太陽の使者 鉄人28号 こばなし・その13 〜 かくご 〜
静かに静かに。
そろそろ扉をスライドさせて、そっとカーテンをめくる。
「あら、いらっしゃい」
灯りがついてたから、起きてるかも、とは思った。
おばさんはベッドのうえで起きあがっていた。
手元の本をとじて、変わらない笑顔をもらう。
小さな灯りだけで、こんな時間まで……。
もしかしたら、ぼくを待っていてくれたんだろうか。
「こんばんは。こんな遅くに、すみません」
「眠れなくて困ってたところよ。さあ、ここに座って。顔をみせてちょうだい」
「はい」
ベッドの横の丸イスに腰かける。
すこし痩せた。
間近でみて、思う。
「あの、おひさしぶりです」
何を話したらいいか迷って、間の抜けたことを云ってしまった。
おばさんが、ふふと笑う。
「たいへんなときに心配かけちゃったわね。ごめんなさい」
「いえ。毎日マッキーが様子をきかせてくれましたし……。心配するなって、云われてたんですけど……」
ひと目、寝顔でもいいから顔をみたくて、大塚警部に無理を云って病院に寄ってもらった。
家に帰っても、おばさんがいないなんて。
日本を離れていたあいだずっと、足元がおぼつかないような気分で、あらためて、おばさんの存在の大きさを思い知った。
「検査検査で、さすがにすこし疲れたわ。でも、きっとたいしたことにはならないと思うから、心配しないでちょうだい。それより……」
おばさんが、軽く息をつく。
「牧子にまかせたうちのほうが心配だわ。あのひとに聞いても問題ないよとしか云わないんだもの。正太郎くん。あとで家のなかの様子を正直におしえてね。約束よ」
「わかりました」
思わず、ふたりで笑う。
こうして話ができるだけで、すごくほっとした。
ベランダで倒れていたときの記憶が、頭を離れなかったから。
「顔をみて安心したわ。正太郎くん。わざわざ寄ってくれて、ありがとう。……さあ、もう行って。警部を待たせてるんでしょう?」
「はい。じゃあ、また明日ゆっくり来ます」
立ちあがりかけた腕をそっとつかまれる。
「明日は、ゆっくり休んでちょうだい。あなたが倒れたら大変だもの。お願いよ。これも、約束ね」
手のひらを握る両手のあたたかさに、ふいに涙がでそうになる。
このひとには、たくさんたくさん心配をかけてきた。
おばさんが倒れたのは、だから、ぼくのせいかもしれないのに。
おばさんは、笑って、ぼくの背中を押した。
「わたしはこの通り大丈夫。約束、守ってちょうだいね」
「……はい」
「おやすみなさい。大塚警部に、よろしく伝えてね」
「はい。……おやすみなさい」
病室をでて、そっと扉を閉めて。
薄暗い廊下のすぐそこの壁にちょっともたれて、しばらく天井をみあげる。
不安と安心と。いろいろ混ぜこぜの、なんともいえない気分だ。でも、とにかく来てよかった、ってそれだけははっきり思う。
息をついて、歩きだす。
角を曲がると、車で待っているはずの大塚警部が立っていた。
ぼくを見て、無言で腕をとき歩きだした背中に、足音をおさえて追いつく。
「ここまで来たなら、一緒に行けばよかったのに」
「なに。紳士は夜中にレディーの部屋をのぞいたりせんのじゃよ」
遠慮してくれたんだって、わかってる。
迎えにきたのは、ぼくを心配してくれたからだってことも。
「おばさんが、警部によろしく、って」
「そうか。で、どうだった」
「元気そうでした。思ってたより、ずっと」
「それはよかった」
「警部。ありがとうございます。これで安心して眠れます」
「おお、たっぷり寝てくれよ。削りに削った分、まとめてな」
明るい駐車場にでると、やれやれ、と警部が大きくのびをした。
「誰がなんと云おうと、わしも明日はまる一日寝てやるぞ」
「ぼくも。……明日は来るなって、おばさんに云われちゃいました」
「そうか」
大塚警部が、ふと真面目な顔になる。
「結果は、あさってじゃったか。歌子さんが退院できれば、ほんとうにめでたしめでたし、なんだがな」
「はい」
「正太郎くん」
「はい……?」
肩にのせられた大きな手に、身体をゆさぶられる。
「今回は、助かった。ほんとうに、ありがとう」
急にあらたまって云われたことに、おどろく。
「ついていてやりたかったところだろうが……。こんなときに引っ張りまわすはめになってしまって、すまなかったな」
「いえ……」
