太陽の使者 鉄人28号 こばなし・その10 〜 待っている 〜
わたしが、どれだけ信頼しているか。
言葉をつくせば、もっと伝えることはできるだろう。
だがそれは、かえってこの子の負担になるのではないか。
そんな疑念に、いつも口をつぐんできた。
「気をつけて、行っておいで」
なにに、どう気をつければいいのだ。
心の内で毒づきながら、いつもの朝と同じことしか云えない。
そばにいて見守ることさえ許されないいま、わたしにはもう祈ることしかできないのだ。
「はい。行ってきます」
学校にでかけるような明るい口調は、心配させまいと無理に作っているのかもしれない。
右手を握りかえす強さだけが、緊張感を伝えて、思わず馬鹿な幻想に引き込まれる。
この手を、離さなければ。
間違いなく一生。
もしも、この子が命を落とすようなことがあれば、この手を離したことを、わたしは一生後悔するだろう。
明白な予測と、いつものようにあらねばという思いが交錯して、うまく笑えない。
決めたはずだ。どんなときでも笑って送りだすと。
「はかせ」
ふいに、思わずといった笑顔がこぼれる。
「だいじょうぶですよ。ぼく、ちゃんと帰ってきますから」
こんなときにまで。
わたしは気遣われるような顔をしているのだろう。
握った右手を引き寄せる。
このうえ、こみあげてきたものを見られたくなかった。
息をついて、あたたかいぬくもりを渾身の力で抱きしめる。
「かならず、帰ってくるんだよ」
「……はい」
失いたくない。
決して失いたくはない。
だが明日、こうして抱きしめることができるという保証はなにもない。
このまま隠してしまおうか。強烈な衝動をねじふせるのに、あきれるほど時間がかかった。
とまらない涙は隠しようがなく、どんな顔をすればいいのかわからないまま、仕方なく腕をゆるめると、間近で見あげてきた黒い瞳もわずかにうるんでいた。
見送るだけのわたしの涙を、そっと細い指がぬぐってくれる。
「ほんとうは、怖いです」
静かな告白は、しかし安心させるように微笑みながら。
「でも、行ってきます」
自信などないだろう。
この絶望的な状況を前にしてみれば、よくわかる。
自分がやるしかない。
ただそれだけなのだ。
あきらめず強くあろうと努力しつづけられることが、この子の強さだ。
このけなげな細い肩に、わたしは重い重い荷物を押しつけるばかりだ。
思わず、また、抱きしめていた。
なさけなく取り乱す態度さえ、帰ってこなければ、わたしがどうなってしまうのだろうと心配することが、きみの力になればいい。
「待って、いるよ」
「はい」
ゆれる言葉と一緒に、背中に指先が触れる。
どうか必ず、この場所へ……。
ここで待っているから。
きみの無事を、祈っているから。(おわり)
■第19話の博士の台詞「気をつけてな」、から派生した小話です。
正太郎くん12歳。正太郎くんは、帰ってきます。
2012.3.5 WebUP 2012.6.1 こばなし集へ移動