太陽の使者 鉄人28号 こばなし・その1  〜 あと10分 〜

「おばさん」
 敷島歌子が手をとめる。
 干しかけていたシーツのわきからのぞきこんできた少年は、もういつもの上着を着込んでいる。
「電話、警部からでした」
「そう」
「それで、やっぱり行くことになりました。ジェット機の手配が遅れてるみたいで、とにかく空港まで来るように、って」
「まあ。じゃあ、すぐに? あと……、10分で焼きあがるのに」
「残念だけど」
 肩をすくめて、少年が微笑う。
「もどったら、いただきます。マッキーに、ぜったい残しとけよ、って伝えてくださいね」
「ええ。……正太郎くん。気をつけて、いってらっしゃい」
「行ってきます」
 学校へ出掛けるのと何ひとつ変わらぬ態度で、正太郎は駆けていく。
 だが向かう先はワシントンのNASA。明日もどれるかどうかさえはっきりしない。
 歌子は思わず溜息をついた。
 正太郎が自宅待機を命じられて学校を休むのはめずらしいことではなかった。出動がかかるか否か判断がつかないからこそ待機になるのだろうが、事件を知らされたうえで与えられる中途半端な自由時間を、正太郎はなにも手がつかない様子ですごしていることが多い。いつもならなにかと気をまぎらわしてやる敷島大次郎は、件の異常現象の分析で先に呼びだされ不在だった。出動がかからぬまま待機が終わるよう願う意味もこめて、歌子は朝からケーキづくりをはじめたのだった。
 一緒に作ったバナナケーキを、正太郎は食べることができるのだろうか。
 慣れない手つきで割っていた卵を床に落として、頭をかいていた子どもらしい苦笑いがよみがえる。

「ケーキづくりって、鉄人の操縦よりむずかしいです」

 爆音が響きはじめる。巨大な影が、ゆっくりと上空を横切り、よく晴れた青空を遠ざかっていく。
「気をつけて」
 すっかり姿がみえなくなるまで、じっと見送りながら、無事を祈る。
 また息をついて、歌子はふたたびシーツに手をのばした。

 

     (おわり)

 

      2009.01.17 WebUP

 

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