大塚警部が立ち止まったので、一緒に足をとめる。
「警官は、親の死に目にも会えん。なりたてのころ、よく上司から云われたもんだ」
見あげると、宙をにらんで、考え込むような表情があった。
「そんな覚悟は……、まだ、君はせんでいいと、わしは思うんじゃがな。今回は、まあ、命に別状はないとすぐわかったから、わしも甘えてしまったが……」
迷いあぐねていた警部に、ぼくが行くと即答したことを、ずっと警部は気にしてたみたいだった。
何度も連絡をとらせてくれたり、今回はずいぶんいろいろと気を使ってもらった。
ぼくをみて、警部がはっとした顔になる。
「いや、すまんすまん。こんなときに不吉な話を……」
「鉄人が必要とされるなら、ぼくは行きます」
「正太郎くん」
「もしも、そんな……、万が一のときでも。そのときでも、おばさんも、……はかせだって、行ってきなさいって云うと思います。鉄人を放りだしたりしたら、そのほうが、ふたりとも悲しむと思うから」
「……正太郎くん」
「警部だって、そうでしょう?」
頭をかきながら、警部があちらを向く。
「わしか。……まあ、なあ」
なにかあるたび、大塚警部や、敷島博士の覚悟は伝わってくる。
ぼくをささえてくれる人たちの思い。
それに答えたいと、いつも願ってはいて、自分に聞かせるために口にした。
ぼくにしかできないことを。
優先順位は、頭ではわかる。
でも。
目の前で、もし、警部が……。
ぞっとするような想像に、足がすくむ。
実際そのとき動けるかどうか、ほんとうはわからない。
ぼくの覚悟は、まだそんなものだった。
とつぜん、ばんばん背中をたたかれ、警部がのぞきこんでくる。
「すまんすまん。変なことを考えんでいい。そんな顔せんでくれ」
「え……」
どんな顔してるんだろう。
あわててうつ向くと、また背中をたたいて警部が笑いだす。
「わしは、いざ自分が死ぬかもしれんと思ったら、じたばた君にすがってここにいてくれーと泣きわめくかもしれんぞ。そのときは情に流されて鉄人を放りだしたっていいし、わしを放って行ってくれてもいい。わしはどっちでもかまわん。今からそんなことを考えるな」
「……はい」
「そのときがきたら、そのときの感情で大いに迷え。若者はそれくらいでいいんじゃよ」
思いきり背中をはたかれ、つんのめる。
「けーぶ。痛いですよ」
「おお、すまん」
笑い飛ばしてもらったおかげで、涙がこぼれそうな気分が薄らいだ。
ぼくも笑ってみる。
「さあ、あとひと息。正太郎くんを家まで送り届けたら、今回の事件は終わりだ。居眠り運転で終わらんようにせんといかんなあ」
「ぼくが運転しましょうか?」
「莫迦云うな。君はもっと危ない」
車をゆらして、警部が運転席に乗り込んだ。
助手席のドアをあけて、シートをみたら、とたんに眠気を自覚する。
警部が云うのももっともだった。
腰をおろして、やっとシートベルトをして、溜息をつく。
「……警部。ぼく、寝ちゃってもいいですか」
「おお。着いたらベッドまで運んでやるぞ」
「着いたら起こしてくださいよ」
笑いがこみあげるのと、すごい睡魔と。
警部だって、眠たくて仕方がないはずだ。
「運転くらい、誰かに頼めばよかったのに」
ぽつりとつぶやいた言葉は、警部の耳に届いていた。
「君を家に送り届けるまでが、わしの仕事だ。……安心しろ。見とっただけじゃから、わしはぜんぜん疲れとらん」
もう、笑ってしまう。
「ありがとうございます」
車が動きだした。
すぐに、おばさんも帰ってくる。
また、みんなで一緒に笑える。
そう信じよう。
ゆっくりとハンドルをきる、心地いい揺れに、まぶたが落ちる。
「おやすみ」
警部の声が、遠くで、やさしく響いた。(おわり)
■正太郎くんは、けっこう熱いです。
それが冷静沈着であるために、いつもいろいろいろいろ考えていそうで。
大塚警部は豪快にそれを吹き飛ばしてくれる存在。
そんなふたりの関係が大好きです。すごい修羅場をくぐってきた正太郎くんですから、命を落とすかもしれないという覚悟はしてるでしょう。
覚悟が決まりすぎて、いつも思いきりよくて心配なくらい(苦笑)。
でも、歌子さんとか、博士、警部が……、というのはまったく別の話なんだろうなあと思います。正太郎くんのしあわせのために、みなさんには長生きしてもらいましょう!
2012.9.9 WebUP 2013.9.19 こばなし集へ移動