太陽の使者 鉄人28号 〜 SS 〜

   下ごころ

 


「おめでとう」
 やはり忘れていたようだ。きょとんとした瞳が返ってくる。
「……あ」
 あらためて書斎机に向きなおった背中を、軽く押してやる。
「10歳のお誕生日、おめでとう。わたしからのプレゼントだよ」
 朝日にかがやく銀のボディの、頭部から尾羽へとなでるようにすべらせた指先が、しばらく止まる。
 なにを贈られたか計りかねているのだろうか。
 ひとつちいさく息をつき、振り向いたのは嬉しそうな笑顔だった。
「これ、はかせが作ったんですか?」
 いきなり問われ、驚く。
「なぜ、わたしが作ったものだと?」
 なんとなく口をついただけだったのか、正太郎くんはまばたき、すこし首をかしげている。
「え……、っと。コントローラーがあるから、ラジコンですよね。でも鳥型って羽根をひろげたままのやつしか見たことないし、こいつ、なんかロボットみたいだと思って。違いましたか?」
 研究所には近づかぬようきつく言い渡し、わたしの仕事についても子どもたちとは話さないよう心がけてきた。まだ語れぬこの子の父親の件に話がおよぶのを恐れて。
 しかし、なかなか既製品らしく出来たなどとうぬぼれていたのだが。
 苦笑しつつ、うなずく。
「単純なものだがね。まあロボットと云っていいだろう」
「わあ、やっぱり! これ、鷹ですか」
「ああ」
「うわ。軽いや」
 かかえあげた“タカ”を脇から下からながめていた笑顔が、ふとあらたまり、わたしを見る。
「博士」
「なんだい」
「ぼく、……今年のプレゼントは、あの“離れ”なんだと思ってました」
 こんなにしてもらっていいんですか、と問いたげな表情だ。
 長いあいだ一緒に暮らし、親同然に思ってもらっていると自負してはいるが、ときおり正太郎くんは子どもらしからぬ遠慮をみせる。
「云っただろう。あそこは、きみのお父さんが自ら設計された小屋だ。前々から必要になればきみに譲ろうと考えていたんだよ」
 先週末から、正太郎くんは離れの丸木小屋でひとり暮らしをはじめた。自分の部屋が欲しいと云いだしたのは牧子だったが、正太郎くんも母屋から離れることをふたつ返事で了承し、胸のうちで遠い未来に描いていた構想はあっさり実現してしまったのだった。
「しかし、わたしが使っていたのはもうずいぶん昔だからね。なにか困るようなことはないかい?」
「いえ。とっても居心地いいですよ。……あ。でもひとりだから、つい夜更かししちゃって困ってます」
 ちらと舌をみせてから、正太郎くんは腕のなかのタカを、愛おしむように抱きしめた。
「敷島博士」
 この子は、いつもまっすぐわたしの目を見る。うろたえたのは、深々と頭をさげられたからだ。
「ありがとうございます」
「あらたまって、なんだい」
「だって博士のロボットだなんて、最高の贈り物です。たいせつにしますね。……これ、いま飛ばしてみてもいいですか」
「あ、ああ」
 同じ敷地のすぐ目と鼻の先に移っただけなのだが、どちらかといえば牧子より甘えるほうだったこの子が、わずかのあいだにずいぶん大人びたように思える。嬉しいような淋しいような、奇妙な心地で感心する。かわいい子には旅をさせろ、とはよく云ったものだ。
「電源は……、これかな」
 卓上のコントローラーをなでて、正太郎くんがまさに該当のボタンを指さす。
「そうだよ。操作方法は特にまとめていないんだが、地表を認識する墜落防止センサーをつけてある。まあ適当に動かしてみなさい」
「はい」
 はじけるような笑顔が書斎から消え、しばらくすると廊下の先で牧子の歓声があがった。

