太陽の使者 鉄人28号 こばなし・その 32 〜 おがむ 〜
呼ばれた気がして、あたりを見回す。
「はかせ、ここですよ」
笑いを含んだ声は真上から。
見あげて、クスノキの枝間に正太郎くんをみつける。
横枝に腰掛け両足をぶらぶらさせている場所は、地上から十メートル近くはあるだろうか。
片手を離してこちらに手を振っているものだから、あわてる。
「正太郎くん、しっかりつかまっていなさい」
「大丈夫ですよ」
それでも両手で幹を掴んでくれた正太郎くんは、次の瞬間、背中側に落ちた。
叫びそうになったが、落ちたのではなかった。
くるりと回ってひとつ下の枝に足をつくと、もう一度くり返し、まだそれでも高い枝から最後は飛んだ。
「はかせ、お出かけですか?」
無事着地した目の前の笑顔に、停止していた鼓動を再起動する思いで、深々とため息をつく。
「……正太郎くん。わたしの寿命が縮んでしまうから、もう少しゆっくり降りてきてくれないかな」
「えっ。すみません」
「いや……。きみはほんとうに身軽だねえ」
「木登りだったら警部も満点をくれますよ。でも敵から逃げるときはぜったい木に登っちゃ駄目なんだそうです。逃げ場がなくなるから」
相づちを打つにはいささか不穏な豆知識で、返答に困る。
「それより博士、なにかあったんですか?」
問われて、そういえば今日は一日整備室にこもると話していたことを思い出す。
「いや、じつは……、友人から連絡があって、ちょっと会うことになってね。夕飯までには戻るよ」
「そうですか」
聞いてはいけないのかな。
そんな複雑な表情が一瞬みてとれた。
本当にさっしがいい子だ。
咳払いをひとつ、観念して正太郎くんに向きなおる。
「いや、すまない。いまのは嘘だ」
「え?」
「じつは、大塚警部から連絡があってね。もしかしたら今夜か明日、鉄人を動かしてもらうことになるかもしれない。いまのところ五分五分というところかな。とにかく会議に行ってくる」
「ああ、わかりました。じゃあ、ぼく、早めに宿題を済ませちゃいますね。いつでも呼んでください」
「うん。ありがとう」
五分五分なのだから、鉄人が無用ならば耳に入れず、のんびり週末を過ごさせてやりたかった。そう思って出た嘘だったが。
正太郎くんは、いくらでも鉄人のために時間と情熱を注いでくれる。いつか疲れてしまわないだろうかと心配になるくらいに。
だから甘えすぎてはいけないと、いつも肝に銘じているつもりが、また甘えてしまった。
話したことはわたしの弱さだったが、正太郎くんの笑顔に救われる。
「じゃあ、お気をつけて。いってらっしゃい!」
手をふりながら駆けていく姿に、ふと、大塚警部の言葉が蘇った。「博士。わたしはねえ、よく正太郎くんの背中を見ると、おがみたくなるんですよ」
あのときは笑ってしまったが、本当に、しみじみそんな心境で苦笑してしまう。
頼もしくなったものだ。
こんなときに感慨深く思って、同時に、わたしもそれに見合う働きをしなければと身がひきしまる。
背中を押してくる南風に、息をついて、母屋へ向かって歩きだす。
大人の責任を果たすために、いまは急ぐとしよう。
(おわり)
■あとがき■
警部も博士も、正太郎くんを拝みたくなる心境によくなるんでしょうね!
2020.9.29 WebUP / 2021.2.14 こばなし集へ移動