太陽の使者 鉄人28号 〜 SS 〜

   夏やすみ

 


 つかまれた腕の痛みに、おどろいて顔をあげる。
「警部? どう……」
「来るんだ」
 後部キャビンに投げ込まれたところでやっと腕をはなしてもらえて、片腕のなかのVコンを確認、とりあえず指示をロックする。
 こわい顔のまま大塚警部は最後尾にあった大きな木箱をひっくり返し、中身を床にぶちまけた。
「正太郎くん。君は先に降りてくれ」
 小さなあかりのなかで散らばった荷物をかきわけながら云われた言葉に、やっと警部の意図を理解する。
「でも……」
 合流時刻の予測に気をとられていたけど、耳には入ってきていた。ナットさんの叫ぶような声が。

  もれてる。ほとんどゼロです。

「鉄人はもう間に合わん。くそっ、パラシュートも旧式だ。やっぱりこんなボロ飛行機、乗るんじゃなかった。……メガネがない? 信じられん!」
 怒鳴りちらしながら、警部は立ちあがるなりぼくの手からVコンをもぎとって閉じ、床にほうり投げた。
「うわっ、警部……」
 思わずあげた抗議の声も無視されて、ネクタイをつかむように引き抜き捨てられる。そのまま腕をとられてまわれ右。あっというまに背中に黄色い包みが装着される。ベルトをきつくしめられて咳こんでしまったぼくの肩を、警部がつかむ。
「いいか。これがボタンだ。3秒も数えればいい。機体から離れたと思ったら、すぐ押せ。ただし、押し続けると傘が切り離されるから注意しろよ」
「でも、警部たちは……」
「すぐあとにつづく。心配するな」
 散乱した荷物のなかから同じ黄色の包みをつかんで、警部がコクピットに投げ込む。
「ナーット! そいつをつけとけ!」
 無茶云わないでくださいと云いたそうな声で、ナットさんがアイ・サーと叫ぶ。
 でも、パラシュートは高度が低くなれば使えなくなるはずだ。
「とにかく君は先に行け。鉄人と合流できたら、あとはたのんだぞ」
 警部がこういう顔をしたら反論しても無駄だってわかってる。けどまた云ってしまいそうになった“でも”を、今度は飲み込む。鉄人がいない以上、ぼくは役に立たないどころか足手まといだ。大塚警部は、ぎりぎりまで操縦桿から手を離せないナットさんを連れて脱出しなきゃいけない。
「よし」
 ぬぎすてた警部の上着に床の荷物とVコンを放り込み、そででしばったかたまりを胸もとに押しつけられる。
「しっかり持ってろ。こっちは簡易ボートだ。下が海なら着水前にここを押せ。たぶんかなりでかくなるから、こっちはギリギリまで待てよ」
 太いロープのようなものを左肩にかけられる。ぼくの頭をぐいとなでて、警部はやっと笑ってくれた。
「訓練だと思え。あのときは余裕だったろう」
 パラシュート降下は二度やった。二回とも、よく晴れた昼間だったけど。
「はい」
「よーし」
 壁の手すりをぼくにしっかり握らせて、警部は天井付近の大きなレバーに手をかけた。
「押しだしてやるから、目は閉じておけ」
「はい」
 鈍い金属音のあと、ものすごい強風につつまれる。
「3秒だぞ。いいな」
 すぐ耳元で警部が怒鳴る。
「さあ……」
 とつぜん風がやんだ。
 床が消えてなくなり、持ちあがっていく手すりに必死で片手でぶらさがる。
 でも浮いたのは一瞬だった。押しつけられるように足が床につくのと同時に、また機体が大きくゆれだし、風がもどってくる。
 乱気流?
 うわっ、という声が、耳にのこっていた。
 目をあけると扉は全開で、キャビンにいるのはぼくだけだった。
「ナットさん! 警部が落ちました。追います!」
 コクピットに向かって叫び、ありったけの力で壁をけりだす。
 頭から落ちているのかどうかもわからない。殴られるような風。
 ほとんど目があけられないまま懸命に片手をかざした先は、黒一色だ。
 8秒。
 雲が切れた。
 地表が、目の前にある。
 警部は見あたらない。
 9、……10。
 肩のボタンを押したとたん、ものすごい勢いで態勢が反転して、腕のなかの包みを懸命に抱える。
 傘が、ひらききらない。
 下は陸だ。
 いっぱいにひろがる黒が、みるみるせまってくる。
 一瞬、視界の端が光った。
 サーチライト?
 目をこらそうとしたとき、足元の闇に気づいた。