   * * *

 リビングをのぞくと、すでに子どもたちの姿はない。
 皿をならべる手をとめ、歌子が苦笑めいた顔をあげる。
「あれね。このところ熱心に作ってらしたのは」
「ああ。食事のあとにするべきだったね」
「今日はいそぎませんわ。行ってみますか。あの様子だと、しばらく戻ってきませんよ」
 軽いため息は延期された朝食のせいなのだろう。しかしいまにも、下ごころがみえみえですよと云われそうな居心地の悪さに、そそくさときびすを返す。
 残された時間はわずかだというわたしの予測は、まだ、ひとり大塚警部にしか打ち明けていなかったのだが。

 博士のロボットだなんて、最高の贈り物です。

 嬉しそうな笑顔が浮かび、そっと息をつく。
 そう。正太郎くんが心から喜んでくれたあの贈り物は、まさに“下ごころ”なのだった。

   * * *

「あっ、パパ」
 こちらを見るなり牧子が駆けよってくる。
「ずるいわ!」
 両腕をつかんだ牧子は、すごい剣幕だ。
「なにがだい?」
「だって、あたしのときはテニスウエアだったのに、正太郎くんはパパの手作りロボットだなんて、ぜっ、ったい男女差別よ!」
「牧子。なにを云ってるの」
 歌子がおっとり割って入る。
「去年、正太郎くんのラジコンをこわしてしまったのは、だあれ?」
「あれは……、すぐ正太郎くんがなおしちゃったじゃない。こわしただなんて大袈裟だわ」
「それに、あなたが云ったんでしょう。あのウエア以外ぜったいなにもいらない、って」
「でもでもでも、でも、パパのロボットよ!? こんなのはじめてなのに」
 牧子はますます頬をふくらましてしまう。
「マッキー」
 いつのまにか、正太郎くんもすぐそばに来ていた。コントローラーをくるりと左手に下げ、おかしそうな瞳が空から離れる。
「べつに一緒に遊べばいいだろ。でもこれは、こわさないで欲しいけどね」
「まあっ、正太郎くん!」
「あははは」
 牧子のこぶしを身軽にかわしながら、正太郎くんがコントローラーを握りなおした。
 視線を追って見あげると、青く澄んだ空にぽつりと舞っていた黒点が、旋回をといて降下をはじめる。すこし速すぎるかもしれない。そう思ったが、タカは斜面の山茶花をなぞり、色づいた銀杏の大木を蹴るように、また悠々と大空へ昇っていった。
 思わず声がもれる。
「さすがだねえ、正太郎くん」
「もう何度もセンサーに助けられましたよ。このコントローラー、単純にみえて、なかなか複雑ですね」
 すこし照れた笑顔で、正太郎くんはしかし余裕さえ感じる手つきで操作をくりだしていく。
「ちょっとした指示がちゃんと伝わるから、すごく面白いです。こんなの作っちゃうなんて、博士って、すごいなあ」
 “すごい”のは正太郎くんだ。
 たしかにこのロボットには子どものオモチャには不必要なほど細微にわたる操作性を持たせてある。くわえて降下時の最高速度は時速400キロを超える。わたしでも自在に操るのは難しかった。それをわずかな時間でここまで見事に動かしている。去年は、大人でも難解な部類の組立式ラジコンを、できるところまではと云って、けっきょくひとりで完成させてしまった子だ。メカニックへの親和性とでもいう彼の“カン”にはこれまでも驚かされることがあったが、あらためて感心する。やはりこの子は、類を見ない天才的なひらめきをみせつづけた金田博士の血を、たしかに受け継いでいるのだ。
「もおっ、正太郎くん! はやくあたしにも貸して」
「わっ。マッキー、ちょっと待っ……、いきなりは無理だよ。いま降ろすから待てってば」
 まだ声がわりもしていない。聞きなれた明るい笑い声が、ふと胸にせまってくる。
 あわてて空を見あげ、ゆっくり息をつく。
 きびしい表情を見せぬよう、もう一度ゆっくりと。
 負わせる荷の重さに、この子を値踏みするような真似をしてきた。
 いや。わたしは、“まだ無理だ”、という理由を捜していたのだ。
 生まれたときから知っている。金田博士亡きあとは、ともに暮らし見守ってきた。両親のない境遇が影をおとすこともなく、いつもまわりまで明るくしてくれる、素直でやさしい子だ。この子の子ども時代におおきな楔を打ちこむことになる決断を、くだしかねていた。
 だが、たとえ金田博士の言葉がなかったとしても、わたしは同じ選択をしただろう。そう確信できたからには、もう迷っている時間はなかった。
 この子に、すべてを託そう。
 うろこ雲を縫うように、ゆっくり回転しながらタカが降下してくる。その一点をみつめるまなざしには頼もしささえ感じる。結局のところ正太郎くんに、“まだ無理だ”、と思ったことはない。ほんとうに不思議な子だった。
「あら、大塚警部?」
 ふいに牧子が声をあげた。
「あっ、ほんとだ。けーぶー!」
 正太郎くんが手をふる先、母屋の前から大柄な制服姿が丘をのぼってくる。片手で応えただけで足取りは変わらないところをみると、さほど急用ではないようだ。ようやくのぼりきって、大塚警部はやれやれと膝に両手をついた。
「いやあ……。みなさん朝っぱらからこんなところで何をしとるんですか。うわっ」
