太陽の使者 鉄人28号 〜 SS 〜

     青い……


 膝をかかえ、身体をあずけている透明の壁のむこうに、どこまでもひろがっている星の海。

 大人たちが大騒ぎをしている部屋を抜けだして、金田正太郎は、この薄暗い格納庫で、ぼんやりと宇宙を眺めていた。

 かすかな音がして、扉が開く。

 入ってきたのは背の高い白衣の男。

 黒縁眼鏡の奥の真剣な瞳が、

 小さな背中をみつけ、

 とたんに優しくなる。

 よほど走りまわりでもしたのか、

 空調のきいた艦内で

 うっすらと汗までかいている。

 その男、敷島大次郎は、なにも云わず、

 正太郎の傍らに来た。

 正太郎が丸くなっている窓枠のむこうに、

 薄い大気につつまれた青い地球が、

 ちょうど見えはじめたところだった。

「はかせ」
 窓の外をながめながら、正太郎がつぶやくように云う。
「なんだい?」
 けだるそうに膝をかかえている少年は、輝く地球に目を細めながら、嬉しそうに微笑んだ。
「……きれいですね」
「ああ」
 暗黒のなかに浮かぶまばゆい光は、今日この日こそ、まさに奇跡と云ってもいいだろう。
 感慨深げにうなずいてから、大次郎はあらためて正太郎を見た。
「正太郎くん。ざっとした分析結果がでたよ。おそらくあれは、十中八九、天然の岩石だったらしい。驚異的な硬さをもつ未知の原子のね。しかしなぜあんな高速で宇宙を移動していたのか、それを解明するのはかなり困難だろう。地球めざして投げつけられたものなのか、ただ偶然、ああいう軌道をとったのか……。自然の摂理なら、今日人類は滅びる予定だったのかもしれないが、どうやらわれわれは、また生き延びることができた」
 淡々と語ってから、大次郎は微笑んだ。
「正太郎くん、ありがとう」
「ぼくじゃありません。鉄人が、頑張ったんです」
 いつものように云って、正太郎はゆっくりまぶたを閉じた。
「ぼくは……、正直、怖かったです」
「恐怖に立ち向かう勇気を持っている。それは、きみの強さだよ。……正太郎くん?」
「よかった」
 しずかに深呼吸するように、正太郎がつぶやく。
 硝子に身体をあずけて動かなくなった少年に、大次郎は身をかがめて顔を近づけた。
「しょう……」
 問いかけももう聞こえないようで、すぐにちいさな寝息が聞こえる。
 腕時計に目をやって、大次郎は息をついた。
「そうか。地球ではもう真夜中だ」
 白衣を脱いで、そっと少年の肩にかけてやってから、大次郎はしばらくその寝顔をみつめていた。

「いたいた! こんなところで、いったいなにをやっとるんです……、か」
 どたどたと入ってきた大塚茂は、正太郎に気づくとあわてて口元を押さえた。
「さがしましたよ」
 極力小声で、大塚が大次郎につめよる。
「うえは、この英雄をたたえる声でいっぱいですぞ。帰ったら、またえらい騒ぎになりそうですなあ」
 正太郎を見おろして、大塚が溜息をつく。
「それにしてもまいった。ほんっとーに、正太郎くんにはまいりました」
「なにをまいってるんですか」
「なにって、わしはもうオロオロしっぱなしで……、なさけないったらありゃしなかったんですよ」
 頭をかきまわしながら、つい声が大きくなったのを大次郎に目で制され、大塚がまた息をつく。
「なにもかも矢面に立つのはこの正太郎くんだというのに、わしは気の利いた言葉ひとつ云ってやれなかった。インターポールの問題で動揺しまくってまして、シャトルのなかで、逆に正太郎くんに励まされてしまったんですよ。ぼくが頑張りますから、ってね。云われて頭がいっぺんに冷えました。まったくもって、お恥ずかしい」
「警部の必死さが伝わって、この子も頑張れたんだと思いますよ」
「そんななぐさめを云わんでください。こういうとき、おのれの本性がわかりますなあ」
「まあ無事に終わったことですし。……そうだ。毛布のようなものが、どこかにありませんか? ちょっとここ、寒いでしょう」
「ああ、わしが部屋まで運びましょうか」
「もうすぐ地球ですし、起こすのもかわいそうなので」
「よし。調達してきましょう。やれやれ、まったく、わしにできるのはこれぐらいだ」
 すこし明るい表情になって、大塚は部屋をでていった。
 また静寂がもどる。
 窓へ目をやって、大次郎はふと、硝子に映った影にふりむいた。
 役目を終えて、静かに横になっている巨大な鋼鉄の塊。
 傷だらけですすけてはいたが、地球で簡単な整備を済ませれば、すぐ動けるはずだ。
「鉄人……」
 そっと呼んでから、小さな寝息を見おろし、大次郎は、正太郎がここにいた訳をやっと理解した。
 正太郎がこの相棒をどんなに大切に思っているか、わかっているつもりで、いつも驚かされる。
 微笑みは、すぐ苦い表情に変わった。
 まだこんな少年がひとり、命懸けで多くのものを守っている。金田博士の忘れ形見だからと、あの大きな存在を勝手に重ね見られて、信頼という重荷を押しつけられて。
 これでいいのか。
 いちかばちかという現場に小さな背中を送り出さなければならないたび、大次郎の胸中にはいまだ、そんな迷いがつきあげてくるのだった。

 これでいい。

 間違いなく、問えばそう返されるだろう。
 息をついて、大次郎は正太郎の隣に静かに腰をおろした。ふれる程度にそっと、髪に指をすべらせる。
 この小さな肩に折り重なる荷物を、すこしでも軽くしてやりたい。
 自分の生涯は、この子を守るためにあるのだと、できることはほんのわずかだが、それが大次郎の誇りでもあった。

 一段と大きくなった地球が、まぶしいくらい輝いている。
 星のなかにうずまいている様々な生きざまは、今は遠く、ただただ美しい。
 あの青い一点に戻るまで。それくらいはせめて、正太郎がやすらかに眠れるようにと、大次郎は誰にともなく祈りながら、悲しいほど雄大な光景を見つめていた。

 

    (おわり)

 


 正太郎くん12歳の春。

 正太郎くん、寝てる話が多いですよね。
 なんでだろ〜(^^ゞ (←たまには休んでほしいから?)

  2000.10.09 UP / 2017.12 少々改訂

 

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