太陽の使者 鉄人28号 〜 SS 〜

     2月14日


 なんで?
 なんだって今日なの?
 よりにもよって2月14日にダムを決壊させるだなんて、鉄人にラブコールのつもりなら完全にいかれてる。いいえ。去年だって出動要請がかかったのよ。この偶然の一致は偶然なんかじゃなくて、もしかしたら私を落としいれようとする罠なのかもしれない!
「しょーたろーくーん」
 つい、声にうらみが込もってしまった。
 おそるおそるって感じで振り向かれて、さらに腹が立ってくる。
「た、ただいま。なんだよマッキー。そんな怖い顔して……」
 底がぬけないよう用心して二重にしてきた大きな紙袋をふたつ、思いきり正太郎くんの胸元に押しつける。
「はい。お・み・や・げ」
「え?」
 のぞきこんで、正太郎くんが、あ、とつぶやく。
「これって……」
 当の本人は、今日がバレンタインデーだってことすら頭になかったらしい。それもまた私の怒りに火をそそぐ。
「ご明察どおり、ぜんぶチョコみたいね。今日一日私がどれだけ大変な思いをしたか、とっくり話してあげるから、リビングにいらっしゃい」
「ご、ごめん」
「べつに休みたくて休んだわけじゃないんだから謝らなくていいわよ。とにかく、これを受け取ってちょうだい」
 紙袋をさらにつきつけても、正太郎くんは両手をあげて後ずさっていく。
「あの、……ちょっと、博士に報告しなきゃ、いけないことが、あって……」
 いまにも逃げだしそうな背中をにらみつける。
「正太郎くん」
「いや、その……」
 息をついて、私に向きなおった正太郎くんは、目の前でぱんと手をあわせた。
「マッキー大臣! どうか、今年もお願いできませんか?」
「い・や・よ。去年の何倍あると思ってるの」
「そこをひとつ。それ、みんな食べていいからさ」
「正太郎くん! ひとつひとつに込められた女心を、なんだと思ってるのよ!」
「え。そういうんじゃないと思うよ。これは……」
 顔をあげた正太郎くんは、しどろもどろに頭をかいている。
 正太郎くんの甘いもの好きは、クラスの、いいえ、たぶん今や学校中の女子に知れわたっている。だから確かに “頑張れ” って意味で気軽にくれた子が大半だとは思う。けど、こいつに真剣にあこがれてる子は何人も知ってる。聞くかぎり、かなり、はてしなく幻想が混じってるみたいだけど、それでも、とにかくみんな本気なんだから。
「……え、と。……ごめん」
 なにか反省したらしく、正太郎くんは素直に頭をさげた。
「分かればいいわ。まあ、とにかくこの量だから、チョコは去年みたいにリビングに置いて、みんなでいただきます」
「はい」
「それと。……報告がすんだら、すこしは手伝うこと。疲れてるでしょうけど、いくつか確認したいこともあるから」
 正太郎くんが、ぱっと明るい笑顔になる。
「マッキー、ありがとう!」

