太陽の使者 鉄人28号 こばなし・その9   〜 夏和火 〜

 あきれた。
 テーブル中にひろげられた設計図とか本とか ノート。
 宿題が終わったとたん、またこの光景になるわけね。
「おまたせしました」
 ママの声でやっと顔をあげたふたり。そろってあからさまに、もう来ちゃったのか、って表情だから頭にくる。
 でも今日は努めておしとやかに、やんわりと云うのよ私!
「パパ。正太郎くん。今夜はもうのんびりするんじゃなかったの?」
「ごめんごめん」
 両手をあげて立ちあがった正太郎くんの立ち姿に目を奪われそうになって、余計に腹が立つ。見とれさせてやろうって気合い入れてたのに、完全にタイミングが外れた。
「マッキーたちが、あんまり遅いからさ」
「片付ける時間がもったいないじゃない。……って、あら。警部は?」
「ああ。すこし遅れるって」
「ええ?」
「正太郎くん。ここに来て、ちょっとみせてちょうだい」
「あ。はい」
 ママに促されてソファーの横に立ち、正太郎くんが照れたような笑顔をパパに送る。
「まだ長いんじゃないですか?」
「いいえ。これくらいでいいのよ。でも合わせはもうすこし……」
 手際よくいくつか手を入れて、一歩さがってママが微笑む。
「よく似合ってるわ」
「着せるのは、どうも勝手が違うから苦労したよ」
 ゆっくり立ったパパの浴衣はグレー。すらりとして、だんぜん決まってる。
 そっと、またとなりの、刺子の縞柄に視線をもどす。
 思い出がいっぱいある紺の浴衣。
 パパのものを仕立てなおした、……だから、なのかしら。
 この夏はけっこう背がのびて、正太郎くんは、もうママを見あげるって風じゃなくなった。
 どきっとするくらいパパに似てみえたのは、きっと浴衣のせい、ね。
 とつぜん我に返る。
 だから、なんだって、私のほうが見とれなくちゃいけないのよ。
 あわてて視線をそらしたら、パパと目が合う。
 う。いつから見てたの!?
「牧子も素敵だよ。よく似合ってる」
 にっこり笑うパパは別段なにも考えてる風じゃなくて、すこしホッとしながら、でもみんなに注目されちゃったので、わざとらしい咳払いをする。
「あたりまえじゃない。私に似合わない服なんてないんだから」
 帯までぜんぶおニューで、しかもママが念入りに着付けてくれた貴重な芸術作品だもの。
 でも内心がっくり肩をおとす気分だった。おしとやか作戦は、いまがらがらと終わりを告げた気がする。
 投げやりな気分になって、おかしそうに笑ってる正太郎くんをにらむ。
「なによ」
「いや。なんでも」
「なんでもなくて……」
「はいはい。おじゃましますよ」
 絶妙なタイミングで、大塚警部が現れた。
「すみません。たいへんお待たせしました。いや渋滞にはまりましてなあ。そこは避けますから到着は余裕ですが……。ん? なんだマッキー」
 思わず笑ってしまった私を、不審げに警部が見る。
 大塚警部は、場をなごやかにする天才なのよね。
「だって……。いちばん着物が似合うのは、だんぜん大塚警部だわねえ」
「わしがいちばん割腹がいい、と云いたいんじゃな」
「大正解!」
「こらこら牧子。……警部。わざわざ休みの日に、すみません」
「とんでもない。わしも楽しみにしとるんですから。しかし、家族みずいらずの日にまあこういつもお邪魔していて、いいんですかねえ」
「なに云ってるのよ。大塚警部は家族みたいなものじゃない」
「そうですよ、警部」
 正太郎くんも大きくうなずいたので、警部が照れたように頭をかく。
「そう云ってもらえると嬉しいがなあ」
 あらためて云われたら、かえって驚いちゃうわ。警部が一緒なのは、もうすっかり当たり前のことだもの。
 頼りになるんだかならないか正直いまひとつわからないけど、警部がいてくれると正太郎くんはそのぶんリラックスできるみたい。運転手も買ってでてくれるしね。
 そもそも特別警備の枠を確保してくれてるんだから、警部にとっては今夜の花火大会は仕事みたいなものなのに、わざわざ休みをとって、こうして浴衣まで着てつきあってくれる。
 そんなにエラいひとだなんて知らなかった昔から、警部はやさしいひとだった。
 大塚警部が、ママに片手をあげる。
「あー奥さん。すみませんが、水を一杯いただけませんかなあ」
「あら。気がつきませんで」