   * * *

 犬の、遠吠えみたいな、声。
 まっくらで、それに仰向けのまま身体がまったく動かない。
 とにかく、地面の上らしい。
 いちかばちかでボートをふくらましたのと、ほとんど同時に衝撃がきて……。
 布団むしみたいに身体中をしめつけているごわごわした感触から、なんとかもがいてぬけだす。
 まぶしくて手をかざしたけど、目がなれれば、明るいと思ったのはただの月あかりだった。
 手にしているのはパラシュートで、すこし離れた草むらに、ボートの残骸らしきものがみえる。
 たぶん、あれで助かった。
 起きあがろうとして、全身の痛みに気づく。左腕が泥々だ。
「うわ……っ」
 手をあてた瞬間、叫んでつっぷしてしまう。
 指先をつたい落ちていく、生あたたかい感触。
 ……血だ。
 息をととのえ、傷の確認は後回しにして、とにかく上着をさぐる。
 無線機は見事にくの字に曲がっていた。反応もない。通信はあきらめて、ハンカチで腕を圧迫する。焼け落ちるような痛みに、息をつめて耐える。大丈夫。たぶん静脈だ。
 深呼吸して、空をあおぐ。
 たしか今夜は満月だ。まるい月が、空のまんなかに浮いている。月あかりのわりに星はよくみえて、さそりはすぐわかった。南十字の位置は嵐の前とそう変わらない。気を失っていたのは、たぶんほんの数分。とつぜんあらわれたあの嵐は、竜巻にちかいものだったのかもしれない。あの黒雲はどこにもなかった。
 ゆっくり立ちあがって、ひと息ついてから、ありったけの声で呼んでみる。
 いくら待っても、返事はなかった。
 ゆるやかなこの斜面は、ぐるっと森にかこまれていた。北側は見あげるような山。反対側のぼんやり光っているのが海だとすると、ここはかなり大きな島だ。そう気づいて、思わず地面にへたりこんでしまう。
 そんなに時間差はなかった。傘をひらいて流された距離もほとんどないはずだ。海だったら、って。
 こんな島に、パラシュートなしであの高さから落ちたら。
「……けいぶ」
 声がかすれる。
 左腕をにぎる指を強めると、なぐられたような痛みに思考がもどってくる。
 しっかりしろ。泣いてる場合じゃないだろ。
 立ちあがったとたん、めまいがしてふらつく。
 警部の制服……、Vコンを。
 鉄人を、呼ばなくちゃ。
 ぼろぼろのパラシュートを足でさぐってまわる。まだ来ないってことは、墜落の衝撃で指示が解除されてしまったか、途中で鉄人になにかあったか……。
 ごつごつとした感触をみつけて、止血を中断し右手で布をかきわける。
 あった。
 見慣れた紺のそで口に、ほっとする。
 引っ張りだした警部の制服は、でも結び目がほどけていて中身がない。あわててあたりをさぐると、月明かりのなか、大塚警部が持たせてくれた荷物が次々みつかる。
 水。それに非常食と……。これは、工具か。
 ひときわぐるぐる巻きになったパラシュートの下に、赤十字マークの箱と一緒に、ようやくVコンの取っ手をみつける。手をかけて、すぐ異常に気づいた。
 警部のとじかたが完全じゃなかったんだ。
 あいてる。
 あせって、腕の痛みもかまわず両手で引っぱりだす。
 ひらいたまま地面に叩きつけられたりしたら、いくら頑丈なVコンだって……。
 やっぱりレバーは起きていて、ロープが見事にからまってしまっている。
 もどかしくやっとほどいて、布をはらって。
 でも、あせる必要はなかった。
 身体が動かない。
 Vコンは、半分しかなかった。

   * * *

 ざらっとした感触に、おどろいて目がさめた。
 手をついていた木の幹を見て、記憶がつながる。
 陽がもう高い。雲ひとつない、よく晴れた蒼い空がひろがっていた。
 あたりを確認して、身体をしばっておいたロープの結び目をとく。
 夜中の寒さとは一転して、かなり気温があがっている。くるまっていた警部の制服を樹の下へほうって、ロープを頼りにそろそろと立ちあがる。
 枝に結んだロープの端を確認する。
 ぜったいほどけず、でもある方向に引くと簡単にとけるこの結び方も、片手でできるロープワークも、ぜんぶ大塚警部におそわった。ふとそう思いだして、また警部のことを考えだしてしまいそうで、かるく頭をふる。
 樹の上から、はじめてあたりのようすがわかった。遠く山頂付近に岩肌がのぞいている以外は、上も下も木ばかり。南側、10キロくらいむこうに、やっぱり海がみえる。
 ぼくが落ちたあたりは、むかし池でもあったのか、50メートルそこそこの草地だった。あの勢いで、下が森だったらと思うとぞっとする。こんなかすり傷ですんだのは、ものすごいラッキーだったんだ。
 とはいえ軽いめまいは相変わらずで、このまま山頂か海岸を目指して移動するのは、とりあえず今日はあきらめるしかなさそうだ。
 となると、まずは火。
 遭難したら、まず捜索のための目印をつくること。
 ライターはある。あの草地なら、すこし草をはらえば火をたけそうだ。風もないし、煙はかなり遠くからでもみえるだろう。
 あとは、水……、だっけ。
 傷の洗浄でかなり使ってしまって、持たされた水はわずかしかのこっていない。でも川は見あたらないし、枯れ枝集めのついでにみつからなければ今日は無理しないほうがいいだろう。この暑さだ。へたに動きまわって体調を悪化させるほうが怖い。このあたりの気候なら、ひょっとしたらスコールがあるかもしれないから、雨を集める方法は考えておこう。
 それから、Vコンの修理だ。
 島のどこかで、もし大塚警部やナットさんが助けを求めていたら。そう考えると、いてもたってもいられない。とくに大塚警部は、この島にいるなら大怪我してるに違いない。
 だから、いまぼくにできる最善の策は、鉄人を動かすことだ。
 起動さえできれば、きっと敷島博士が気づいてくれる。そのほうが、木登りだけでいっぱいいっぱいだったこの腕で島じゅう捜しまわるより、ぜったいみんなが助かる確率が高い。
「ぜったい、そう……、だけど」
 思わず溜息がでる。
 修理といっても、欠け落ちた部品が残っていないか、落下地点をもう一度さらうところからはじめないといけない。
 Vコンは、見事に割れてしまっていた。
 配線をつなぐだけなら、警部が持たせてくれた工具でなんとかなりそうだけど、もしそれで動かなかったら……。
「非常事態であればあるほど、“もしも”なんて考えないこと」
 声にだして、大塚警部の言葉をとなえてみる。
 基盤の修理なんてやったことがないけど、それは、いま心配してもはじまらない。
 息をついて、最後にもう一度ぐるりと目をこらす。
 一瞬だけ見た、あれはサーチライトじゃなかったんだろうか。
 鉄人。
 動かなくたっていい。顔さえ見れたら。
 なつかしい藍色を思い浮かべて、すこし力がわいてくる。
 そうだ。おまえも待ってるんだよな。
「よし」
 腰にまいたロープを右手一本でにぎり、大木の幹をけって、ぼくは地面へとすべり降りた。

