太陽の使者 鉄人28号 〜 SS 〜

   Je la printempo 〜春に〜

 


「まるで、桜の妖精」
 堅物で通る彼女の少女趣味な言葉に驚いて、大塚茂はそちらを振り返った。
 中庭で歓談中の各国大使や政財界の面々、著名人たちのそこここに、あでやかに着飾った淑女がいる。だが大塚へよこした意味ありげな笑みからすると、すこし離れて配置されている警備隊の、ちょうど満開の染井吉野の前、白い隊服姿の小柄な青年を示唆したのであろう。
「しかし、妖精はないだろう」
 つぶやいて、大塚が苦笑する。いまだ向かうところ敵なしという鉄人28号の操縦者がやさしげな物腰の礼儀正しい青年であるというその大きな落差を、公人となって以来マスコミが面白おかしくとりあげるもので、なにやら現実とはかけ離れたほど可愛らしいイメージが広がってしまい、当人はひたすら閉口しているのだ。彼が聞いたら、またさぞかし複雑な表情をみせることだろうと想像するだけで、つい笑いがこみあげてくる。もっとも、一堂に会した賓客ではなく、彼の姿をこそこそ狙っていたカメラマンを大塚自身今日も3人ほど放りだしたところで、これ以上妙な騒ぎが過熱しないよう願ってはいたのだが。
「やれやれ」
 息をついて、大塚はおっとり染井吉野へと足を向けた。

「しょう……、いや、金田くん」
 となりの、たしか彼と同期の青年があわてて敬礼する。それを見やって、すこし照れたような表情で金田正太郎もまた敬礼をよこす。
「よせよせ」
 長いあいだ支え支えられてきた彼が己の正式な部下となったことに、大塚は未だにまったく慣れず、すこぶる居心地が悪いのだった。
「警部? なにかあったんですか」
 わざわざやってきて指示するでもない大塚に、正太郎がいぶかしげに問う。
「いやいや。まあ、あながち、妙な表現でもないか」
「……は?」
 桜の花弁がひとつ、ゆっくりと青年の肩に舞い降りて留まる。
 大塚が柔道を教えはじめたのはまだ小学生の頃で、いまでは相当な腕をみせる彼は、しかし急激に背がのびだした中三ごろから線の細さは変わらないままだ。それでなくとも特別捜査課所属の同期はほとんどが大卒の猛者揃いで、体格よろしい大塚と並ぶほどの背丈はあっても、高卒の彼が小柄な印象になるのはいた仕方ないことではある。
「そういえば……」
 ともかく “妙な表現” を説明するわけにもいかず、大塚は話題を変えた。
「博士を見んが、来とらんのか」
「ああ、はい。欠席だそうです」
「また逃げたな」
 敷島大次郎はこういった席ではたいてい別の予定を入れてしまうのだ。正太郎の困ったような笑みが有罪を物語っていた。
 証人の全身をふと眺めて、大塚が満足そうな笑みを浮かべる。
 普段は私服のため、彼の隊服姿を目にするのは入隊式以来のことかもしれない。服に着られているような印象は薄まったものの、白を基調とした礼服は、まだ大人になりきれない若者の初々しさを引き立てるためにあつらえたかのようだ。
「しかし、君もすっかりでかくなったもんだ。この勇姿をみたら、博士なんぞきっと泣いて喜ぶに違いないんじゃが。来とらんとは残念だなあ」
「警部。職務中ですよ」
 たいした用もなく、ひやかしに来たと思ったのだろう。ちょっと怒ったような瞳が向けられる。
「おお、そうだったそうだった」
 笑いをこらえるような顔でさりげなくすこし離れていく大柄な若者を見やり、咳払いをひとつ、大塚茂は正太郎の隣に立ってアリバイ程度に場内を見回す。
「なあ、正太郎くん」
 姓のほう、金田と呼べと何度云われても、長年の癖はなかなか抜けないものだ。変えろと云うならほかの隊員ぜんぶ下の名で呼んだほうが早いと確信できるほど、それは染みついている。大勢の前では気をつけているからか、正太郎もこのごろはあきらめたようで、なにも云わなくなった。
「こんなところで立ちっぱなしの警備より、幹部の警護のほうがだんぜん楽だぞ。なのに君は、田代警部の話を断ったそうじゃないか」
 正太郎が驚いた顔を向ける。
「どうして、それを?」
 片手であごをさすりながら、大塚がにやりと笑う。
「なに。やつの秘書官殿が、じつに楽しそうに報告に来おってな」
 何処でもひとりで動きまわってしまう大塚茂は非常に稀有な存在で、幹部クラスになると公の場では必ずSP並みの警護がつく。昨夜、田代は正太郎を呼びつけて、自分の警護を命令したのだそうだ。個人的なお願いなんだがね、と云いつつ権限をひけらかすような態度に、しかし正太郎は笑みさえうかべて云ったという。個人的なご依頼でしたら、お断りします。どうぞ自分を特別扱いしないでください、と。
 金田正太郎を特別扱いするなというのは実際無理な話ではないかと大塚は思うのだが、彼はどうしても頑固にそこを譲らない。待機中、同期と同じこまごまとした仕事に精をだしている姿勢は現場では好ましく思われているようだが、目をかけても一向に媚びない彼をこころよく思わない幹部連中は多いらしい。面子をつぶすような断り方はしないようだし、彼がにっこり断れば、たいていの者は引き下がるしかないのだったが。
「君を手下に置きたがる連中が多くて、困ったもんだな」
 無言の正太郎に、大塚が大仰にため息をつく。
「しかしだ。君は普段が大変なんじゃから、こんな形ばかりの警備で楽な配置を選んだって、バチは当たらんと思うがなあ」
 だが依頼を受けていれば、くだらない抗争に巻き込まれる可能性も高く、やはり賢明な選択だったのかもしれない、とも思う。
「大変じゃ、ありません」
「ん?」
「ぼくは、鉄人のことを大変だなんて思ったことはありませんよ」
 おだやかな笑みをしばしみつめて、大塚茂が深く息をつく。
 正太郎が正式に組織に属したことできしみだした様々な軋轢は、いよいよ強まっている。大組織の矛盾や毒々しい部分に、彼はこれから否応なしにもっと深く関わっていくことになるだろう。他者にはひどく寛大な彼でも、面子や建前ばかりに縛られる馬鹿馬鹿しさに嫌気がさす日は遠からずくる。そんなことは大塚には簡単に予測できた。
 鉄人28号は、いまや金田正太郎なしには意味をなさない。それが、これまで彼が積み上げてきた実績だ。敷島大次郎など、もともとICPO入りには反対だったのだ。 正太郎入隊の際の鉄人買収騒ぎは並々ならぬものがあった。だが大次郎は決して折れることなく、いまだに鉄人28号は個人の私物である。日本政府もICPOも、出動は『要請』しなければならない。要請を拒否する権利を残しておくことが大切なのだと、大次郎は何度でも云っていたものだ。つまり、ここを出たいと彼が望むなら、それは案外簡単に実現するだろうし、それならそれで一向にかまわないと大塚は考えている。
 しかしとりあえずいまは、もう鉄人と離した方がいいのではないかと思うほどの危機を幾度も乗り越えて、正太郎は自ら望み、ここを選んでくれた。
 おそらく不本意に違いない組織の宣伝のような出動も嫌な顔ひとつみせずこなし、一方では、弱者と相対するような命令にはがんとして従わない芯の強さもある。
 現場の彼を知ろうともしない大幹部はともかく、彼のひたむきさは良い意味で周囲を巻き込んでいくようなところがあり、彼の存在がこの組織を変えうる可能性にも大塚はおおいに期待していて、自分の地位を投げ打ってでも支えきる覚悟はできていた。
「正太郎くん。ありがとうな」
「え?」
 大塚がゆったり笑いかけると、正太郎はまばたき、すこし恥ずかしそうに微笑って、もうなにも問わず中央へと視線をもどした。
 このごろどこか、彼の育ての親に似てきたような、そのおだやかな面差しをみつめる。

