切れ。「分厚いところをちょうだい!」と言って買っただけのことはある。少し焼いてからアルミ箔で覆うことにした。でないと中まで火が通らないうちに焦げちゃう。

 家の中ではがきんちょ達が遊んでいる。魚が苦手なベッキーも平気で遊んでいるから匂いはあまりこもっていないのかもしれない。おとうが帰ってきた。おとうは「ただいま」と言ったことがない。たいてい「はらへった。メシは何だ?」が挨拶である。たまに匂いでメニューがわかると「カレーだな?」とか「今日はそばか?」となる。今日の挨拶は「あー、はらへった。メシは何だ?」だった。やはり匂いはこもらなかったのだ。

 「鮭は旨い!」叫んでからおとうは、「お父さんと鮭を買いに行く子はいませんか?」と言った。夏時間になって、外はまだ昼間のように明るい。結局6人揃って、鮭を求めてスーパーへ行ったのであった。