太陽の使者 鉄人28号 〜 SS 〜

     ながれ星


 

 あかりが灯っているのに驚いて、あたりを見まわすと、整備室の入口が開いている。
 ほのかに薄暗い室内に小さな人影をみつけて、大次郎はおもわず微笑んだ。
 計器盤の上に両腕をくずし、しずかに寝息をたてている少年の顔をのぞきこむ。
 今日はよほど疲れたのだろう。休むように云ったのだが、ついひとりでここへ来て作業をしているうちに睡魔に負けてしまったようだ。
 コートを脱いで、小さな肩にそっとかける。
 室内はすっかり冷えきっていた。このままここに寝かせておくわけにはいかないが……。
 しばらく迷ったあげく、意を決して、大次郎はそっと少年の肩を起こし、膝をすくいあげた。
 小さな声がもれる。しかし、目を醒ます様子はない。
 半分ほどまだ椅子に体重をかけたまま、大次郎はちょっととまどうように胸の中の少年をみつめた。

 いつのまに、こんなに重くなったのだろう。

 部屋までちゃんと運んでやれるか、しばし苦笑しながら迷う。途中でとり落としてしまったりするよりは、起こして歩かせたほうが親切というものだろう。
 しかし、意地のようなものがふつふつとわいてきて、大次郎はそのまま完全に抱き上げた。
 抱えてしまえばすこし余裕もあり、息をつく。まだしばらくは、なんとか大人の威厳をたもてそうだ。
 あどけない寝顔をもたせかけている正太郎を、大次郎はコートごと包み込むようにそっと深く抱えなおした。
 扉のところで、ここをでていくときのいつもの正太郎の言葉を思い出し、大次郎は足をとめた。ふりむいて、硝子の壁ごしにひろがっている暗闇のなかに、黒い巨体を見分ける。
「おやすみ。鉄人」

