太陽の使者 鉄人28号 こばなし・その 35 〜 制止 〜
緊急ブザーは鳴り止まない。
ちょっと待っててくださいと駆けていった係の人たちも戻ってくる気配はなかった。
「村雨さん」
「まあ待て」
まだ声をかけただけなのに、あきれたような表情を返される。
「なんだって、そうすぐ突っ走っちまうんだ? おまえさんは」
のんびり言われて、ついにらんでしまう。
「だって、いつ……、たったいま、ここは決壊するかもしれないんですよ?」
余裕のある笑みは崩れない。
「失敗しない方法を考えてから行動しろ。そう教わらなかったか?」
「方針が決まったら指示をください。ぼくは下流側で待機します」
「下流ったって…………、待て。思いついた」
「え?」
左手からVコンが奪われる。
「なにを……」
桃色のコートのすそをバッとひろげ、村雨さんはあぐらをかいて座り込んだ。
「まあ座れ」
Vコンをコンクリの床に寝かせてバンとたたく。上着の内ポケットからとりだした地図をVコンの上に大きくひろげて、村雨さんはニヤリと笑った。
自信満々って態度はいつものことだけど、とりあえず話は聞くことにする。
横に膝をついてのぞきこむと、地図はこのあたりのものだった。
このダムを地図上ではじき、村雨さんがぼくを見る。
「いいか。いまとなっては決壊を防ぐのは不可能だ」
「でも、」
「まあ聞け。だから、ダムは決壊させる」
「…………させる?」
ダムを決壊させないために、下流の川が決壊しないようさんざん検討してたのに?
「ここをな」
指さしたのは、ダムの山側だ。
つまり、山とダムを崩して、街の反対側に水を抜く……?
地図の等高線から実際の地形を必死に想像してみる。
「山中に人っこひとりいないという保証はないが、昨日から出ている避難命令を無視して出歩いてる奴はたぶんいないだろう。とにかく水をぜんぶこっちの谷へ落としちまえば、あたらしい天然ダムの出来上がりだ。川も街も守れるだろ?」
「そんなこと……、して、いいんですか?」
ダムを壊すだなんて、大ごとだ。
「とうぜん鉄人は責められるだろうな。ダム再建は十年じゃあきかない。金もゴマンとかかるから、ここは放棄され瓦礫の山になる可能性も大だ。それでも、これが最善の策だと、俺は思うぜ?」
「……」
この建物の構造はさっき説明を受けた。確かに可能かもしれない。けど……。
通路のあちら側で対応に走り回っている人たちへ視線をやって口をひらきあぐねていると、大仰な溜息をつかれる。
「ま、乗らなくても結構。これができるのは鉄人だけだが、視界は悪いしモニターだけで遠隔操作するしかない。おまえさんにはちょっと難しいか」
すぐけしかけてくるんだから。
まったくと思いながら、心は決まった。
うまくいってもいかなくても、すごくたいへんなことになるって想像はつく。けど、これしかないって思えた。
滅茶苦茶にも思える計画にあきれながら、可能性をみつけてもらった感謝の気持ちと、ごちゃ混ぜな気分でVコンをつかむ。
「わかりました。やってみます」
ヒュッと口笛をふいて村雨さんも一緒に立ちあがる。
「よし。心配するな。責任は俺がとってやる」
嬉しそうな表情は一瞬で、村雨さんはすぐ照れたように肩をすくめた。
「いや正確には警部殿がなんとかしてくれるだろう。安心しろ」
こちらへ向かっている大塚警部に、本当なら報告してから動くべきだと思ったけれど、村雨さんにそんなそぶりはないので、ぼくも気が付かなかったことにする。そのほうが少しは迷惑をかけずに済むかもしれない。きっとすごくしかられるだろうけど。
カッパを羽織った背中をどんとたたかれる。
「行ってこい。頼んだぞ」
こんなときに笑いがこみあげてきて、緊張が抜けた。あまり表には出さないけど、村雨さんは熱いひとなんだなって。このひとのことを博士たちが信頼してる理由がわかった。
「はい!」
はやる気持ちで走りだす。
ぜったい成功させる。
外へ出たとたん、強い風と大粒の雨が打ちつけてくる。
ずっとひざまずき待たされていた藍色の巨体を、腕をかざして見上げる。
広大なコンクリ壁の前では、鉄人も小さくみえた。
この壁をこれから、壊す。
「鉄人、行くぞ!」
(おわり)
■あとがき■
大雨のなかで操縦するのって大変ですよね。
危険な場所にも飛び込んで行ける。どんな衝撃も攻撃も操縦者には影響しない。
正太郎くんを守るためにも、鉄人はリモコン型が選択されたのでしょう。
でも悪天候の場合とか、搭乗型も利点は大きいよな〜とちょっぴり思います。
リモコン型でもなるべく近くで操縦しようとする正太郎くんは、すぐ危険に飛び込んじゃいますしね(笑)。
だからよく制止されるんだよな〜と、今回はたまにふらりと日本に現れる村雨健次さんに制止していただきました♥
2021.3.28 WebUP / 2022.9.12 こばなし集へ移動