   * * *

 枯れ枝をひとつつかみ、火に投げ入れると一瞬だけ明るくなった。
 もう手元が暗すぎる。ドライバーを放り投げ、そのまま寝ころがる。
 二度目の陽が落ちた。
 薄闇へ吸いこまれていく細い煙。
 大の字になって、ぼんやりながめていたら、ふと、おかしくなった。
 こんなにずっとひとりでいたことって、あったかな。
 ひどくゆっくり時間が流れている気がするのは、だからだろうか。
「……そう、か」
 ぜったいに、ここでは呼ばれない。だからかもしれない。
 いま呼びだしがかかったら、って考える瞬間が何をしていても必ずある。そう考えなくてすむのは、なんだか新鮮な感覚だった。
「これで、昼寝してればいいんだったら最高なのになあ」
 口にして、笑ってみる。なさけない気分がすこし薄らいだ。
 見えはじめた星を目で追いながら、息をつく。
 Vコンは完全に長期戦だ。応急処置は全滅。あとはおぼろげな記憶をたよりに試行錯誤するしかない。それにひょっとすると、まだ欠け落ちた部品があるかもしれない。明日はもっと徹底的に落下地点をさらってみよう。
 こうなると、救助のために火をたやさないことと、食べることとかが優先になってくる。今日も雨は降らなかった。とにかく水不足は深刻だ。明日はもっと遠くまで川をさがして、それから枯れ枝も補充して……。
 ころがっている黄色い実をみる。
 今夜ぬいても、非常食は明日で終わりだ。鳥がつついていたからいくつかもいできたけど、こういうのは体力があるうちに食べてみたほうがいいんだろうか。
 サバイバル対応はひと通りおそわったつもりだったのに、迷うことばかりで溜息がでる。大塚警部なら、この実が食べれるかどうかだって、ちゃんと判断できるんだろう。知識も経験も中途半端で、ぼくはまだまだ子どもだと思い知った。
 また溜息をついて、空がすっかり暗くなっているのに気づく。
 だいぶ冷えてきた。ゆっくり右腕で起きあがり、警部の制服を手にとる。
 今夜はこのままここで眠ってみようか。どうやら襲ってくるような獣の気配はないし、番をしてなくたって火が消えれば寒くて目が醒めそうだから、一晩じゅう火を絶やさないでいられるかもしれない。
 ひざをかかえると、だぶつくそでの紺地に走る二本線が目にはいって、どうしてもまた顔が浮かんでくる。
 組んだ両手にひたいをつけて、目をとじる。
「……おねがいです」
 どうか。
 お願いだから、生きていてください。
 胸のあたりが、またキリキリと痛む。
 ぼくは、こんなことをしてていいんだろうか。
 どこでもいい。島中をさがしまわっていたほうが、こんな不安になる余裕もなくて、ずっと気が楽だろう。
 星空をあおいで、ゆっくりふかく息をつく。
 炎がはじける音に、なにかが重なった。
 あたりを見まわす。
 うす闇のなかで、たしかになにかが、動いて……。
 声。
 ひとの声、……だったような。
 やっと、立ちあがる。
「おーい」
 ぼくが一歩もふみださないうちに、あっというまに目の前まで駆けてきたのは、大塚警部だった。
「……けい、ぶ」
「正太郎くん! やっぱり無事だったか。いやーよかった!」
 思いきり抱きしめられたら、けっこう腕の傷にひびいて、おかげで夢じゃないってはっきりわかる。
「け、警部こそ。あの、ぜんぜん怪我はないんですか?」
 この寒さなのに、ズボンはひざまでまくってランニング一枚。大塚警部はあきれるほど元気そうだ。
「ぴんぴんしとるさ。さいわい落ちたのが海だったんでなあ。雲が切れたときには下がこの島でナムサンと思ったが、途中かなり沖まで運ばれた。死なすには惜しいと、神サマが見込んで風を送ってくれたんじゃなあ」
 警部が豪快に笑う。
「上はあの嵐だったというのに、海はさほど荒れてなかったしな。朝になったら潮の流れがこの島に向いたんで、昨日の夕方には泳ぎついとったんじゃ。浜から煙が見えたから、君は無事だと判断できて余裕で行動できて助かった。それは上出来だったが……、正太郎くん。あれほど云ったのに、なんであんな地表すれすれまで傘をひらかなかった? ちゃんと見とったぞ。おおかた、わしを助けようとまた無茶しおったんだろう」
「……はあ。すみません」
 いつものように大声で喋りまくる警部に、すっかり気が抜けて、おかしくて笑おうとしたら、そのまま地面にへたりこんでしまった。
「正太郎くん!?」
 あわてて警部がのぞきこんでくる。
「す、すみません。……あの、だいじょうぶですから」
「怪我か?」
 かるく腕におかれた手に、うめいてしまう。
「すまん。……ったく早く云わんか。見せてみろ」
 ちょうど大塚警部の制服を着込んでたし、べつに隠すつもりはなかったけど、いきなり心配かけなくてもいいだろう、とは思った。そういうのがピンときたようで、警部はこわい顔でせまってくる。
「君ってやつは、ほんとうに……」
「ほんの、かすり傷ですよ」
「いいから」
 火のそばに押しやられる。
 上着をぬげば隠しようもない。ワイシャツのそでいっぱいに、黒く変色した血痕がひろがっている。
「もう痛みはだいぶ引いてます。だから……」
「わかったわかった」
 むっすりと手をふる警部に、シャツの左側をぬいで向ける。肩から腕にかけて巻いてある包帯をほどき、しばらく傷を検分していた警部は、大きく息をつくと、険しい表情をといてくれた。
「まあ、傷のわりにはいい状態だな。だが、だいぶ失血しただろう」
「はい」
 ときどきおこるめまいはその影響なんだろう。
 包帯を丁寧に巻きなおして、警部がうなずく。
「よし。まあ、この傷の処置は、“たいへんよくできました”をやろう」
「薬と水があったから。警部のおかげです」
 あれがなかったら、止血が遅れて消毒もできなかった。
「ないよりましなシロモノだったがな」
 あぐらをかいて座りなおした警部は、もうとっくに気づいてたんだろう。ちらっとだけ、わきの無惨なVコンに視線を向けて、またぼくを見た。
「それで……、こいつは動かんのか」
「……はい」
 ながいながい溜息を大仰についてから、大塚警部がにやりと笑う。
「やれやれ助かった」
「なにが、です?」
「Vコンがこれで、それでも君がここに留まっておったのは、その怪我があったからだろう」
「それは、……それもありますけど」
 大きな手のひらが、ぼくの髪をわしわしなでる。
「冗談だ。正太郎くん、よくここに留まっていてくれたな。いい判断だったぞ」
 なんだかちいさい子をほめるような調子だったけど、警部のやさしい笑顔に、ふいに目が熱くなって、あわててうつむく。暗くてよかった。
「そうだ、正太郎くん。わしが海に落ちてから、ほどなくものすごい大波がきてな。だいぶん遠くだったが大きな水音もした。あれは、ひょっとすると……」
「鉄人でしょう。じゃあ、きっと海の底ですね」
 予想はしてたけど、あらためてがっかりする。
「警部。あの……、ナットさんは、どうなったんでしょうか」
「うむ。機影は見とらんのだ。なにぶん暗かったからなんとも云えんが、あのままけっこう流されていったかもしれんなあ。すくなくとも、この島の周辺に墜落したという線はないだろう」
「そうですか」
「となると捜索側もむずかしい。このあたりは諸島とひと口でくくっておっても莫迦みたいにひろいし、ほとんどが無人島だ。……たぶん間違いなくここもな。……で、もちろん鉄人が行方不明だなどと、そうそう公にはできん。そのうえここの政権じゃ、なんとか救難信号が消えたあたりは捜索してもらえても、全域くまなく捜索するような親切心は、どんな理由をでっちあげたって起こさんだろうな。捜索範囲を特定してもらわんことにははじまらん。そういうことだ」
 Vコンの修理、つまり鉄人が動くかどうかは、救助されるためにもかなり重要だってことだ。
 溜息をついたとたん、思いきりおなかが鳴った。
「おいおい正太郎くん、ちゃんと喰っとったのか?」
 警部が笑いだす。
「非常食はどうした」
「あの、今夜はまだ……」
「だからふらついとるのか。失血したら、とにかく早くたくさん喰うことだと教えたろう」
「はあ」
 ほうり投げてあったシャツを警部がひろげると、なかから……、大きな焼き魚があらわれた。
「さあ。もったいぶらずに非常食もぜんぶ喰っちまえ。魚なら明日もとってきてやる。なに、すぐ沖にうまそうな魚がわんさかおったし、浜までの道はおぼえとるから往復に半日もかからん。なんにせよ、君の体力がもどるまではここでビパークするのが得策だな。まあのんびりいくとしよう。おおそうだ、水もあるぞ」
 ひょうたんのような実をつきだされて、もうおかしくて笑ってしまう。
「警部って、やっぱりすごいや」
「うん?」
 笑いの発作がうつったように、警部も笑いだす。
 この島にきてはじめて、ぼくは思いきり笑った。

