夫への欲望



    聖書講座で私はいつのまにか唯一の生徒になってしまった。おとうが出張だったし、その後はがきんちょが誰かしら風邪を引いているので、おとうは留守番をすることになるのだ。ちょっと前から、みーは3ー4才児のコースに行くようになった。いつも素直にクラスに入るとはかぎらないけれど、付添なしでクラスに参加するようになったのだ。親離れの感傷に浸る暇はない。マンツーマンの聖書講座は良い機会だけれど、あたしゃ肩が凝る。

 テキストに使っている「創世紀」というのは旧約聖書の一番始めに出てくる文書である。天地創造やバベルの塔、ノアの箱船などが入っている。でも、単語を一つずつ丁寧に解説してくれるものだから、遅々として進まない。マンツーマンになったのを幸いに疑問を素直にぶつける事にした。

 アダムとイブの話をご存じだろうか?

 神は人間に、「エデンの園のどの木からでも食べてよい、ただし善悪を知る木からは食べてはならない。」と命じた。ある日、ヘビがイブをそそのかして善悪の木の実を食べさせ、アダムもイブに差し出されるまま食べてしまった。それを知った神は、ヘビに「生き物の中でもっとも呪われ、はいまわる。」イブには「苦しんで子を生まなければならない。それでも夫を慕い、夫に支配される。」アダムには「食べるために額に汗して働かなければならない。土から生まれたのだから、死んで土に還るのだ」と告げる。

 さて、この中で先生であるドッディーは"Your desire will be for your husband, and he will rule over you." という箇所を「夫の上に立ちたいという欲求を持つけれど、夫はあなたを支配するだろう。」と解説した。desireはもちろんセクシュアルな意味だけじゃないんだろうけれど、日本語の聖書には「あなたは夫を慕い、彼はあなたを治めるであろう。」とある。「慕う」という言葉から「支配したい」という欲求を汲み取ることは、私には出来なかった。ドッディーに日本語訳の説明をして英語版ではどうなのかを尋ねた。彼女いわく英語でもセクシュアルな印象だ、という。じゃ、なんで「夫の上に立ちたい」ってなるの?ドッディーは原典を調べると言ってくれた。

 翌週、ドッディーは結果を教えてくれた。desireに当たる単語は原典(ヘブル語)では二つの意味をもつ単語が使われている。一つの意味は"run over"で、前を走る車である夫を大きな車の妻が乗り上げて走っていく様子を絵に描いて説明してくれた。何だ?尻に敷くっていう雰囲気かな?そしてもう一つはlonging。日本語版も英語版もこちらの意味だけを伝えているのだった。

 この創世紀には言葉遊びとも言える箇所がたくさんある。ダジャレといってもいいかも知れない。翻訳したものしか読めないのが残念なほど。娯楽などあまりなかった大昔、辻々で詠われる創世紀の物語に二つ目の意味を読み取った人達が含み笑いをしていたのかも知れない。

 「聖なる書」をこんなふうに解釈して不届きな!と思う方があったら、ごめんなさい!