   * * *

「おじゃましてもいいかな」
 リビングのテーブルに小箱の山を積みあげ終えて、ちょうど大きく溜息をついたところだったから、びっくりして振り向くと、大塚警部が立っていた。ゼロハチが顔パスになってる警部は、いつもとつぜん現れる。
「あら、いらっしゃい。……警部?」
 肩にかついでいた大きなダンボール箱を床に降ろして、大塚警部はやれやれなんて息をついている。
「ちょっと、まさか、それって……」
「ん? そう。チョコレートらしいな」
「うそ。これ、ぜんぶ?」
「バレ……、バレン、なんだったか。疲れ果てて戻ったら、これが待っとった。まあ、こういうものは今日届けたほうがいいかと思ってなあ」
「やだ。ICPO宛だなんて、変なのが混じってるんじゃないの?」
「X線検査はしてある。それに、とりあえず住所氏名があって身元が確認できたものだけにしたし、大きいものは、すまんが念のため開けさせてもらった」
「それはご苦労さま。……でも警部。これは持って帰ってちょうだい」
「なんじゃと?」
「これ見て。学校の分だけで、これだけあるんだから」
「さすがは正太郎くん。人気者だなあ」
「ほんっとのんきね。ぜんぶ整理しなきゃならない私の身にもなってよ。このうえそんなの面倒みきれないわ。いいから持って帰って」
「そんな、マッキーの一存で……」
「一存でけっこう。とにかく、チョコは支部のほうで分けてちょうだい。食べきれないっていうのもあるけど……、身元を確認したっていっても、ほとんど開けてないんでしょ。いつもの調子で、これもちゃんと警部がぜんぶ開封して、問題なさそうな手紙とかだけ、あとで届けてくれればいいから」
「マ、マッキー。どうして、それを……」
 呆然って感じの警部に、こっちが驚いてしまう。
「それ、って?」
「て……、手紙の話じゃよ」
「ああ。正太郎くんが云ってたわ。バレてないと思ってた?」
「……そうか」
「ひどい手紙もあるんでしょ。ぜんぶ開封してあるんですもの。正太郎くんだって察しがつくわよ」
 なんだか肩をおとしている警部をつつく。
「それは、べつにいいんじゃないの。だから、目の前のコレの話ね」
「ん? ……あ、ああ」
「なんなら、すごい量だから適当に処分させてもらっていいかって、いま正太郎くんに訊いてみれば? いいです、ってぜったい云うから。私が保証するわ」
「……まあ、そうかもしれんな」
「そうよ。ぜんぶが善意のチョコだったとしても、いつもいつも頑張ってるのは鉄人だ、って、自分がほめられるのはお門違いだと思ってる馬鹿なんだから、あいつ、こういうのが一番苦手なのよ。芸能人じゃないんだし、ICPO宛のチョコにまで気を使う必要ないでしょ。警部の判断で、必要そうなものにはお礼状でも出してちょうだい。そこまで済ませてから耳に入れたほうが、だんぜん親切だと思うけど?」
「そ、そうか。……まあ、マッキーがそこまで云うなら、そうするか」
「正太郎くんはパパのとこよ。顔だすつもりなら、それ、車にもどしてきてから行ってね」
「わかったわかった。まったく、マッキーはしっかりしとるなあ」
「警部もしっかりしてよ。それでなくとも正太郎くんは大変なんだから」
「了解しました。マッキー殿。ぜひ今後とも、ご指導よろしくお願いいたします」
 やつあたり気味にぽんぽん云ってしまったけど、大塚警部は笑って、私に敬礼してみせた。
 ダンボール箱をかついででていく警部を見送ってから、ソファーに座りこんで、また溜息をつく。
 テーブルの上の山は、ひとつも消えてくれない。
「あら牧子。大塚警部は?」
 振り向くと、紅茶をのせたトレイを持ってママが立っていた。
「ちょっと忘れ物。車にもどったわ」
「そう。……あらあら、たくさんねえ。それ、正太郎くんの?」
「もうやんなるわ」
 ママののんびりした調子に、つい口をとがらせてしまう。
「学校じゃ、今日はすっかり正太郎くんのマネージャーあつかい。で結局、また最後まで面倒みることになっちゃった」
「正太郎くん、仮眠もとれなかったそうよ。あなたがしてあげられることなら、しておやりなさい。家族でしょう」
 静かに微笑って、ママはでていった。
 残された言葉に、頭が冷える。
 夜中に叩き起こされたのに、ぜんぜん寝てないんだ。
 今からこれぜんぶ開封して、手紙見てこれは誰だっけなんてひとりで延々考えてたら……。私だったら発狂しちゃう。
「わかったわ。わかったわよ」
 ひとりつぶやいて、ひとつめの箱を手に取る。
 誰もお返しなんて期待してないんだから、面と向かって受け取ってたらその場でお礼を云えばすんだ話で、今日の出動は正太郎くんにとっても災難だったのよね。
 とにかく片っ端から開けて、手紙はクラス毎にまとめて……。リストを作るとこまで、こうなったら今日中にぜったいやっつけてやる。学校のみんなは顔のみえる関係だもの。先生からももらっちゃってるし、きちんとお礼を云うべきひとには云えるようにしておかないとね。直接渡したい子がまだ残ってるだろうから、賞味期限でチョコを仕分けるのは明日。そうだ。真剣な子の分だけは、さりげなく本人に食べさせてアピールしなきゃ。……ああもう、私ったらどこまで親切なのかしら。感動して泣けてくるわ。
 ふと、テーブルの端にぽつんと置いてある長細い箱の赤が視界に入って、また溜息をついてしまう。
「あれ? マッキー、警部は?」
 心臓がはねあがる。正太郎くんだった。
「け、警部?」
「来てるって、おばさんから聞いたんだけど」
「ああ。ちょっと、忘れ物だって。車のほうよ」
「そっか。マッキー、ごめん。もうちょっとかかりそうなんだ。……あ!」
 廊下で声をあげた正太郎くんが、またもどってくる。
 テーブルの前まで駆けてきて。山積みのほうじゃなく、端の、赤い箱をひょいとつかみあげる手を、呆然と見守る。
「これ、もらっていい?」
「み、みんな正太郎くんのじゃない。どれでも、ご自由にどーぞ」
「え。これって、マッキーのだろ?」
 ………………………………こいつ、超能力でもあるの?
 正太郎くんが、おかしそうに笑う。
「同じの、博士のとこで見たから。だろ?」
「……うん」
「じつはもう、博士のやつ、ちょっともらっちゃったんだ。美味かったー」
「そ、そう」
「サンキュー!」
 チョコの箱で敬礼、みたいなしぐさをしてみせて、正太郎くんは走っていった。
 しばらく身体が固まってしまって、やっと、ずぶずぶとソファーに沈みこむ。
 ちょっと、無駄に頬が熱すぎるんじゃないの?
 私のチョコに、変な意味なんかぜんぜんないんだし。
 正太郎くんの中では、ママと私のチョコだけが同格に “特別” なんだってことは、聞かなくたってわかってる。
 だけど、あんな笑顔をもらっちゃうと、これからの膨大な作業もまあいいかなんて思ってしまって、なんかそれがすっごくくやしい。
 ……でも、やっぱり思う。
 家族でよかったな、って。
「さーて、はじめるわよ」
 あらためて腕まくりをして、鉢巻きまで締めた気分で、私はテーブルに向きなおった。

 

     (おわり)

 


 ■あとがき■

 正太郎くん12歳(小6)。鉄人と出会ってから二度目の2月14日のお話です。
 放映開始から28度目のバレンタインデー記念に

 学校に大塚警部が迎えにきて出動という描写くらいでしたが、“太陽の使者”の正太郎くんはちゃんと小学校に通っています。学内で知らぬひとはいない有名人でしょうから、こういうのはどうなるんだろうかと……。まあ、またなんということもない小話でした。
 金田正太郎様ならぬ、全国のよい子からの“鉄人28号さま”宛チョコも、ICPOにかなり届くのではないでしょうか。大塚警部、ご苦労さまです(笑)。

  2009.02.14 WebUP

 

 

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