   * * *

 焚き火を囲む岩のひとつに、大塚警部がナイフで傷をつける。
 刻まれた線は、これで8本。
 黙って目で数え、思わず夜空をあおぐ。
「いくらなんでも」
 警部が明るい声で、のんびりと云う。
「そろそろ救助がくるだろう。たぶん先にナットが発見されて、わしらの位置をだいたい報告しとるころだ」
 無事、ナットさんが生きていれば。それは口にしない。
「まあ、べつに喰うには困っとらんのだし、こんなときくらい、せいぜいゆっくりさせてもらうがな」
 ナイフをしまうと、大塚警部は寝転んでのびをした。
「それより、わしが心配なのは博士じゃよ」
「……はかせ、……ですか?」
「おうさ。敷島博士は不眠不休でわしらを捜しとるだろう。いまごろ、倒れとりゃせんかなあ」
「はは」
 それは笑えない冗談だったけど、習慣でつい笑ってしまう。
 ぼくたちは、ほんとうによく笑った。とにかく警部がしょっちゅう笑わせてくれるのだ。きっとぼくが元気でいられるように、気をつかってくれてるんだと思う。
 このところもうずっと、大塚警部と会えるのは事件が起きたときくらいで、話すことといえば目の前のことばかりだった。鉄人と出会う前には、大塚警部はよく博士を訪ねてくる“面白いおじさん”だった。あのころみたいにゆっくり話ができる時間はとにかく楽しくて、深刻な状況も忘れてしまう。若かりし敷島博士と一緒にした警部補時代の冒険譚なんか、面白すぎてほんとか嘘かぜんぜんわからなかったけど。
「しかし正太郎くん」
 また冗談でも思いついたんだろう。大塚警部はふと身を起こしてあぐらを作り、ぼくにひどく真面目な顔をむけた。
「ちょうど夏休みで、君はほんとうにラッキーだったなあ。さすがに一週間も授業を休んだら困ったろうし、こっちも義務教育を受ける権利がどうのと苦情がくるところだったから、まったく助かったわい」
「そうですね。……そうだ。こんなことなら宿題を持ってくればよかったな。警部に手伝ってもらえたのに」
「手伝うぞ。絵日記、書いてやろうか」
「絵日記なんて中学じゃないですよ。そうだ、自由研究」
「ほう、研究?」
「ようするになんでもいいんです。なにか調べても、工作でも……」
 すかさず警部がぽんと手を打つ。
「よし、決まりだ。君の自由研究はイカダにしよう」
「は?」
「わしが作るやつを持っていけ。うん。まさに一石二鳥だな」
「それは……、ちょっと大きすぎますよ」
 イカダを教室に持っていく姿を想像して、笑いがとまらなくなってしまう。
「鉄人なら、つまむ程度だろう。学校のプールにでも浮かべておけばいい。発表は、わしがおもしろおかしくまとめてやる」
「べつに、おもしろおかしくしなくていいですから」
 笑いすぎて、涙をぬぐいながら息をつく。
 警部にかかると、イカダの件まで笑わされてしまうんだから、ほんとうにまいる。
 今朝、またかなり大きな地震があった。数時間おきに小さな揺れを感じるようになって、間隔もすこしずつ短くなってきて。川の水が涸れそうなくらい細くなっているのを見て、警部はとつぜんイカダを作ると云って、今日はずっと浜のほうへ行っていた。
 正直、島をでるのはできるだけ避けたい。Vコンがいま海水につかりでもしたら、もう絶対アウトだ。
 でも間違いなく、ここは火山島で、そして噴火が近いらしい。
 笑いをおさめて、息をとめる。
 まただ。
 たしかにいま、揺れた。
 地震については、ぼくたちはなにも話さずに、またしばらくたわいのない話をしてから、いつものようにおやすみを云った。

   * * *

 あった。
 パラシュートはなにかと役にたっていたけれど、落下したときもうボロボロだったボートは、使いようもなくそのままにしてあった。
 目についたかぎりの白い残骸を、かきあつめて山にする。
 ライターでまず枯れ木に火をつけて、生地に押しつけていると、ほどなく火が燃え移った。
 真っ黒な煙があがって、嫌な臭いに包まれる。
 風上の斜面まで走って振り返ると、風にあおられ炎はみるみるうちにひろがっていく。
 これだけ離れても熱が伝わってくる。風はますます強まってきた。火の粉が森に移らないよう、あとは祈るしかない。
 Vコンは、ぜったいにまだ、なにか部品が欠け落ちている。それは間違いなかった。
 落下点からかなり離れたところまで範囲をひろげて、うっそうと茂る草むらを根気よくさがしてきたけど、昼には島を出ると決まった以上、もう時間が惜しい。
 熱で駄目になったらそれはそれまで。風向きを見て、思いついたまま火をつけてしまったから、浜へ向かっている警部は煙を見てきっと驚いているだろう。
 大塚警部は、ここで生きていくために必要なことすべてを一手にひきうけてくれた。
 それは、ひとりでじゅうぶんできるから、って。
「君は、君にしかできないことをやってくれ」
 はじめにそう云われたきり、警部はVコンの修理についていっさい訊かなかった。
 なおりそうもないってはっきりすればするほど、鉄人をつれて帰らなければ取り返しがつかなくなるような気がしてじりじりしているのが、伝わってしまっていたからかもしれない。
 ボートがあったあたりはもう火がくすぶりはじめている。腕をかざして熱気をさえぎり、思いきって踏み込んでいく。靴底が溶けているのか、あたらしい焦げた臭いが鼻をつく。
 はじめは歩き回って枝で土をかきまわしていたけれど、気が急いて四つんばいになっていた。手のひらが熱にひりつく。沖へでたら、もうぼくにはできることがない。やけどくらい、かまわなかった。
 鉄人。
 海の底で、いつまでたっても動けなくて、なにか大変なことが起きてはいないだろうか。
 ぼくたちが助けられたあと、Vコンをなおして、そのときまで無事でいてくれるだろうか。
 もし、ぼくが、命を落とすようなことがあったら、おまえは、ちゃんとみつけて引きあげてもらえるんだろうか。
「…………っ」
 あまりの熱さに、手をひく。
 枝を使って夢中で土を掘り返すと、すぐに固い感触にあたる。かきあげた土と一緒に、黒い、ライターくらいの細長い石が転がった。無機質な直線は、あきらかに石じゃなく人工的なもので、それに見おぼえがある形だった。
「これ……、だ」
 みつけた。
 そっと触れると、もうそんなに熱くない。ススを払うと、きれいな銀色があらわれた。
「よし」
 宝物を握りしめて、ぼくは走りだした。