 警部の目の前に、タカがふわりと着地する。
「な、なんだこりゃあ」
 あとずさった拍子に足をもつらせ、警部が派手にしりもちをついた。正太郎くんがあわてて駆けよる。
「すみません。警部、大丈夫ですか」
「いや、正太郎くん。これは…………?」
「敷島博士が作ったロボットなんですよ。ごめんなさい。ぼくが動かしてました」
「ロボット。ほお、博士がねえ」
 座ったまま観察をはじめた大塚警部の横に、彼を慕う子どもたちもしゃがみ込む。
「こりゃあ見事なもんだ」
「でしょう」
「パパのプレゼントなの。警部、今日は正太郎くんのお誕生日よ」
「おお、そうだった。……そうか。正太郎くんも、もう10歳になったんだなあ」
 いたく感慨深げな警部に、正太郎くんがくすくす笑う。
「もう9歳になったんだなあ。子どもの成長ははやいものだー、って。警部、去年もそう云ってましたよ」
「ん? そうだったかな」
 芝生にころがっていた帽子をひろいあげ、大塚警部が足もとの草をはらい、ゆっくり立ちあがる。
「しかし、10歳だ。人生の大きな節目だぞ」
 帽子をまっすぐかぶりなおし、正太郎くんに向きなおると、警部はぽんと手を打った。
「どれ。なら、わしもひとつ贈り物をしようか」
「え。なんですか」
「君、まえに云ってたろう。柔道を習ってみたいとな」
「警部、おしえてくれるんですか!? ……でも、いそがしいんでしょう?」
「週に一度。それくらいならなんとかなるだろう。ただし、真剣にやらんと、すぐやめるぞ」
「ぼく、がんばります!」
「まあ。警部も正太郎くんにだけ?」
 牧子が腕を組む。
「い、いやいや。じゃあ、マッキーも一緒に、どうかな?」
「いやよ柔道なんて。あたしにはテニスをおしえてくれなきゃ」
「テニス……、は、わしがマッキーにおそわらんといかんなあ」
「もう。冗談よ」
 盛大に溜め息をついてからふきだした牧子と、正太郎くんも笑いだす。
「警部。よろしいんですか」
 とまどう歌子に、警部が苦笑いで手をあげる。
「いやどうも、このところだいぶ身体がなまっとりましてなあ。ちょうどいい機会だと、いま思いつきまして。こうしょっちゅうおじゃましてるうえに、ご迷惑でしょうが」
「とんでもありませんわ」
「それで警部。今日はどうしたんですか」
「おっと、そうだ博士。ちょっと見ていただきたいものがありまして……」
 ふところから写真のようなものを出しながら、警部がよってくる。
 子どもたちは歌子にうながされ、先に丘をくだりはじめた。タカを大事そうに抱えた背中は、警部の贈り物をどこでどうしようかと興奮ぎみに歌子と話しているようだ。
「どうも、勝手を云いました」
 おさえた声で云われ、警部を見やる。
「とんでもない。ありがとうございます。しかしお気持ちだけで十分ですよ。わたしは初耳だったんですが、」
 警部に教わってみたいと思ったから、あの子はなにも話さなかったのだろうが。
「それなら、こちらでしかるべきところへ……」
「いえ」
 敬礼するように、大塚警部が背筋をのばす。
「わしができることはこれくらいです。ぜひ、やらせてください」
 名高い柔道の達人に手ほどきを受けられるなら、もちろんこれ以上ない話だ。しかし昼夜なく働いている警部が時間を作るのは、たいへんな労力を要することだろう。
 大塚警部は、わたしの話を真剣に考えていてくれた。
 なによりそれが心強く、心底ありがたかった。言葉がみつからず、ただ頭をさげる。
「まあ、どうころんでも正太郎くんにとって無駄にはならんでしょう。あれを使わにゃならん日が来ないのが、一番ですからねえ」
「ええ。しかし、明日がその日になっても、もうだいじょうぶですよ」
「と、云いますと?」
「あの“タカ”は、飛行系統が、あれとまったく同じなんです」
「ええっ!? そりゃあ、……また、博士……」
「あの子はもう自在に操っています。もちろん体積の差がありすぎますから修正は必要ですが、もっとも複雑な飛行に関する操作には、おそらくそう困らないでしょう。地上での動作も、すこしポイントをおさえれば応用で理解できるはずです」
「……いやあ、博士」
 苦笑気味に息をついて、警部は三人の姿を目で追った。
「なら共犯ですな。こりゃあ正太郎くん、とんでもない贈り物をもらったもんだ。せいぜい、あとで怒られましょう」
「はい」
 丘のふもとで子どもたちが手をふっている。駈けのぼってきた風が、母屋へと消えていく三人のにぎやかな笑い声を運んできた。
「ところで警部。それは……」
 右手に握られたままの相談物件は、無言でまたふところへと納められてしまった。すこしばつの悪そうな表情に、思わず笑いがこみあげ、肩の力がぬける。
「あの子なら、だいじょうぶです」
 わきあがってくる思いに、知らず言葉が漏れた。
「そうですな」
 大塚警部が力強くうなずいてくれる。
 背中を押されるような風に、ふたりあとは黙って坂をくだりはじめる。
 西の斜面にならぶ山茶花が、しずかにひらきはじめの赤をゆらしていた。

