太陽の使者 鉄人28号 こばなし・その7   〜 書斎 〜

 扉をあけたところで、足をとめる。
 かろうじて声はとどめた。
 スーツケースを壁際に置き、物音をたてぬよう、そっとソファーに近づいてみる。
 やはり眠っているだけだ。
 しずかな寝息をたしかめて、安堵する。
 制服のネクタイもゆるめずに、だが気持ちよさそうに眠っている。
 足下には学生鞄。テーブルのうえには、ひらかれた本が数冊散らばっている。学校帰りの足で立ち寄ったのだろう。
 ぬいだコートを、ふと思いついて、そっとかけてやる。
 向かいあうソファーにゆっくり腰掛けると、溜息がでた。
 正太郎くんが、こんな無防備に居眠りしているのはめずらしい。それだけ疲れているのだろう。昨晩も、ほとんど徹夜だったらしい。
 昼日中の要請なら堂々と欠席できるが、寝ていないからといってそうそう授業は休めない。歌子は休むよう勧めたそうだが、例によってこの子は聞き入れなかったらしい。特別扱いは嫌なんです、と。
 連日呼びだされる今回のような事件もめずらしくはない。義務教育云々よりも、この子の身体のほうが心配だ。学校で学ぶということ自体を、そろそろ考えなければいけない時期にきているのかもしれない。
 勝手に走りだす思考に、苦笑する。
 こんなとき力にもなれず、ひさしぶりに顔を見たという体たらくが何を云うかと思われそうだった。

 ゆっくりめくっていた指先をとめて、厚い本の一頁に見入っている真剣なまなざし。
 興味を持てばとことん夢中になる。様々な国を見、たくさんのひとと出会うことが視野をひろげてくれるようで、このごろではなにを勉強しても楽しいらしい。
 たのもしい横顔をながめているうちに、ぼんやりと浮かんできた疑問符は、胸元の茶色で氷塊した。
 つかみあげたのは、わたしのコートだった。
「寝てしまったのか」
「あ」
 正太郎くんが、顔をあげる。
「おはようございます。……っていうより、『おかえりなさい』、ですか? どっちもなんか変ですね」
 おかしそうに笑って、そうだ、と正太郎くんがテーブルのすみを指さす。
「ハーブティー。ありますよ」
 銀のトレイに、ティーポットと伏せたカップがふたつ並んでいる。
「ついさっき、おばさんが」
「ああ」
 脱力しきって答える。
 歌子にもだらしないところを見られてしまったか。
 わたしの心中を察したように、正太郎くんがくすくす笑う。
「マッキーがいなくてよかったですねえ」
「……牧子は?」
「部活です。今日も6時ぎりぎりでしょう」
 手際よく目の前に置かれたカップに、複雑な心境で口をつける。
「起きたら、夜中にもどるはずの博士が目の前で寝てるから、おどろきましたよ」
「半日前の便に乗れたんだ」
「ブラジルって、時差で昼と夜が逆転しちゃうんですよね。冬は気温もぜんぜん違うし」
 わたし以上に何度も経験している正太郎くんはしみじみと云って、本を閉じた。
「ぼく、もう引きあげます。はかせ。ちゃんとベッドで休んでください」
「それはわたしの台詞だよ」
 あわててカップを置く。
「正太郎くん。わたしがいないあいだも、ずっと夜の出動がつづいていたんだろう。一日でいい。学校を休んで、昼間しっかり休息をとりなさい」
「だいじょうぶですよ。って、ぼくも居眠りしちゃいましたけどね」
 あかるく笑って流そうとする態度に、きびしい表情をつくってみせる。
「あ、はい。あしたは休みます。ぜったい」
「ほんとうかい?」
「はい」
 真面目な顔でやけにきっぱり云いきって、正太郎くんはいきなりふきだした。
「正太郎くん?」
「……すみません。あの、……だって、あしたは祝日ですから」
 言葉がみつからず、天を仰ぐ。
 どう見ても、正太郎くんのほうがよほどしっかりしている。
「わかった。ほんとうに、すこし休ませてもらったほうがよさそうだな」
「そうしてください。あ。この本、お借りしていいですか?」
「ああ」
 てきぱきと卓上をかたづけていた手をとめ、正太郎くんが顔をあげる。
「この宿題をやっつけちゃえば、あしたは本当に一日ゆっくりします。マッキーが朝たたき起こしにこないよう、博士云っといてくださいね」
「牧子だってわかっているだろう」
 わたしの心配を察して、おどけてみせる。正太郎くんらしい気遣いに、一瞬、腹の底がわきたつ。
 今夜も十中八九、眠れぬのだ。宿題などやらなくていい。口にしかけた言葉をのみこみ、息をつく。
「正太郎くん」
「はい」
「学校は、楽しいかい?」
 きょとんとした顔をして、それから、正太郎くんはこぼれるような笑顔をみせた。
「はい。楽しいです」
 即答されて、肩の力がぬける。
「学校が……、なにか?」
「いや。いいんだ。なんでもない」
 なにもかも見透かされているような気がする。だが正太郎くんは重ねては問わず、立ちあがった。
「それじゃあ。……あ。はかせ」
「ん?」
「いちおう、おやすみなさい」
 まぶしい窓の外を一瞥して、おかしそうに肩をすくめてみせるしぐさに、こちらまでつい笑ってしまう。
「ああ。おやすみ」
「ぜったい、ちゃんと横になって休んでくださいね。約束ですよ」
 扉が閉まる。
 とたんに、このままソファーに沈んでしまいたい気怠さに襲われたが、あたたかいコートをよけると、なんとか立ちあがる。
 背広もソファーに放って寝室に向かう。
 6時に目覚ましをかけ、ネクタイをゆるめ、シーツに倒れ込んで息をつく。

 おやすみなさい。

 まったく。
 いつも、わたしの心配ばかり。
 疲れた。つらい。そもそもそんな言葉はきいたことがない。
 だから、まわりは彼以上に頑張らねばと思うのだ。
 ふかく息をついて、毛布をかきよせ、目をとじる。
 とにかく眠ろう。
 しっかりネジを巻きなおし、今夜は役に立たねば早く帰ってきた意味がない。
「おやすみ」
 弱々しい声を云いなおすまもなく、心地よい睡魔が、やってきた。

 

     (おわり)

 


 ■あとがき■

 正太郎くん13歳(中1)。冬のはじめのお話です。

 う〜ん。
 ふたりして寝こけている瞬間を写真におさめて飾っておきたい
 …という煩悩はさておきまして(笑)。
 ヤマト新作映画の予告CMをちら観しただけなのですが、富山敬さんじゃない古代進に、なんだか無性に、いまは亡き金内吉男さんのお声が聴きたくなりました。
 で博士一人称のお話を。博士、あんまりいいとこなしですが(笑)。

 山田栄子さんのお声はもう脳裏にしみついていて扱いやすいのですが、敷島博士のお声。聴こえましたか?

 それにしても、「おはようございます」とか「おやすみなさい」とか正太郎くんに云ってもらえる敷島博士って、しあわせですね〜

      2010.02.14 WebUP   2011.07.24 こばなしへ移動

 

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