   * * *

 反応は、まったくない。
 でも、操縦桿を握りしめたまま操作をつづける。
 起動から、飛行へ。上昇。高度を維持して平行飛行。目標は、このVコン。
 何度でも繰り返してきた操作だ。
「たのむ。来てくれ」
 スクリーンにはなにもうつらない。センサーも反応しない。
 でも、これまでとは、なにかが違った。
 あの部品は、敷島博士が修理してるときに、通信系統で見た記憶がおぼろげに残っていた。だから受信が駄目でも、鉄人が動いている可能性は、ぜったいに……。
 ロックも効くかどうかわからないから、とにかくじっと両手をみつめて祈る。左腕はもうほとんど痛まなかったけど、指先につい力が入ってしまって何度も握りなおす。
 また、地震だ。
 顔をあげる。
「…………ちがう」
 この、空気の揺れは。
 身体がすっかりおぼえている振動は、どんどん大きくなってくる。
 青空の点は、目の錯覚じゃなかった。
 爆音を、なつかしい爆音を響かせて、上空で態勢を変えた鉄人が、ゆっくり降りてくる。
 ぼくは莫迦みたいに、ただ見あげていた。
 砂埃が舞う。地響きとともに、鉄人が着地した。
 生まれてはじめて鉄人を操作したときより緊張して、慎重に指示をだす。
 はるか上空にあった顔がだんだん近づいてきて、鉄人はいつも通りひざまずき、大きな掌が目の前に置かれた。
 Vコンから手を離し、立ちあがる。なつかしい藍色の、指先にふれてみる。
「……よかった」
 まだところどころ、うっすらぬれている。やっぱり海の底にいたんだな。
「無事で……、よかった」
「正太郎くん!」
 振り向くと、大塚警部がいた。
 煙をみて、ずっと走ってきたんだろう。汗だくだ。
「やったなあ。正太郎くん! ほんとうに、よくやってくれた。ありがとう!」
 ばんばん背中をたたかれて、やっと実感がわいてくる。
「しょう……」
 10日もここで生きてこられたのは、ぜんぶ警部のおかげだ。ぼくのほうが、いくらでもありがとうございますって云わなきゃいけないのに、云いたいのに、何も云えなくて。
「すみません」
 ぼくが口をひらくまで、じっと待っていてくれた警部が、とんと肩をたたく。
「よし。さあ、行こうか。じき救助隊も動きだすだろうが、この島からは離れたほうがいい」
「はい」
 頬をぬぐって、息をつく。
 ほっとして泣いてしまうなんて、子どもっぽくて恥ずかしかったけど、気づくと、うんうんと頷いている大塚警部の頬もぬれていた。
「たのむぞ、正太郎くん。……鉄人もな!」

   * * *

 鉄人に乗って、受ける風さえなつかしい。
 ただあまり感慨にひたってもいられなくて、大塚警部にささえてもらっているVコンが分解しやしないかと、ひやひやしながら高度を安定させ、やっとひと息つく。
 目があうと、警部がにやりと笑った。
「じゅうぶん島から離れた。もう墜落してもかまわんぞ」
「そうなったらVコンはおしまいですよ」
 また笑わされて、肩の力がぬける。
「そうだ、警部。イカダを置いてきちゃったから、自由研究、また考えなおさないといけませんね」
「作るぞ」
「ええ?」
「裏の森に、たしか池があったろう」
「ええ、まあ。……すごく小さいやつですよ」
「うかべばいいさ。約束通り、わしが作ってやる」
 小さな池にうかんだイカダは、人が乗れる大きさにするとしたら、ぜんぜん動かす余地もないだろう。
 想像して、思わずふきだしてしまう。
「じゃあ、ぜひおねがいします」
 警部も大声で笑いだした。