 ママの後ろ姿を目で追いながら、警部がパパのそばに寄る。
「博士。ちょっとだけ、いいですかな」
 すまなそうに声をおさえて云う警部と目をあわせただけで、正太郎くんもすっと話に加わる。
 三人の真剣な横顔をながめながら、いつものことだけど完全に蚊帳の外に置かれた私はつい、のんびりとした思いにひたる。
 黒のかすり柄がばっちり決まってる大塚警部と、グレーと、紺。三人三様の浴衣姿のこの頼もしい男性陣は、みんな私の家族なんだって。世界中のひとに、自慢したい気分。
 ママがもどると、大塚警部は喉がかわいていたのは本当だったらしく一気に麦茶を飲み干した。
「ごちそうさまでした。さて、と。それじゃあ出発するとしましょうか」
「よろしくお願いします」
「なに、たいした距離じゃありませんから」
 ふと見ると、パパが正太郎くんの肩に手をかけて、なにか耳打ちしている。
 むずかしい話の続き、って感じじゃなくて。
「はかせ……っ」
 にこにこしてるパパを、正太郎くんがにらみつける。
 めずらしい光景だわね。それに正太郎くんの困ったような表情に、だんぜん興味がわく。
「ねえねえねえ。なに云われたの?」
 玄関を出たところで隣になった正太郎くんに、小声できいてみる。
「え? なにが」
「パパ。さっき、部屋を出るまえよ」
 とたんに正太郎くんの視線が泳ぐ。
「……なんでもない」
「ずるいずるい。パパと正太郎くん、このごろそんなのばっかりじゃない」
「ばっかりってことないだろ」
「ばっかりよ」
 うーん、とかうなって、頬をぽりぽりしながら正太郎くんがそっぽを向く。
「きれいだ」
「……は?」
 ちょっと怒ったような目で私を見て、正太郎くんは溜息をついた。
「そう云ってあげたらどうだい、だって。マッキーにさ」
「………………」
 話が、つながった。
 なんかとってもついでみたいに云われちゃったんだけど、このわたくしの浴衣姿に対する言葉だと認識すると、つむぎだされた状況はちゃんと冷静に把握できてるのに、耳までほてる必要なんかこれっぽっちもないのに。
 あわてて横を向く。
「莫迦」
「ぼくの正直な感想は……、うん」
 あかるい口調に顔をあげると、ひとさし指をたてて、ちょっと首をかしげ、正太郎くんはにっこり笑った。
「馬子にも衣装!」
 おもいきりくりだした平手が、むなしく宙を切る。
 正太郎くんは大塚警部のむこう側に逃げていた。
「なんだよ。ほめてるのに」
「どこがよ!」
「なんだなんだ。ふたりとも、どうしたんじゃ」
「牧子。そんな大股で走らないのよ。もう子どもじゃないんですから」
 いけない。子どもの正太郎くんについ乗せられてしまったわ。
 くすくす笑っている幼なじみをひとにらみして、あわてて裾を直す。
 照れ隠しの冗談だって、わかってるんだから。
 本気が50パーセントくらいは入ってるって、長いつきあいだからわかっちゃうのよ。
 とりあえずそう思い込むことで、鼻息をなだめる。
 ゆっくりと、深呼吸して。
 そう。
 正太郎くんが笑っていられるだけで、ほんとうは嬉しい。
 この夏だっていろいろいろいろ、何時にも増していろんな事件がつづいて、ろくに家にいなかった。会えばむずかしい顔ばかりだったから。
 夏休みが終わってしまう。
 奇跡のようになにも起きなかったこの3日間を、正太郎くんは宿題三昧で過ごしてたんだし、ひと晩くらい、家族みんなで楽しく過ごしたってバチは当たらない。
 神様がいるなら、今夜はぜったい何も起こさないでいてくれるはず。
 あたりまえの、夏休みの思い出を、正太郎くんに。
 ここにいる誰もが、きっとそう願っている。
 たのんだわよ神様。
 気合いをこめて祈って、星空を見あげる。
「晴れてよかった」
 気づけばまた隣を歩いていた、やさしい笑顔は、いつのまにか、すこし見あげるところにあった。

 

     (おわり)

 


  ■正太郎くん13歳(中2)。夏やすみの終わりに。

   近隣の花火大会は軒並み中止です。
   来年の夏は、各地で花火大会が楽しめますように。

      2011.07.24 WebUP    2012.05.01 こばなし集へ移動

 

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