太陽の使者 鉄人28号 こばなし・その17 〜 欠点 〜
確かに、大人顔負けの判断力に助けられることは多々ある。
だが、勇敢と無茶が紙一重というか、行き当たりばったりと云ってもいいほど自分の身の安全に関しては実に無頓着なところが、正太郎くんの唯一にして最大の欠点だ。
「それは……、鉄人に乗って、という意味か?」
「ええ」
「この雨のなかを?」
「ええ」
「いや。それはいくらなんでも無茶だろう」
「大丈夫です」
鉄人の位置確認のために正太郎くんの視線はずっとVコンに注がれていて、わしとの会話も話半分。いや、耳に入っとらんかもしれん。
「正太郎くん!」
思わず腕をつかむと、驚いた目が、やっとまともにこちらを見る。
「はい。なんですか?」
「なんですかじゃあない。ひとの話を聞かんか」
向きあえば、正太郎くんのじりじりとした胸中は手にとるように伝わってくる。このままでは鉄人が到着したとたんに飛びだして行きかねん。
わしの云いようにカチンときたか、少し眉間にしわが寄せられる。
「ちゃんと聞いてます。だから、なんですか」
「じゃから、君みずから鉄人で行くのは危険すぎると云っとるんだ。Vコンのモニターで、ここから動かすことはできんのか?」
「視界が悪すぎます。ぼくが行くのがいちばん手っ取り早いと思います」
「手っ取り早いとかいう状況じゃないだろう」
ガラス壁をたたく地鳴りのような暴風雨に、また雷鳴が重なる。稲光とのタイムラグはほとんどなくなってきた。
「鉄人が、雷に当たったらどうなる」
「これだけ高層ビルが多ければ大丈夫でしょう」
「いやしかし……。そもそもこの雨のなかで、まともに操縦できるのか?」
「やるしかありません」
避雷の確率も、敷島博士がこの場で大丈夫と保証してくれればそうかと思うが、正直、正太郎くんの大丈夫は、頑張りますと同じ程度にしか思えん。
「うう……」
だが、ほかにいい手がないのも事実だ。
視界の確保のために基地を置いたはずのこのロビーからでも、もうあたり一面に集まっている赤色灯さえうっすらとしか見えない。ましてやビルの高層階は見あげても暗い霧のなかだ。無線機を積み上げた一角で右往左往しているやつと目が合うと、青白い顔がぶるぶる横にふられる。消火活動もハカがいかんのだろう。この風が収まらなければヘリも使えまい。
「わかった。なら、わしも一緒に行こう」
「いいえ。出口確保まではひとりの方が集中できます。警部はここから指示をください」
「しかしだな……」
「一度もどったら、警部はそのときに」
「救助活動ははじめが肝心だと教えただろう。いったいぜんたい何人いるかもわからんのだぞ?」
うまくビルにとりつけたとしても、鉄人が一度に運べるのはせいぜい数人。ウエにしか逃げられん要救助者たちの精神状態は最悪だろう。その初っぱなを正太郎くんひとりにまかせるのは酷だ。それに……。
あらためて、正太郎くんの両肩をつかんで視線をあわせる。
「正太郎くん。もしも、だぞ。……その、博士が……」
「鉄人が来ました。やってみて駄目なら、また考えましょう」
わざとらしく言葉をさえぎられ、つい頭に血がのぼった。
「待てと云っとるだろうが!!」
Vコンに移った視線をもう一度こちらに向かせると、もう苛立つ感情を隠さず睨みつけられる。
「迷ってる時間なんかないでしょう!? ぼくひとりで行くのがいまは一番確実なんです。いいから行かせてください!」
目の端で、周りの連中が凍りついているのがわかる。
わしの大喝にひるまず怒鳴り返してくるのは、まったく正太郎くんくらいなものだ。
いま感慨深くそんなことを考えている場合かと己につっこみつつ、しかし冷静さを欠いているのはわしもそうだと、はたと気づかされる。
もしも、敷島博士があの最上階にいてくれれば、みなを落ちつかせてくれとるかもしれない。じゃが博士なら、なんらかの手段で連絡をよこすはず。それがないということは、博士の身に何かあった確率は高い。
たとえ博士の姿がなかったとしても、正太郎くんならその場の救出作業を冷静にこなせるだろう。ひとりで、パニックに陥った群衆を落ちつかせることも……。だいたいたったひとりで助けに来た子どもの前で騒ぎつづける者は居ないのかもしれん。
だがそこまで、すべて正太郎くんひとりに任せるしかないのか?
