太陽の使者 鉄人28号 こばなし・その14 〜 ぞうすい 〜
ちゃんと、まっすぐだ。
白い天井のラインが今度ははっきり見えて、息をつく。
頭のなかがぐるぐるまわるような感じも、だいぶ薄れた。
「ドウですカ?」
褐色の顔にのぞきこまれ、我に返る。
「アア。そのママ、そのママ」
扉が開いた。
入ってきた敷島博士が、ぼくを見て笑顔をくれる。
「ハカセ。おメアテのもの、ありましたカ?」
「ええ。いそがしい時間に無理を云いました。ありがとうございます」
「エンリョなく、なんでもいってくだサイ」
なんの話だろう。頭をめぐらせているうちに、カルロスさんが立ちあがった。
「あ……」
起きあがろうとして、大きな手に押し戻されてしまう。
「キョウは、どうぞ、ゆっくりやすんでくださいネ」
博士にも会釈すると、カルロスさんは部屋からでて行ってしまった。
「カルロスさんの云うとおりだよ。まだ力が入らないだろう」
もう大丈夫です、とはとても云えなくて、返す言葉がない。
ベッドの横の椅子に腰掛けて、博士はにっこり笑った。
「さて。そろそろ、なにか食べたくなってきたんじゃないかな」
そこまで云われて、はじめて気づく。
博士が持っていた小さな鍋。さっきの会話の意味が、やっとつながった。
駄目だ。ぜんぜん頭がまわってないや。
「あの……、はかせが?」
「うん。厨房の一角をお借りしてね」
背中をささえられ、もうひとつ枕を重ねてもらって具合よくもたれかかると、やっと目が醒めたような心地になる。
それにしても、はかせが台所に立ってるとこなんて見たことがない。
不思議な感覚で鍋を見る。すごく、いい匂いがしてる。
「なんか、おなかがすいてきました」
「それはよかった」
鉄のふたをとり、湯気をあげて現れたのは、……雑炊?
といた玉子に、人参みたいな色がみえる。
ひとさじすくって、息を幾度かふきかけ、博士は銀のスプーンをぼくの目の前に差しだした。
「さあ。どうぞ」
「……あの、自分で食べます」
「まあ、食べてみなさい」
博士のことだから、からかうとかそんな気はぜんぜんないんだろうな。
最初に目をさましたときの青ざめた表情を思いだし、観念して口をあける。
くわえたところで博士が手を離してくれたので、スプーンをつかんで、やっと味を感じた。
「美味しい……、です」
「それはよかった。ゆっくり食べなさい」
博士はにこにこ笑って、トレイごと、鍋を毛布の上に置いてくれた。
今度はじっくり味わってみる。
ぼんやり考えていたら、おもいだした。
そうだ。マッキーが風邪で寝込んで、3日目くらいで元気がでたとたんにもう雑炊は嫌だって云うから余っちゃったのを、みんなで食べた、あのときの味だ。
「あれは、おばさんが作ったんですよね」
脈絡なくぽつりと云った言葉だけで、博士には通じた。
「そうだよ。海外で体調を崩したときにと歌子に教わってね。まあ料理は科学と同じようなものだ。分量と火加減さえ間違えなければ、いつも同じ結果が得られるからね」
「へえ……」
感心すると、博士がふきだした。
「本気にしないでくれ。冗談だよ」
「え?」
「料理は、数字では割り切れない謎にみちた現象だね。成功するか否かは、まさに時の運。今日は成功して本当によかった」
「そう、ですか」
「雑炊を料理と云っていいかわからないがねえ。しかも成功率は5割あるかどうか。じっさい自分の調子が悪かったら、とても挑戦する気にはならないだろう。……というのは、あれにはないしょだよ」
「はあ」
「だが、こんなふうに役に立つこともあるのだから、よかった。きみもおぼえておいたらどうだい? 成功率をあげるために、ちゃんと歌子から教わってね」
おだやかな笑顔に、はかせは、ぼくをはげましてくれてるんだって気づく。
「ありがとうございます」
「ん?」
「博士。すみませんでした」
やっと、ちゃんと謝ることができた。
何度だって謝りたい。大事な作業中に倒れてしまうなんて。
日射病だなんて、なさけなくてたまらない。
うつ向くと、また目のあたりが熱くなってくる。
おまえにも、ごめん。鉄人……。
頭のうえに、あたたかい手のひらが乗せられた。
「正太郎くん。わたしのほうこそ、無理をさせてしまって、すまなかったね」
「はかせは、別に、なにも……」
顔をあげたとたん、ひとさしゆびが唇にあてられる。
「いま、きみがすべきことは落ち込むことじゃない。すこしでも食べて、身体を休め、はやく元気になることだよ」
それは、ほんとうにそうだった。
うなずくと、博士の指が離れていく。
ふるえる息をつき、またスプーンを握る。
なさけなくて消えてしまいたい気分は、どうにもできなかったけど。
作業のために集まった大勢の人たちの一日を、ぼくは無駄にしてしまった。
窓に引かれた白いカーテンのむこうにひろがる夕陽をみて、また息をつく。
「きみは、小さいころから、なんでもよく食べてくれたねえ」
ふいに云われた言葉に、ぼくはまばたきして博士を見た。
「そう、……ですか?」
「牧子は正反対でね。食は細いし好き嫌いが多い。いつも歌子がかかりきりだった。手がかからないきみは、たいていわたしの管轄でね。いろいろと気がまわらなかったことだろうが、きみはいつも機嫌がよくて助けられたものだ」
「はあ……」
マッキーと一緒に育てられたのは知ってるけど、そんな話ははじめて聞いた。
なんだか、くすぐったい。
ごはんを食べさせてもらうような幼いころから、ぼくははかせに守られてきたんだな、って。
ぼくの気をまぎらわそうと話してくれたんだろう。
なにげない話は、でも全身にあたたかな力を満たしてくれた。
「はかせ」
「ん?」
「ぼく、これ、ぜったいおぼえますね」
「そうか」
「はい。だから、博士が倒れたときには、ぼくが作ってあげます」
博士は、嬉しそうに笑った。
「それは楽しみだねえ」
自分が倒れる日をほんとに楽しみにしてるような口ぶりに、思わずふきだしてしまう。
たくさん一緒に笑って。
あたたかい雑炊を頬張って、ぜんぶがぼくの力になれって祈る。
大丈夫。
かならず、あしたは元気になる。(おわり)
■本編サイドストーリーです。
ということで正太郎くんは11歳。
夏休み。
敷島博士と一緒に海外旅行中の、とある午後。エビが苦手なのかな?ってエピソードもありましたが、
金田正太郎は好き嫌いなどしない、というイメージがありませんか。それにしても、厨房に立つ敷島博士!
それだけで萌えるのは私だけでしょうか♪(笑)2013.4.30 WebUP 2014.1.12 こばなし集へ移動