 ぼくたちの居場所がわかったとたん、そこで火山が爆発したものだから、もう大騒ぎになったらしい。
 まもなくあらわれた灰色の雲、と思ったものは、ものすごい数の救助隊だった。
 ぼくたちを収容したヘリに、包帯だらけのナットさんが乗っていた。かなり西へ流されて、別の島に胴体着陸したそうだ。
 ナットさんと固い握手をかわした直後に、大塚警部は気を失ってしまった。
 すみやかに国境を越えて、ぼくらはバンコクの病院で3日間の入院を云いわたされた。
 あいかわらず爆睡している大塚警部のベットのかたわらで、ひとり、さっきから何度目だかわからない溜息をつく。
 ほんとうに助かったんだって、なんだかまだ信じられないのは、隔離状態のこの部屋がとても静かだからだろうか。
 芝生の庭を行き来するひとを窓からぼんやりながめていても、ぜんぜん現実感がない。
 また溜息をつくと、ドアがあいた。
 やっぱり、これは夢だ。
 振り向いて、ぼんやりそう考える。
「やあ」
 青いスーツケースを部屋へ押し入れて、息をつく。
 やけに生々しいまぼろしだなあと思っているうちに、照れたような笑顔は目の前までやってきた。
「元気そうでよかった」
「………………………はかせ」
 日本にいるはずなのに。どう見ても、ほんものだ。
 あわてて立ちあがる。
「博士、どうしたんです。なにかあったんですか?」
 大塚警部が退院できればすぐ日本へもどるって、電話でゆうべ話したはずなのに。
「心配するようなことは、なにもないよ」
 敷島博士が、困ったように微笑う。
「どうも、ここのところ最悪の事態ばかり考えていたものだから、くせになってしまってねえ。とにかく顔をみれば安心できると思って、来てしまった。……正太郎くん。ほんとうに無事でよかった。傷のほうも、大丈夫なんだね?」
「はい。もう痛みもほとんどありません」
 ぐるぐるまわしてみせた左腕をそっとおさえて、博士が深々と息をつく。とたん、ふらりとよろめいた長身をあわててささえる。
「博士こそ、大丈夫ですか」
 大塚警部が心配していたとおり、一晩ゆっくり休んだぼくより、敷島博士のほうがよほど疲れてるみたいだった。
「いや、すまない。飛行機の移動が、思ったよりこたえてね」
 すすめた椅子にやれやれと座って、敷島博士はまた大きく息をついてから、ベットを見た。
「眠ってるだけです。もう食欲も元通りで、けっこう元気ですから」
 黙ってうなずいて、しばらくのあいだ大塚警部をみつめていた博士は、さてと云って、ゆっくり立ちあがった。
「それで、問題の……、と。これか」
 窓辺の布に目をとめて、めくりかけた手がとまる。
「すみません。なかはもっとボロボロですよ」
「これは、来たかいがあったね」
 悲惨な状態のVコンに、敷島博士はがぜん元気がでたらしい。上着をぬいで、腕まくりをはじめる。
「警部を起こしてはいけない。こちらのすみを占領させてもらうよ」
 壁ぎわに店をひろげだした博士のそばに、ぼくも一緒に座りこむ。スーツケースからは次々と工具がでてきて、最後に、荷物の半分をしめていた白いつつみがとかれた。
「それは?」
 塗装されていない銀色の箱は、Vコンそっくりだ。
 楽しそうにぼくを見やってから、博士はぱく、とそれをひらいた。
 中身はからっぽだ。
「徹底的に調べるのは日本へもどってからだが、とりあえずここに組みなおそうと思ってね」
「へえ。すごいや」
 博士がにっこり笑う。
「ほんとうは鉄人をもう一体作って、あの一帯を防戦しながら探しまわろうかと思ったんだが、歌子に止められてしまってねえ」
「あたりまえです」
 思わず大声がでてしまった。
 敷島博士がおかしそうに笑う。
「冗談だよ」
「ええ?」
 博士が冗談を云ったことにまた驚いてしまったけど、ぼくもふきだして、今度は声をおさえて一緒に笑う。
 ひと息ついてから、敷島博士はぼくを見て、やさしく微笑った。
「きみはかならず生きている。そう信じていたからね」
 おだやかな言葉が、とても嬉しくて、それになんだかなつかしくて。ああ、ほんとうに助かったんだなあって実感がとつぜんわいてくる。
 警部も、ナットさんも、それに鉄人も、みんなが無事にもどってこられて、よかった。
 また博士に会えて、よかった。
 では、と静かに云って、敷島博士がVコンの基盤をあける。
 移設作業は、でもなかなかはじまらない。あちこち何度も返してはただ眺めている、ひどくむずかしそうな顔つきを、どきどきしながら見守る。
 閉じようがないVコンをこのまま長距離移動させるのは不安だったから、敷島博士が来てくれたのは正直ありがたかった。でも、半分以上壊れたままの、めちゃくちゃなVコンを見せるのは、もっと後にしたかったような、気も、してくる。
 ふいに博士が顔をあげたので、思わずのけぞってしまう。
「す、すみません」
「ん?」
「あの、いろいろやってるうちに、すっかりわけがわからなくなってしまって。……元の位置におさまってるものはひとつもない、ってことだけは、わかってます」