 小屋へ向かう裏庭の小道には、きのうの雪がまだ薄くつもっている。
 道の半分くらいまで来たところで、正太郎がちいさくふるえるように身じろいで、うっすらと瞼をあけた。またくっつきそうになる瞳が、とつぜん大きく開かれる。
「起こしてしまったか」
「……はか……せ、あれ?」
 まだ寝ぼけている正太郎を、おかしそうに大次郎がみやる。やっと状況を把握して、正太郎があわてて大次郎の腕をつかまえた。
「あの、すみません。降ります」
「星がきれいだよ」
「え……」
 見あげて、雲ひとつない星空に正太郎が声を失う。
 まさに降るような夜空だった。
「冬の星は好きだが、今夜はまた一段と素晴らしいね。手が届きそうだ」
 間近でみる大次郎の楽しげな微笑みに、正太郎は現実に立ち返った。
「はかせ、ですから、あの……、ええっ?」
 おもいきり抱えなおされて広い胸に顔中うずまった正太郎は、なにがなんだかわからないまま大次郎の笑い声に包まれていた。
「正太郎くんも、大きくなったなあ」
「……は、博士っ」
 肩にすがって顔をあげると、大次郎のやさしい瞳と目があって、正太郎は困ったように口をつぐんだ。大人顔負けの仕事をこなしているこの少年は、こんなふうに子ども扱いされることがほとんどないのだ。
「すぐに、きみは大人になるんだ。いまのうちに、すこしは父親らしいことをさせてくれてもいいだろう?」
 正太郎は観念して息をついた。
「博士は、いつまでだって、ぼくのお父さんですよ」
 すこし照れくさそうに笑う、そのあどけない微笑みを、大次郎は胸にきざみつけるようにみつめた。
 常に大人たちの中にあって、甘えることを許さない厳しさを自分にかしている少年の、本来の子どもらしい笑顔。
 ふいに視界がぼやけて、大次郎はまた星空へと目線を上げる。
 父親を名乗る資格など、自分にはないのではないだろうか。
 腕の中の少年を、このままさらって、どこか遠くへ逃げてしまいたいような衝動に襲われて、大次郎はそっとふるえる息をついた。
 この大切なぬくもりを危険へと追いやっているのは、ほかでもない自分自身だ。もし、この存在を失ったら、自分は決して己を許さないだろう。
「はかせ?」
 黙ってしまった大次郎をうかがうように、正太郎がささやく。
「……正太郎くん」
「はい」
「わたしは、きみを……、とても大切に思っているんだよ」
 正太郎は驚いたような顔をして、あらためて大次郎を見上げた。
「これだけは忘れないでほしい。わたしはきみを守りたい。わたしにできることはなんだってする。だから、どうか無茶はしないでくれ」
 めずらしく感情のまましぼりだすように云う大次郎を、正太郎は黙ってみつめた。
 鉄人の操縦のために、いつ爆発するかわからないビルの間近に無理やり近づいて救助作業をつづけた、昼間の現場でのことを云っているのだろう。正太郎は困ったように微笑った。
「博士、ごめんなさい。もうあんな無茶はしません」
「その台詞は何度も聞いたね」
「ほんとうです。勇気と無茶は違うって……今日、博士に云われたこと、ぼく、ちゃんとわかったつもりです」
 無事、生き延びたとわかったときのとけるような安堵感は、正太郎の記憶の底にまだふかく残っている。
「……ただ」
 ひどく心配をかけてしまって昼間はなにも云えなかったが、星空の下では想いを口にするのがなんだか簡単に思えた。
「はかせ。博士は、あのまま鉄人がビルにとりつけなかったら、きっと一番最後まで残って、くい止めるつもりだったんでしょう?」
「……それは」
「あれは、無茶とは云わないんですか?」
「いや。それは……、だね。ひとにはあたえられた役割というものがあって…………。それとこれとは話が違うだろう」
「どう違うのか、ぼくにはよくわかりません」
 くすくす笑いだした正太郎を、大次郎が苦々しげににらむ。
「正太郎くん」
「すみません。だけど、ぼくだって」
 ゆっくりと言葉を止めて、正太郎はあらためて大次郎をみつめ、微笑んだ。
「ぼくも……、博士を守りたいんです。それは、忘れないでください」
 まいった、と描かれたような顔で、大次郎は弱々しくため息をついた。
「わかった。もうあんな無茶はしないよ」
 顔を見あわせて、どちらともなくふきだす。
 昼間は笑う余裕さえなかったのに思い当たると、大次郎は息をついて笑いをおさめた。
「まったく……、こんなふうに笑えるのも、ぜんぶ正太郎くんのおかげだね」
「そんなことありません」
 どこまでも謙虚な少年をとり落とさない程度に、大次郎があらたまって頭を下げる。
「ありがとう。正太郎くん」
 正太郎はあわてて首をふり、照れくさそうにただふわりと笑った。
「さあ、おやすみ。子どもはもう寝る時間だよ」
 大次郎があやすように云う。
 おかしそうに笑って、しかし素直に目をとじ、あたたかいぬくもりに顔をうずめた少年は、小さく息をついた。
「おやすみ……、なさい」
 大次郎が微笑んで、すこし歩調をおとす。
 少年は、すぐにまた睡魔につかまったようだ。静かな呼吸がだんだん深くなる。
 ほかに聞こえるのは、じゃりを踏む足音だけ。
 白い息のゆくえを追って星空をみあげると、ふいに小さな光がひとつ、西の空へと流れていった。
 足をとめて、しばらく祈るように瞳をとじる。
 それから、腕のなかのぬくもりをみつめて、大次郎はまたふたたび、夜の小道をゆっくりと歩きだした。

 

     (おわり)

 


 正太郎くん11歳の初冬。
 博士だっこ編(^^;ゞ

 またなんということもない話をひと〜つ。
 てゆーかまた親バカさんですね。

  2000.01.02 UP / 2004.10.04 改訂 / 2015.01.03 ミニ改訂

 

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