ほそい肩をさらにつかんで、なにか説得材料はないものかと回らぬ頭を巡らせながら、とにかく正太郎くんをみつめる。
「いいか。正太郎くん。確かにいま、あそこまで行けるのは鉄人だけだ。だが、君の身になにかあったら、われわれにはもう打つ手がないんだぞ」
「大丈夫ですよ、警部」
こっちの複雑な思いを察したように、正太郎くんは少し表情をやわらげて云った。
「鉄人にまかせてください。ぜったい、うまくやってみせます」
この自信はどこから来るんだ。
少し腹立たしくさえなってくる。
いや。
失敗を考えるなと、危険なときほど落ちついて自信を持てと教えたのはわしだった。
こんな状況だ。不安も恐れもないはずがない。じゃが、そんなものは意地でも見せないのが正太郎くんだ。
溜息とともに肩の力がぬける。
そもそも正太郎くんがこうと決めたら、説得など無駄だった。ましてや博士を助けるためとあらば、なおさらだ。
明るい茶色のくせっ毛をまぜかえし、大きく息をつき、覚悟を決める。
博士にあとで説教をくらう覚悟もだ。
「よしわかった。行ってこい」
「……はい!」
「ただし。無理だと思ったら必ず一旦引くんだぞ。くれぐれも、無茶だけはしてくれるなよ」
「はいっ」
力強い即答が実行されるかどうかはそうとう疑わしい。
無茶を無茶と思わない正太郎くんに云っても無意味かもしれなかったが。
こんな状況のゴーサインに目を輝かせてくれるなと、また少し苦々しく思いつつ、小さな背中を思いきりたたく。
うなずいて、Vコンを抱えあげ駆けていく後ろ姿は、あっという間にロビーから消えた。
間髪いれずに足元がおおきく揺れる。暗闇のなかに巨大な影をなんとか見分けたが、すぐまぎれてしまった。
帽子をつかみ、握りしめる。
「たのんだぞ。正太郎くん」
つぶやいて、急にひどくなさけない心地に襲われた。
わしにできるのは、もう祈ることくらいだ。
「大塚警部!」
振り向くと、マイクを掴んだ奴が高々と手をあげている。
「連絡です。あの、シキシマと……!」
「おおおっ!」
一瞬で全身に力がみなぎる。
「そっちは正太郎くんを呼び出せ! よーし!!」
帽子をかぶり、猛ダッシュで無線機にとりつく。
「大塚です! はかせ、博士ですなっ!?」
ひどい雑音混じりの音声のなか、確かに聞こえてきたのは敷島博士の声だ。
「たったいま、正太郎くんが、そっちへ向かいました! ……ええ。正太郎くん、正太郎くん、聞こえるかっ!?」
あの強い瞳を、いまは信じよう。
すべてがうまく転がると。
無茶をつき通して、正太郎くんはいつだって必ず戻ってきてくれる。
必ず、無事に。(おわり)
■正太郎くん11歳(小6)の秋。
また大塚警部の小話になりました。ゴッド○ーズ再放送の強力な余波が…(笑)。
でもいつもは主に正太郎くん視点で、警部の一人称ってはじめて…、ですね。
富田耕生氏のお声、聞こえましたか?(汗)猪突猛進単純明快な大塚警部(笑)だって、正太郎くんのことを心配するときくらいは、ぐちゃぐちゃ考える……、はず。
少しは考えてちょうだい〜(笑)!という願望を込めた、大塚警部の金田正太郎考でした。大好きな “ふたりの父” をあこがれ尊敬している正太郎くん。
でも警部には対等というか同僚って態度なのは、お人柄ですよね♪しかし暴風雨でなくとも鉄人の丸っこい手のひらの乗り心地って、すごい危なっかしい感じじゃないですか?
戦う場合、リモコン操作は強みですけど、行って救助する場合は搭乗型のほうが操縦者はだんぜん安全ですよね〜。敷島博士のことですから、手のひらに非常用の取っ手とかシートベルトとかの裏ワザを設計してらっしゃるかもしれません。
正太郎くんの靴に仕込まれた磁石が、Vコンのスイッチひとつで磁力を増して、鋼鉄にくっつく!
そうかそれですね。や〜安心しました(笑)。2014.10.22 WebUP 2015.2.14 こばなし集へ移動