「ちゃんと、わかってるんだね」
 敷島博士は、いきなり声をあげて笑いだした。
「はか……、せ?」
「正太郎くん。いや。きみは、すごいねえ」
「はい?」
「よく、ここまで組み立てたものだ。じつに、じつに独創的なんだが、見事にね」
「……はあ」
 ほめられてるわけじゃないんだろう。博士はまだおかしそうに笑っている。やっぱりあきれられるような出来だったらしい。頬が熱くなる。
「ああ、すまない」
 敷島博士が、ぼくの肩に手を置いた。
「正太郎くん。帰ってひと息ついたら、夏休みのうちに少しきみの時間をもらいたいんだが、いいかな。そう、5日、……いや、まずは3日あればいいだろう」
「はい。いいです、けど」
「いつかそのうちに、と思ってはいたんだが。まったく、きみにはいつも驚かされる」
 なんだか感慨深そうに、敷島博士が息をつく。
「正太郎くん。見たとおり、Vコンの配線はあえて、すべて同じ規格にしてある。設計を知らない者には修理できないようにね。きみには基本概念と応急処置しかおしえていなかったのに、どうやってここまで組み上げたんだい?」
「いえ。組み上げたとか、そんなものじゃ、ぜんぜんなくて……。博士の作業をいつも見ていて、それぞれの役割くらいは、なんとなく想像がつきましたけど。でも、ただ適当にさんざん試して、たまたま動いただけなんです」
「でも動いた。だからVコンの設計は偶然で動くほど単純なものじゃないんだよ。きみは、各部の機能を、ほとんど理解しているんだね」
「受信系は全滅みたいですけど」
「このあたりは完全に壊れてしまっているからね。配線は、ほとんどあってるよ」
「そう、なんですか?」
 入り組んだ配線をあらためてながめてみても、もういまとなってはどうしてこうなったのか、とても説明できない。やっぱりたまたま、偶然としか思えなかった。
「正太郎くん。帰ったら、きみにはVコンと、それに鉄人の設計のすべてを理解してもらう」
 おどろいて、博士をみる。
「いまのきみなら大丈夫だ。すまなかったね。もっとはやく、きちんとおしえておくべきだった。今回のようなことは、いつでも起こりうるのだから。もちろん3日ですべて理解しろというわけじゃない。まず手始めに、Vコンをいちから組み上げることができるようにしよう」
「……はい」
「そして、これから一年はみっちり勉強だ。覚悟してくれよ」
「はい!」
 勉強という言葉が、こんなに嬉しいなんて、はじめてだ。
 あたらしいVコンを組みなおしながら、敷島博士の講義はもうはじまったけど、いちおう形になったところからは、ぼくが、島であったいろいろな話をした。
「大塚警部には、いくら感謝してもたりないね」
 敷島博士がしみじみと云う。
「はい。警部は、ぼくの命の恩人です」
 もし警部がいてくれなかったら、生きのびるだけで精一杯でVコンの修理なんかとてもできなかっただろう。だから、たぶんいまごろは……。
「また君は、水くさいことを」
 とつぜんの声に、あわてて顔をあげる。
「警部。起きてたんですか」
「いつも君にはさんざん助けられとるんだから、恩人なんぞと云ってくれるな」
 大塚警部が、むくりと起きあがった。
「博士、博士、きいてくださいよ。正太郎くんときたら、鉄人があろうがなかろうが相変わらずで、怪我もしとるのにひとりで頑張りおって、ひとに気を使ってばかりおるし、もうまいりましたよ」
 むっすりした顔がおかしくて、ふきだしてしまう。
「警部。ほめてるんですか、けなしてるんですか」
 むずかしい表情をやめて、警部が笑いだす。
「ほめとるんじゃよ。決まっとるだろう」
「大塚警部」
 ベッドのところまで行って、敷島博士はあらたまって頭をさげた。
「警部。ほんとうに、ありがとうございました」
「や、やめてくださいよ博士。わしは、礼を云われるようなことは、別段、そのー、なにもしとりませんから……」
「そうだ、はかせ」
 ひどく照れている警部に、わきから助け船をだす。
「来てくれるんだったら、云ってくれれば、ぼく宿題を持ってきてもらうんだったのに」
「ああ、それは気がつかなかった。すまないことをしたねえ」
 敷島博士が真面目に答えたので、警部と顔を見あわせ笑ってしまう。
「そうだ正太郎くん」
 大塚警部がぽんと手を打つ。
「例の自由研究な。博士にちょいと手伝ってもらえば完璧じゃぞ」
「それ、すごいズルですよ」
「かたいこと云うな。帰ったらいそがしくなるんだろう?」
「けーぶ。いつから起きてたんですか」
 にやにや笑って、大塚警部が肩をすくめる。
「もう……」
 息をついてから、不思議そうな顔をしている博士にイカダの説明をする。
 こうして、3人で笑っていられることが、たまらなく嬉しい。
 レースのカーテン越しでもまぶしいくらいの日差し。鉄人が待っている空港は、あの山の手前あたりだ。
 はやく、一緒に帰ろう。
 大塚警部と、敷島博士と、みんなで一緒に。
 宿題は山ほど残ってる。なのに、もう何日もない夏休みが、わくわくと、楽しみで仕方がなかった。