 鉄人とともにあるのが、金田正太郎であったこと。

 このことは、何度感謝してもし足りないと、大塚茂はあらためて思う。
 ひとの汚い面をさんざん目にしてきたというのに、出会った頃からまったく変わらず、そして、すこしもおごることがない。ひとの手に余るほどの強大な力は、この青年のもとにあってこそ、なんの憂いもなく輝いているのだから。
 ふりあおげば、満開の染井吉野越しに、心地良い春の日差しがゆれている。
 自然が織りなす見事な天井へと両腕を伸ばして、ゆっくり深呼吸してみる。
「さて。お偉いさんに挨拶でもしてくるか」
「おつかれさまです」
 やわらかな声を背に、大塚がざわめきの方へと歩きだす。
 今日は、事件など何も起きない。
 のどかな陽気は、そんな嬉しい予感を抱かせてくれる。
 ひとしきり風が吹き、雲ひとつない青空に、さくらの花弁が幾重にも舞い昇っていった。

 

    (おわり)

 


 ■あとがき■

 正太郎くんのお誕生日記念に小々々話をひとつ。
 19歳、初春。“夢”をかなえた正太郎くんです。変声期後の正太郎くんは、“やさしい”上杉さん(←キッカーズ)の声でひとつお願いします!

 大塚さんには、正太郎くんが大人になっても警部のまま、現場にでてバリバリ活躍していて欲しいものです。
 太陽の使者の正太郎くんは “探偵” 気質がすくなかったように思うので、やはりあのまま警察&ICPOに正式に所属することになるのではないでしょうか(←で、普段の仕事着は背広にネクタイ♪)。そして彼はここからエキスパートへの道を踏みだすのですね

 ちなみに、未成年時代の正太郎くんのマスメディアへの露出のあつかいは、本編ではバリバリ取材されて有名人になってましたが、本来はこうあってしかるべきだろうという願望のままで書いてあります。

 あきれず怒らず(?)おつきあいくださいまして、ありがとうございました。

  2005.10.31 WebUP / 2006.7.16 鉄人頁へ移行 

 

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