 

     (おわり)

 


 ■あとがき■

 というわけで、第一話、事件が起きてからとつぜんVコンを託されたにもかかわらず、いきなり飛行する鉄人の手にひらり、とびのり出動した正太郎くんの大胆さについて検証してみました(笑)。
 正太郎くん10歳のお誕生日、小4、10月おわりのお話です。
 本編の、「石橋をたたいて渡る」敷島博士の性格からすると、鉄人初出動の前にはこれくらいしていたのでは…。その後、鳥ロボは非常に精密であったがゆえにマッキーの手により完膚無きまでに葬られ、本編にはでてこなかったのでした(笑)。
 寒さが増していく10月下旬頃にちょうどひらきはじめる山茶花(サザンカ)には、「困難に打ち勝つ」という花言葉があります。ほかにも「ひたむき」「無垢」「謙虚」「愛嬌」などなど。なんか正太郎くんにぴったりだわ、と思って添えてみました。「理想の恋」なんて意味もあるんですよ〜。もちろんお相手は、テ・ツ・ジ・ンです
 正太郎くんは本編・第5話で11歳のお誕生日をむかえますから、鉄人と出会うのは、この半年後くらいでしょうか。はじめ無我夢中だった正太郎くんが、はたとこの下ごころに気づいたときには、もちろん怒ったりしません。あの頃から考えてもらってたんだなあ、などと嬉しくなってお礼なんか云っちゃう。そういう子です

  2007.10.31 WebUP / 2017.04.18 ちょこっと訂正

 

 

〜 「戻る」ボタンでお戻りください 〜