 

     (おわり)

 


 ■あとがき■

 正太郎くん12歳。中一、夏休みのお話です。

 超合金魂のVコンがとってもかわいかったので、Vコンを壊してみました(笑)。
 というのは冗談で、映画『白昼の残月』で感動したことの最たるもののひとつに、大塚署長がそれはそれはもうかっこいい!というのがありまして、DVD発売でその思いが再燃して、よし大塚さんがカッコイイ話を書くぞー、と思ったのが梅雨の頃。やっとまとまりました。しかし“太陽の使者”の大塚警部はツメが甘いので、けっきょくぜんぜんカッコよくなりませんでした〜(笑)。

 無人島での相棒なら大塚警部が頼もしそうですが、敷島博士もけっこういいかもしれません。『フローネ』のエルンストお父さんよろしく雑学帝王ぶりをおおいに発揮して、なんかゴージャスな休暇を楽しませてくれそうです

 鉄人はこわれても、Vコンがこわれたことって、たしかありませんでしたよね。Vコンの動力ってなんなんでしょう。太陽エネルギー? 表面がソーラーパネル? でもあの容量でそんなに蓄電できなそうだし、陽にあてないと起動しなくなっちゃ困りますよね。乾電池?(笑) はてさてと、いろいろ楽しく想像しましたが、そのへんはあいまいなまま終わりま〜す。

  2008.12.30 WebUP / 2015.1.6、2021.9.15 少々修正

 

 

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